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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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84話 特殊戦力部隊

「それじゃあ、洗いざらい話しなさい」


 交戦していた部屋のすぐ外で、カシャは努めて高圧的に言った。


 見下ろすのは氷魔法で捕縛されたゼンゴ。

 一方クオウは今にも剣を抜きそうなリンネに注意しつつ、氷魔法を維持することに集中している。


 ほんの少し前のこと。

 負けを認めたゼンゴにとどめをさそうとしたリンネを、すんでのところでカシャが阻止した。


 それもそのはず、ゼンゴは「カシャたちが勝ったら5年前のことを話す」という約束をまだ果たしていないのだ。

 死に逃げなどされてはたまらない。


 そういうわけで、どうにかこうにかリンネをなだめすかし、説得して今に至る。


「そうねえ……とは言っても、実はワタシもよく知らないのよね、アレ。うちの隊は関わってないから」


 カシャに促されたゼンゴは素直に口を開く。

 まるで世間話でもするかのような軽い口ぶりだ。


「あの火災の主導者は一番隊の隊長……聖名はブライド。ワタシたちよりずうっと過激な人よ」


「そのブライドはどこにいるの」


「さあ? わからないわ。まあ放って置いてもそのうち騒ぎを起こすだろうし、わざわざ探しに行かなくてもいいんじゃないかしら」


「あなたね……!」


 真面目とは対極の態度をとるゼンゴに、カシャは苛立ちを隠せない。


 元よりわかっていたことだが、彼女の世界の捉え方は一般人のそれとは全く異なっている。

 言葉は通じるのに話は通じない、さながら未知の生物との交流だ。


 それでも、執行団でここまで情報を容易に吐くのは彼女くらいのものであろう。

 わかっているからこそ、カシャは対話を試みざるを得なかった。


「ところでワタシからも質問いいかしら?」


「許可しません」


「魔人族のお嬢ちゃんに聞きたいのだけれど」


 リンネがぴしゃりと言うのを無視して、ゼンゴはクオウの方を見る。


「わたし?」


「そう。アナタ、魔法を発動しかけてから魔法陣を拡大させたわよね? あれはアナタが自分で考えたの?」


「え……ええ、そうよ」


 たどたどしくクオウが頷くと、彼女はニッコリと笑った。


「素敵ね。できることならアナタとまた殺し合いたいわ」


「っ……!」


 冗談でもなく物騒なことを簡単に言う彼女に得も言われぬ悪寒を感じ、クオウは素早くカシャにくっつく。


「カ、カシャ、なんだかこのひと怖いわ……!」


 先ほどはクオウの方が文字通り手も足も出せない状況に追い込んだというのに、すっかり強弱が逆転してしまったようだった。


 カシャは女児のようにぷるぷる震えるクオウを撫でつつ、ふと浮かんだ疑問を口にする。


「ていうか、考えたっていつの間に?」


「塔で暮らしてた時よ。いつか役に立つかもって、ローズ様に隠れて頑張ってたの」


 事もなげに返って来た答えは、しかし不可解なものだった。


 あのローズ……公国全体を監視下に置いていた魔女相手に、「隠れて」など可能なものなのか。


 いいや、おそらく自分たちがそうしていたように、炎魔法を使って隠蔽していたのだろう。

 カシャは己の誤謬に気付かぬまま、早々にそう結論付けた。


「リンネさん!」


 そうこうしていると、大剣を担いだミョウが小走りでやって来た。

 彼は五体満足の上司を見るやホッと溜め息を吐く。


「よかった、ご無事で」


「そちらの首尾は?」


「裏口にいた下っ端団員は全員戦闘不能にしました。いま特殊戦力部隊が来て、捕縛作業をしているところです」


 頬の血を拭い、ミョウは冷静に報告をした。

 ただその血はどうやら返り血のようで、彼自身は大した怪我をしていないようだ。


「特戦部隊が、ですか」


「はい。どうやらツイナが外で竜態になって交戦しているのを、()()()()見つけたようで」


「そうですか。ではもう、この女は殺せませんね……」


 リンネは心底残念そうに言う。

 特殊戦力部隊の何たるかをまだ知らないカシャとクオウは、ただ顔を見合わせるだけであった。



* * *



 同刻、屋外にて。

 敗北を喫しグスク共々拘束されたシンフは、視界の端でいまだに顔を覆っているフーマに訝しげな目を向けていた。


「……何してるの、その人」


「顔を隠してるよ」


 尋ねられたツイナは事もなげに答える。


「それは見たらわかるよ。なんでって聞いてるの」


「顔を見られたくないから」


 まともに回答する気の無さそうな彼にシンフは溜め息を吐き、代わりにグスクが口を開いた。


「びじんなのに」


「だから、だよ。今回は不可抗力だったけど、早く忘れてあげてね」


 にこ、とツイナは笑う。

 それは命令でも脅しでもなく、純粋な「お願い」だった。


「で、君たちこれから捕まるわけだけど。俺からも個人的にいっこ聞いてていい?」


「なに」


「君たちは王族?」


「…………」


「犯人? 生き残り?」


「いっこって言ったのに3つも聞いた……」


 シンフはまた溜め息を吐く。


「答えてくれる?」


「答えると思う?」


 会話が途絶える。

 ほどなく軍靴の音と共に特殊戦力部隊が来て、辺りはにわかに騒々しくなった。



* * *



 地上国軍特殊戦力部隊隊長、サリー・チフ。

 にこやかに名乗ったその軍人を、ライルたちは警戒と共に見据える。


 敵、ではない。

 しかし味方であるとも言えない。


 強い。

 油断してはならない。


 今の状態では何ができるわけでもないが、ただ本能に訴えかけるような危機感だけは確かにあった。


「おや。何か物言いたげですね。どうぞ仰ってください」


 サリーはライルたちから足元のファストへと視線を移動させる。


 背中をざっくりと斬られているものの意識はあるらしく、ファストは闖入者を睨み付けていた。


 しかし深手は深手、容易に声を出すことはできない。

 嫌味や恨み言のひとつも言えず荒い息を繰り返すだけの彼に、サリーはくすりと笑った。


「ふふ。すみません、意地悪でしたね。あなたが気になっているのは大方、どうして我々があなたたちに気付かれず接近・侵入できたか――ということでしょうか」


 ファストは歯を食いしばる。

 他人に己の考えを見透かされるのは、この上なく不愉快だった。


「私たちは地上国軍が誇る特殊戦力部隊ですよ。気配探知の魔法をかいくぐるくらい、造作もありません」


 そんな彼の心情をも見抜いているだろうに続けて語るサリーを、ライルはじっと見る。


 理解できない。

 会ったことの無い部類の人間だ。


 ならば理解したい。

 なぜ敵対勢力を前にして敵意を示さないのか、悪意を持たないのか。


 事態は収拾に向かっているはずだが、空気には依然緊張が走る。


 と、そこへ通路の方から話し声が聞こえて来た。


「――で――、――は」


「――、あの――に――」


 聞き覚えのある可愛らしい声に、ライルとフゲンは反射的に扉の方を見る。


「あれ、開きませんね……」


「私がやります。……っ、ふっ、えい!」


 氷漬けの扉が2、3度たわみ、その後、バキンと大きな音を立てて開け放たれた。


「あっ!」


 現れた2人――モンシュとアンは、室内を見るや否や同時に声を上げる。


「ライルさん、フゲンさん! と……」


 喜色を含んだ言葉は尻すぼみになり、丸い紫の瞳は困惑に泳いだ。


「この状況は……?」


 兄のような仲間2人は満身創痍、敵2人は血を流して倒れ伏し、傍らに見慣れない軍人が立っている。

 モンシュとアンは身を寄せ合い、恐る恐るライルたちの方へと近付いた。


「アン……」


「…………」


 フゲンが名を呼ぶも、アンは答えない。

 目を逸らし、口を真一文字に引き結んでいる。


 だがフゲンは安堵を覚えた。


 妹は無事、モンシュも無事。

 見たところ無傷で、交戦もしていないのだろう。

 個人的な都合だけを考えるなら、最も望ましい状況だ。


 自分の声を拒んだ妹にそれ以上追及をすることはなく、フゲンは口を閉ざした。


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