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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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83話 散る赤

 できるだけ余力があるふうを装い、ライルは続ける。

 部屋ひとつ凍らせたことで、もう魔力が尽きたことを悟らせないように。


「さっき見えたぜ、角の付け根」


「…………」


「チッ」


 ヨクヨは沈黙し、ファストは舌打ちをする。


 有角族は身体能力が高い反面、環境の変化に弱い。

 ある変化に体が慣れるまでの時間は、適応能力の高い人間族と比較しておおよそ3倍から5倍ほどの差があることが知られている。


 気圧を例にとってみれば、低い山ひとつ登るにも慣らしながら進まなければすぐ不調が出る。

 湿度を例にとってみれば、数日で乾地から湿地に移るとしばらくは動きが鈍る。


 そして気温を例にとってみれば、急激な温度変化があるとその身体能力は容易には動けなくなるまでに落ちるのだ。


「さすがに寒いな。見ろこれ、手ェ真っ赤」


「はは、俺も」


 ライルとフゲンは顔を見合わせる。

 有角族ほどの影響は出ないが、これだけ温度を下げたのだから、寒いものは寒かった。


「さて、あいつが動けるようになる前にケリ付けるぞ」


「おうよ」


 ヨクヨがどのくらいの時間をかけて適応するかは全くわからない。

 であれば善は急げ、速攻だ。


 部屋の隅で立ち上がろうとして、しかしずるりとへたり込むヨクヨを横目に、2人は構える。


「ふん……2対1なら勝てるとでも?」


 ファストの足元の影が怪しくゆらめいた。

 それはにわかに肥大化し、一直線にライルたちを狙って鋭く伸びる。


 が、影は彼らに到達する前に、直角に曲がって天井に突き刺さった。


「あ?」


 てっきり攻撃してくると思っていたライルたちは拍子抜けする。

 そんな彼らの間抜けな顔を見、ファストはほくそ笑んだ。


「遺跡での敗北をもう忘れたか」


 天井に刺さった影が、バケツで水をぶちまけるように一気に広がる。

 ライルたちが呆気に取られている間、1秒もかからずに影は天井のほぼ全てを塗り潰した。


「影魔法戦闘術――《殉教の碑》!」


 刹那、天井が落下する。

 正確に言えば、影が天井を引き剥がして落ちて来た。


「うわっ!」


「っぶね……!」


 ライルは槍をつっかえ棒代わりに、フゲンは自らの手を突き出して、咄嗟に天井を受け止める。

 当然、とてつもない重量が2人にのしかかった。


「俺がお前さんたちの襲撃を予見していたことには気付いていただろうに。なぜ拠点内での戦闘を良しとしたのか、そこまで考えるべきだったな」


 嘲笑の声に顔を上げると、ファストは握りしめた右手を前に出したポーズで立っている。

 この魔法は範囲を調節できるのだろう、彼とヨクヨの頭上には何ら変化が無かった。


「建物が駄目になるからできれば使いたくはなかったが、まあいいさ。これ以上不測の事態を起こされる前に、芽は摘んでおくのが吉だ」


 ファストが更に強く右手を握ると、呼応するように影の重圧が増す。

 万力のごとき力に耐えながら、ライルは必死に頭を回した。


 おそらくこの魔法は、天井の重さに加えて影による圧をかけられる。

 逆に言えば、影単体ではここまでの質量を生み出せない。

 直接潰しに来ず、影を天井に被せたこと自体がその証拠だ。


 それからさっき走り回った時の周囲の具合からして、ここは最上階に近い場所。

 であれば突破口は、下の階にいる仲間を巻き込む心配の無い「天井の破壊」か。


 槍を突き立ててもひびひとつ入らないあたり、相当の力が必要だろう。

 《雷霆》の威力ならば魔法を貫通して天井を破壊できる。

 しかし上に向かって槍を構えるだけの空間が足りない。


 そもそも今は槍を垂直に維持しているから天井を支えられているが、少しでも力を緩めれば接地面の少ない槍は途端に傾き、この空間を確保できなくなってしまう。

 さしものフゲンも、1人でこの天井を持ち上げることは不可能だ。


「フゲン」


 あれやこれやと浮かぶ考えを急いでまとめ、ライルは隣で踏ん張るフゲンに声をかけた。


「俺が支える。全力で殴れ!」


 フゲンはライルの方を見、ニヤリと笑う。


「任せな」


 詳細を問うまでもなく、彼は手を離した。

 同時に2人で負っていた重圧が一点に集中し、ライルは槍が押し負けないよう、いっそう力を込める。


「させるか!」


 ファストが叫び、更に重くなる天井。

 だがライルは負けない。

 負けるわけにはいかなかった。


 信じて託した相手が、同じく自分を信じて託してくれている。

 どうして、これしきのことで折れることができようか。


「我流体術――」


 フゲンは上体を逸らしつつ捻って、右手を力強く引く。


 対象との距離は上々。

 ちょうど殴りやすい位置だ。


「《思いっきり」


 息を速く、深く吸いこみ、一瞬止める。

 煮え立つ熱が体を駆け巡る。


「ぶん殴る》!!」


 天地がひっくり返るような衝撃、振動。

 フゲンの拳が影に包まれた天井と接触し、そのまま突き抜けた。


 強靭な影魔法も、石造りの天井も、轟音と共に白波のごとく砕ける。

 あとにはバラバラと降り注ぐ、千々の瓦礫だけが残った。


「な……」


 ファストは絶句する。


 本気でやった。

 本気で、少しの手加減も無く、殺す気でやった。


 歴戦の有角族をも容易く葬った技を、耐えるなど、打ち破るなど有り得ない。


 おかしい。


 あの身体能力は何だ?

 あの持久力は何だ?


 いや、一番おかしいのは――どうして、槍が折れていない?


 「それ」に気付いた途端に、ファストの背筋に悪寒が走る。


 あいつらは2人共おかしい。

 けれど、ライルの方がより異質で、危険だ。


 不可解な耐久性のある槍か、それを扱うライルか、少なくともどちらかには触れてはいけない何かがある。


「《断罪の剣》!」


「っで!」


 尽きかけた魔力を振り絞り、ファストは剣を投擲する。

 剣は重圧から解放され脱力していたライルの腹をかすめ、ほどなくして消えた。


「撤退だヨクヨ! 来い!」


 何とかヨクヨを立たせ、走り出すファスト。

 フゲンが天井を壊した影響で壁の一部も崩れていたため、彼らはそこから部屋を脱するべく駆ける。


「わりいライル! オレ動けねえ!」


「やばいな! 俺もよちよち歩きしかできない!」


 ヨクヨの動きを封じ、あの様子から察するにファストの魔力も底を尽かせた。

 あと一撃繰り出せれば勝てるのに、これでは逃げられてしまう。


 何か、足を止めさせる方法は。


 ライルは頭に入っている知識を全力で漁る。

 彼の気を引くことに、彼を振り返らせるために使えるものは無いか。


 膨大な量の引き出しを片っ端からひっくり返した末、ライルはひとつの情報を見つける。

 それを手に取り、秒に満たない長い時間を悩んで、腹をくくった。


「待て――イッセン!」


 明瞭な声は、部屋から出かけていたファストの耳にしかと届く。


「は……」


 ファストは振り向いた。

 口は言葉を発することもできず中途半端な形で、黒い瞳は驚愕に見開かれている。


 その足は次の一歩を踏み出すことなく、止まった。


 今だ。

 今しかない。


 ライルが疲労困憊の体に鞭打ち槍を投げようとした、その時だった。


「獣牙剣術、《肉裂き》」


 耳障りの良い、穏やかな声が聞こえると共に、パッと鮮血が散る。


 ぐらりと傾いたのはファストの体。

 ぼたぼたと零れ落ちる血の出所は彼の背。


 ファストが斬られた。

 そう理解するのに、ライルもフゲンも、ヨクヨでさえも一瞬の間を要した。


「――ッ!」


 深手を負って倒れ行くファストを受け止めようとするヨクヨだったが、その手が黒衣に触れるより先に、彼もまた背後から斬り裂かれる。


「何だ……誰だ? どこから?」


 困惑するライルたちの疑問に答えるように、穴の空いた壁の向こう側から、コツコツと足音が響いて来た。


「ここまでよく頑張ってくれました。まあ頑張ってくれない方が嬉しかったのですが」


 2人が緊張した面持ちで見据える中、現れたのは丸眼鏡をかけた軍人だった。

 彼は長い髪を揺らし、血濡れた剣を片手にライルたちに歩み寄る。


「おや? あなたたちは軍人ではありませんね。協力者の方ですか」


「あ、ああ」


「では初めまして」


 表情は笑顔。

 しかしいまひとつ感情が読めない。


 警戒するライルの心持ちを知ってか知らずか、軍人は礼儀正しく名乗った。


「私はサリー・チフ。地上国軍特殊戦力部隊の隊長です」


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