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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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85話 兄妹

「あー、だいたい見ての通りだ」


 ライルはぎこちない空気を感じ取り、あえてそれには触れずモンシュの疑問に答える。


「俺とフゲンは無事で、ファストたちはそこのサリーって人に斬られて動けない。そっちは何かあったのか?」


「先ほどアンさんの持つ欠片が一瞬だけ反応を見せたので、その方角に向かって探索をしていたんです。何部屋か回っていたんですけど……」


 なるほどそれでここに辿り着いたのか、とライルは納得した。


 であれば、ファストが最初に見せた小箱は。


「欠片……『地図』ですか。ああ、そういう」


 しかし彼が推論を述べるより先に、サリーが手を叩く。


 それから足でファストを雑に押さえ、その服の袖を切り裂いた。

 と、『地図』が開かれた袂から転がり出る。


「はい、これですね」


 サリーはひょいと『地図』を拾い、モンシュへと投げ寄越した。


「わっ、と……あ、ありがとうございます」


 モンシュが戸惑いながらも礼を述べると、彼はにこりと笑う。


 それはやはり人の好さそうな表情であったが、「元の持ち主が自分たちであるとは知らないはずなのに」という疑念により、ライルたちにはどうしても怪しげなものに見えてしまった。


「さて。では下に戻りましょうか。拘束具を忘れてしまいましたから、取って来なくては」


 サリーは踵を返して扉の方へと向かう。


 ファストとヨクヨは腕に力を入れて動こうとするが、ただ床を這うのみに留まった。

 傷のせいなのか、どうやら立ち上がることができないらしい。


「ゲホッ……」


 弱々しい咳を耳にしつつ、後ろ髪を引かれるような思いでライルたちもまた部屋の外へと足を向ける。


 するとその時。


「影、魔法……《転移の縁》……!」


 掠れた吐息まじりの声が耳に届く。

 振り向くと既にファストらが黒い影に包まれているところであり、足を踏み出す頃には影と共に姿を消していた。


「おやまあ、逃げられてしまいましたね。残念です」


 にこにこと上機嫌で言うサリーに、ライルは確信に近い疑念を向ける。

 絶対、わざとだ。



* * *



 執行団員の捕縛が終わり、雷霆冒険団の面々は捜索隊と共に拠点の外に出た。


 結局、逃げたファストたちは見つからず、そればかりか既に拘束されていたゼンゴ、シンフ、グスクも逃亡。


 現場にいた者たちの証言によると、「影に包まれて消えた」とのこと。

 まず間違いなくファストの仕業だろうとライルたちは察した。


「では我々はこれで」


 最低限、為すべきことを終えるとサリー率いる特殊戦力部隊は早々に場を去る。


 ライルは彼らの背を見送った後、外壁にもたれているフゲンのところへと向かった。

 自然な足取りで彼の横に立ち、同じように壁に体重を預ける。


「何そわそわしてんだよ、フゲン」


「いや……別に……」


 言いながら、フゲンは目を泳がせていた。

 頻繁に重心を乗せる足を変え、指をもぞもぞと動かすその様子は、まさに心ここにあらずといったふうだ。


 ライルは少し考え、口を開く。


「……なあフゲン。俺はさ、お前の妹じゃないからわかんないけど、お前のことは好きだよ」


「……おう」


「なんて言うかさ、あんまり怖がらなくていいんじゃないか?」


 フゲンは沈黙した。


 自分が怖がっている。

 確か、そう、以前ローズ公国でカシャにも言われたことだ。


 その通りだ、と彼は受け入れる。


 相手を傷付けたくなく、しかし傷付けてしまうかもしれない状況において、フゲンはわりとポンコツだ。


 グラスの時は、勢いよく突っ込んだはいいものの相手が想像以上に弱々しい、それこそ割れ物のような少女だとわかった途端に声のかけ方を見失った。


 今もそう。

 妹に会いたい、話をしたいと思っても、彼女が自分を拒絶しているという事実ひとつで足を踏み出せないでいる。


「最近わかってきたよ。お前は変なとこで臆病だ」


 そこまで言うと、ライルはフゲンの手をパッと取って走り出した。


「うおっ」


 急に体勢を崩されてフゲンはつんのめる。

 拒もうと思えば拒めるが、そういう気にはなれなかった。


「心配すんな、俺が支える!」


 ライルは高らかに宣言して、フゲンに笑いかける。


「な」


 まばゆく、周囲に活力を与えるがごとき笑顔。

 自然とフゲンの頬が、少し緩んだ。


 2人で駆けて行くことしばらく、隊の集まりから少し離れたところでモンシュとアンが共に居るのが見えた。


 何やら話をしているようだ。

 加えて、互いに真剣な表情で頷き合っている。


「おーい、モンシュー!」


「あっ、お2人とも!」


 ライルが声をかけると、モンシュは表情を華やがせた。

 それから隣にいるアンの背にそっと手を添える。


「アンさん」


「……はい」


 2人はまた頷き合った。

 優しく背中を押され、アンはしずしずと前に出る。


「フゲン」


 ライルに肩を叩かれ、彼らしからぬ慎重な歩みでフゲンもまた前に出た。


 大股1歩分くらいの間隔を空けて、フゲンとアンが向かい合う。

 同じ色の髪が風に吹かれてさわさわと揺れた。


 赤い瞳は所在なさげに泳ぎ、薄い唇は何かを言いかけてはやめる。

 風の音が無ければ、心臓の音すら聞こえてきそうだ。


「……その、悪かった。あの日、あんなつまんねえことで怒っちまって」


 沈黙を破ったのはフゲンの方だった。

 彼は渾身の力を振り絞って、妹の目を見る。


「オレのこと、嫌いでいいから……どうか元気でいてくれよ」


 できる限りの笑顔で以て、彼は言い切った。


 伝えたいことは伝えた。

 この後どんな罵声を浴びせられようと、何でもないふうに耐えてみせよう。


 覚悟を決めるフゲンだったが、反してアンはいっそう狼狽えた。


「あ、う……」


 うら若い乙女の、それでいて小さな傷の多い手を絡める。

 きゅっと力を入れて、指先が震えるのを押さえた。


「私……私の方、こそ」


 言葉を発すると同時に、アンの目に涙の膜が張る。

 それは見る見る厚くなり、数秒足らずで決壊した。


 ぼろ、と大粒の涙が零れ落ちる。


「ごめんなさい、お兄ちゃん……!」


 弾かれるように1歩を踏み出し、彼女はフゲンの胸に飛び込んだ。


「黙って遠くへ行ってごめんなさい。死んだふりなんかして、悲しませてごめんなさい!」


「アン……!」


 フゲンの目が驚愕に開かれる。

 夢ではないかと一瞬疑うが、衣服越しの確かな体温がこれは現実であると彼に語りかけていた。


「私ね、ミョウさんに火事から助けてもらって、でも思ったの。私が危ない目に遭ったって知ったらお兄ちゃんは心配する。優しいお兄ちゃんだから、きっと今までより私のこと気に掛けるようになるって」


 アンはしゃくりあげるのを堪え堪え、話す。

 今まで会話を拒んでいたのが嘘みたいに、滔々と。


「そりゃあお前、当然だろ」


 いつかもそうしていたように、フゲンは妹の背中をさすった。


「それが……それが、嫌だったの。もうこれ以上、お兄ちゃんの人生を邪魔したくなかったの」


 邪魔なんて、と否定するより先に言葉が続く。


「お父さんおお母さんがいなくなって悲しいのは一緒なのに、お兄ちゃんは平気な顔して私を慰めてくれた。寂しがりな私のために、お兄ちゃんはどんなに忙しくても毎日日が暮れる頃には帰って来てくれた。私のせいで彼女さんに振られたのだって、知ってるんだよ」


「いやあれは……」


 フゲンは反論しようとするも口ごもる。

 具体的に何と言われたかはもう忘れたが、彼女よりアンを優先することに文句を言われたのは覚えていた。


 無論、そんな女はこちらから願い下げであったから未練など微塵も無いし、気にしてもいない。

 だがアンはそうではなく、自分が兄と恋人の仲を裂いてしまったと責任を感じているようだった。


「だから私、ミョウさんに頼んで地上国に連れて行ってもらったの。弱い私を捨てるために。お兄ちゃんがもう私のこと気にしなくていいように」


「……それで、軍に?」


「うん。私、強くなったよ。まだ見習い同然だけど、鍛えてもらって先輩たちにも何とかついて行けてる。弓の扱いならリンネ隊長も褒めてくれるんだよ」


 アンはするりとフゲンから離れ、半歩下がる。

 息を整え、柔らかい笑顔を作って言った。


「本当はお兄ちゃんには二度と会わないはずだったんだけど……でも、ね、お兄ちゃん。私はもう大丈夫。安心して、自分のために生きて」


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