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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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81話 2人組いろいろ

 カシャたちの勝敗が決着した時分、屋外では未だ戦闘が続いていた。


「ツイナ、もっと上だ!」


「りょーかい」


 竜態のツイナに乗ったフーマは、周囲の建物に被害が出ないよう戦線を上空に維持するよう指示する。


 一般人に積極的に危害を加えるつもりは無いのだろう、同じく竜態の双子は地上付近に固執することなく彼らを追った。


「風魔法戦闘術、《追走の疾風》!」


 フーマの手から鋭い風が放たれ、自然な軌道を無視してシンフの翼に向かって飛ぶ。

 が、すんでのところでシンフは身をよじり、力強く羽ばたいて風を打ち消した。


「一応確認だ。俺たちの勝利条件は」


 一旦距離を取るように旋回するツイナに、フーマは尋ねる。


「アンたちを邪魔させなければ勝ち。捕縛できればもっと勝ち」


「よし」


 そう、彼らの役目は戦闘を避けて『地図』を探しに行くこと。

 その役目をアンとモンシュに託した今、この2人は双子の足止めさえできればいいのだ。


「《連理》」


 そっくりの姿をした2頭の竜は、ぴったりの動きで風を巻き起こす。

 フーマは危うくツイナから落ちかけるが、姿勢を低くしてなんとか耐えた。


 両陣の立ち位置は絶えず移り変わっている。

 目まぐるしく動く戦況の中、相手の攻撃を避け、隙を突いては攻撃をする……互いにこの繰り返しだ。


「ねえフーマ、俺ちょっと思ったんだけどさ」


 グスクの牙を躱し、ツイナは言う。


「フーマって天上国行ったことある?」


「無い」


「天上国の王族暗殺事件は?」


「それは知ってる」


「じゃあ天竜族の……」


「結論から言え!」


 喋っている間も相手は待ってくれない。

 気の抜けない空気に神経をすり減らしながらフーマは急かした。


「あの子たち、たぶん王族」


「……は!?」


 ひゅん、とシンフの起こした風が頬をかすめる。


「髪の色とか目の色とかとおんなじでさ、竜態の鱗の色も血縁で決まるんだよね」


「金の鱗は王族の証ってことか?」


「そうそう」


 ひときわ大きく羽ばたいて上昇し、ツイナは双子の竜を見た。

 竜態になっても変わらない瑠璃色の瞳が、きゅっと細められる。


「だからあの子たちは、あの事件の生き残りか――犯人だね」


「何こそこそ喋ってるの」


 また双子がツイナたちに迫る。

 鱗が光を反射してギラリと光った。


「憶測なんて無駄だよ。お前たちはここで死ぬんだから」


 横に並んで飛んでいた双子だったが、不意にグスクがシンフの上に覆いかぶさる。

 かと思えば彼女は瞬時に人間態へと変じた。


「さようなら」


 その手に握られていたのはクロスボウ。

 矢は真っすぐ、フーマの方を向いている。


 マズい、と彼が思ったその時には、既に矢は放たれていた。

 けれども不幸中の幸いか、同時に強風が吹く。


「い゛っ」


 風に煽られ矢の軌道は逸れるが、この至近距離では完全には避けられない。

 鋭い矢じりがフーマのこめかみをかすめる。


 彼の黒マスクの紐は切られ、また皮膚もいくらか裂かれた。


 片方のとっかかりを失い不安定になったマスクは、フーマが押さえるより早く風に巻かれて飛んで行く。


 もう一撃。

 グスクはフーマの露わになった素顔に狙いを定めた。


 しかし、その瞬間。


「……!」


 彼女は目を奪われた。

 なぜならば、正面から向かい合ったその顔が――あまりにも美しかったから。


 すっと通った鼻すじ、淡く色付いた花弁のような薄い唇、曲線美を感じる整った輪郭、絹のごとき滑らかな肌。

 もとより片方露出していた目も、改めて見ると切れ長の綺麗な形だし、睫毛も長く、瞳も宝石のように澄んだ赤色をしている。


 まるで計算され尽くした彫刻作品のように、否、それ以上に、彼の顔の造形は完成されていた。


 その美貌に、グスクは目まいさえ覚えた。

 瞬間的に思考が真っ白になり、意識の中から目の前の青年以外が失せる。


「氷魔法戦闘術っ……《氷牢》!」


 フーマが震える声で言うと同時に、氷の塊が彼女を捕えるように包んだ。


「しまっ……」


 茫然自失のうちに体の自由を奪われ、グスクはバランスを崩す。

 それをシンフが助けるより早く、するりとツイナの尻尾がかすめ取って行った。


 フーマは捕縛の成功を確認すると、すぐさま背を丸め、両手で顔を覆う。

 もう限界、といったふうだった。


「よーしよし。よく耐えたねフーマ」


「っ……っ……!」


 彼に労いの言葉をかけつつ、ツイナは素早くシンフから離れた場所に着地する。

 それから人間態へと戻り、尻尾の拘束から解放されたグスクに逃げられる前に剣を抜いてその首に突きつけた。


「ごめんねー、この子の命が惜しかったら降伏してもらえるー?」


 呑気な声とは裏腹に、腕にはしかと力が込められている。

 実を言うとツイナには無抵抗の少女を刺す度胸は無いのだが、傍から見ればそんなことはわかるわけがない。


 シンフは眼下の3人を見てやや迷う素振りを見せたものの、ほどなく静かに降り立ち、人間態に戻った。



* * *



 同刻、モンシュとアンは敵に遭遇することなく屋内探索を続けていた。


「うーん……反応、ありませんね」


 数歩進むごとに『地図』の欠片に目をやっているが、未だに反応は無い。

 箱の蓋は閉まったままなのだろう。


「『地図』、ちゃんとここにあるんでしょうか?」


「おそらくは。もし既に外部へ運び出しているのなら、私たちに追う術は無い。となるとわざわざ迎え撃つ必要も、足止めの必要もありませんから」


「そっか……それもそうですね」


 2人は足を動かしながら言葉を交わす。

 そこにはもうぎこちなさは無く、すっかり打ち解けた様子だった。


「ですが彼らの目的は何なのか……。この様子だと、襲撃を少しは予期していたみたいですし」


「目的……それはたぶん、僕たちに勝つことだと思います。隊長の人たちと前に会った時、『前にヘマをしたからこれ以上株を下げられない』と言っていました。早い話、手柄を立てたいのかと」


「ああ――」


 アンが納得の声を漏らした直後、大きな破壊音が響く。

 次いでずずん、と地面が揺れた。


「っ!」


 反射的に2人は立ち止まり、周囲を警戒する。

 が、視界の範囲内では特に変わったところは無い。

 どうやらそこそこ遠くからの音で、こちらに影響は無いようだ。


「び、びっくりしましたね」


「建物は極力壊さないよう、通達されているはずなんですけどね……」


 まだ緊張の拭いきれない表情で、2人は苦笑いをした。


「戦闘が激化すれば戦線の移動もあり得ます。気を付けて進みましょう」


「わかりました」


 互いに少しだけ身を寄せ、モンシュとアンは再び歩き出す。


 と、何歩目かを踏み出した瞬間、『地図』の欠片からにわかに光が放たれた。

 ひとすじの光はどこかへ向かって真っ直ぐに伸び、そののち数秒もせずふっと消える。


 待ち望んでいた反応に、バッとモンシュたちは顔を見合わせた。


「見えましたか!?」


「はい! こっちですね!」


 光が出現したのは少しの間だけだったが、方向さえわかれば事足りる。

 2人は欠片の示した方向へと、共に駆け出した。



* * *



「おっと危ない」


 体勢を立て直しつつ、ファストは一瞬開いてしまった『地図』の蓋を素早く閉める。


 ライルとの戦闘が始まってしばらく、両者肩が温まって来たこともあり、攻防は徐々に熾烈さを増していた。

 そう、ファストが懐に仕舞っていた『地図』を落としかけるくらいには。


「今それ光ったろ! やっぱり本物なんだな」


「最初からそう言っているだろう。まさか俺を疑っていたのか? 酷い奴だ」


「お前に言われたくないね」


 ライルの槍とファストの影魔法が激しくぶつかり合う。


 長柄の武器と近~中距離の戦闘魔法。

 間合いが類似していることもあり、まだ互いに大きな傷を負わせられていない。


「ちょっとはやるようになったんじゃないか? 前の無様極まる醜態とは一味違うな」


「ありがとう」


「……チッ」


 先ほど腹立たしいことを言われた仕返しにとファストは挑発を試みるが、ライルにはあまり効いていないようだった。


 さてこの半膠着状態からどう相手のペースを崩すか……とライル、ファスト共に考え始めたその時。


「ここだな!!」


 部屋の壁、ライルの右手から威勢の良い声が飛んで来た。

 聞き覚えしかないその青年の声に、ライルは顔をパッと明るくし、ファストは口をへの字に曲げる。


 この声が聞えたら、次に起こることは何か。

 ライルは信頼を以て理解していたし、ファストは直感的に予測できてしまった。


 そして2人の期待と予感通り、壁は轟音と共に砕け散る。


 もうもうと立ち込める土煙。

 ガラガラと瓦礫を雑に蹴り除ける音。


「よお! さっきぶり!」


 そこには満面の笑みを湛えたフゲンが立っていた。


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