82話 怪力の弱点
「フゲン!」
ライルは胸の奥から明るい気持ちが沸き立って来るのを感じながら、相方の名を呼ぶ。
強敵との戦闘中だというのに、彼の顔には喜色が浮かんだ。
思わぬ希望、味方の加勢を得たライルだったが、しかしそれは彼だけのことではなかった。
「ファスト」
フゲンの空けた穴から、遅れてヨクヨが飛び込んで来る。
彼はするりと土煙を潜り抜け、ファストの横に立った。
「すまない、見失わないようにするだけで精一杯だった」
「気にするな。問題無い」
言って、ファストは一度剣を影に戻す。
「問題無い」。
その言葉は、偽られてはいなかった。
さて、ところでなぜフゲンがここに来られたのか。
本人以外には知る由も無いことだが……端的に言うならば、フゲンは気付いたのだ。
自分が追う側ではなく、追われる側であることに。
ヨクヨとの戦闘を繰り広げる中で、彼は薄々、少しずつ気付いていったのだ。
この青髪の男は他の執行団員たちや、捜索隊の面々には目もくれていない。
すなわち男の目的は自分を退けて捜索隊を攻撃することではなく、自分とライルを合流させないようにすることなのだ、と。
であれば自分がここを離れても問題無い。
あの性格の悪い強敵との戦いに――もれなく敵も引き連れてだが――心置きなく加勢できる。
そんなふうに結論付けた次の瞬間から、フゲンはヨクヨを振り切る勢いでライルを探し始め、ここに辿り着いたというわけである。
ともあれ。
これで1対1が2対2になった。
数の比率は変わっていないが、戦闘には大きな変化が現れるであろうことを4人とも理解している。
パラパラと瓦礫の欠片が崩れる音が響く部屋の中、緊張が走った。
ざり、と足を踏み込む音。
先に駆け出したのはライルとファストだった。
「天命槍術、《閃刻》!」
「影魔法戦闘術、《断罪の剣》!」
2つの異なる刃が交わり、空気に衝撃が走る。
数秒の競り合い、後ライルが呆気なく退いた。
が、その代わりにフゲンが間に割って入り、ファストに鋭い蹴りを繰り出す。
ファストは影魔法で以て彼の足を絡めとるものの、力負けしてバランスを崩した。
そのまま吹き飛ばされそうになったところを、ヨクヨがフゲンの胸ぐらを掴み投げ飛ばすことで阻止。
彼はフゲンが着地するや否や、距離を詰めて追撃をする。
「っで!」
フゲンは半ば不意を突かれたことで防御が間に合わず、拳をほとんどそのまま左頬に食らった。
鈍い痛みと共に、視界ががくんと揺れる。
次の攻撃こそと体勢を立て直すフゲンだったが、ヨクヨは更なる追撃を向けることはなく一旦ファストの隣へと戻った。
入れ替わるように飛来した影魔法を、今度はライルが槍で弾いて防ぐ。
「わり、一発もらっちまった」
「何の。まだ余裕だろ」
「もちろん」
糸をギリギリまで張り詰めたような距離で、2組はまた睨み合った。
その隙にライルは思考を回す。
意外と言うべきか、想像していたより相手は連携のとれた戦い方をしていた。
「1足す1」ではなく、はなから「2」で立ち回っている感じだ。
加えて青髪の男は恐らく、ファストを守ることを最優先に動いている。
ファストの方もそれを念頭に置いて、彼を見ながら――。
と、そこまで考えて、ライルはふと思い至った。
「なんだ、そうだったのか」
認識した途端に、すとんと腑に落ちる。
彼は、そうだったのか、と心の中でもう一度呟いた。
「どうしたライル」
怪訝な顔をするフゲンに、ニコリと笑って彼は答える。
「心配事が俺の杞憂だったから安心してる!」
「? そうか」
当然のことながら、フゲンはまるで何のことだがわかっていない。
だが「心配」を向けられていた当事者たるファストは、必然ライルの内心を察した。
「気持ち悪……」
――察して、思い切り嫌悪を向けた。
「影魔法戦闘術、《磔刑の釘》!」
今すぐ自らの手でぶん殴ってやりたい衝動を抑え、彼は影の釘を撃ち出す。
釘はライルの足元めがけて一直線に飛んで行くが、床に刺さるよりも早く、くるりと回転させた槍の柄によって弾かれた。
「もうそれは食らわねえよ!」
《磔刑の釘》は、対象の影に接触することによって効果を発揮する。
逆に言えば、影以外ならどこに接触しても効果が無いのだ。
肉体はもちろん、武器ならなおさら。
加えて釘の射出速度は大して速くない。
対処法が知れた以上、いくら撃っても弾かれて終いだろう。
ファストは手札から《磔刑の釘》を引き抜き、思考の端に放った。
「我流体術、《蹴り飛ばす》!」
「っ!」
ほんの僅かな隙を感じ取り、フゲンが一気に接近して攻撃する。
またもや影魔法に防がれるが、その向こうまで衝撃が伝わる感触があった。
「この馬鹿力め……魔人族とは戦わないんじゃなかったのか?」
「今は戦れるぜ。加減できるようになったからな」
フゲンは不敵に笑う。
ローズ公国の経験を経て「加減」を覚えた彼には、もう戦えない敵など存在しなかった。
「ファスト……!」
「お前はこっちな!」
間合いを詰められたならばフゲンの方が有利だ。
そう判断したライルは、ファストの下に駆けつけようとするヨクヨの前に立ち塞がる。
「行かせないぜ」
槍を斜めに構え、防御の姿勢をとるライル。
正面突破を試みてくるか、すり抜けようとするか。
腰を落とし、彼は相手の次なる動きに備えた。
しかしヨクヨは力強く踏み込むと、あろうことか槍の柄をむんずと掴む。
そのままミシミシと槍が軋みそうなほど力を込め。
「邪魔、だ!」
槍ごとライルを放り投げた。
「うおっ」
視界がぐるりと反転し、思わずライルは声を上げる。
すかさず槍を離して直接ヨクヨに右の拳を叩き込もうとするが、それをも予測していた彼の拳に迎え撃たれた。
「い゛っって!!」
ベキ、と骨の折れる音がして、一拍置いて来た痛みにライルは顔を歪める。
けれども怯んでいる暇は無い。
宙を舞いかけていた槍を掴み直し、支えにしてヨクヨの腹に蹴りを入れた。
さすがに骨折の痛みを無視して追撃を加えて来るとは思わなかったのだろう。
反応が遅れたヨクヨは蹴り受け流し損じ、がくっと頭を垂れて2、3歩ふらつく。
「!」
と、ライルは何かに気付くが、次の瞬間には拳が眼前まで迫っていた。
慌ててギリギリこれを避け、彼は一転、ヨクヨから離れる。
フゲンの方を見ると、まだ決着はついていない。
予想通り体術を使う彼の方が押しているようではあったが、ファストも体勢を立て直しつつあり、このまま押し切るには難しそうだった。
「フゲン、ちょっとこっち来い!」
「んあ? おう、わかった」
ライルはフゲンに声をかけ、共に部屋を出る。
唐突と言わざるを得ない撤退だ。
「追うぞ」
「ああ」
一瞬、呆気にとられたファストとヨクヨだったが、すぐに彼らの後を追う。
「クソガキ共が……背後でも取ろうってのか」
既に2人は視界から消えていたが、建物の構造を熟知したファストらにとっては捜索など造作もない。
ほどなくして、彼らは通路奥の一室に飛び込むライルたちを目で捉えた。
「居た」
「ふん、馬鹿な奴らだ。ここを誰の拠点だと思ってる」
視線を交わらせたのち、先にヨクヨが扉を蹴破って室内に踏み込む。
次いでファストも影の剣を片手に乗り込む、が。
「!? 何だ、これは……!」
途端に強烈な冷気が2人を襲う。
見ると、部屋全体が隅から隅まで氷漬けになっており、それらがとめどなく空気を冷やしているようだった。
突風が吹き、後ろの扉が閉まると同時にパキキ……と氷が侵食する。
しまった、と思った時にはもう遅い。
「我流体術、《ぶん殴る》!」
待ち構えていたフゲンが、迷わずヨクヨに攻撃をしかけた。
「がっ……!」
先ほどまでならば何のことは無く防げていたであろう、真正面からの攻撃。
しかしヨクヨは防御も回避もすることができず、また踏ん張ることもかなわず壁に叩きつけられた。
「ヨクヨ!」
「っ案ずるな、大事ない」
そう言いつつ、彼の手足や息は弱々しく震えている。
「やっぱりな」
フゲンと同じく待ち構えていたライルはゆっくりと前に歩み出、余裕ぶった顔で言った。
「お前、有角族だろ」