表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
82/215

79話 話を

「へあ」


 モンシュは間抜けな声を零した己の口を慌てて手で塞ぐ。


 あれよあれよという間に、隠し事を看破されてしまった。

 いや、実際には彼女は隊の見解を順序立てて述べただけなのだが。


 冷や汗をかくどころではない焦りと危機感を覚えるモンシュをよそに、アンはまだ話を続ける。


「比較的自由に動ける捜索隊とは言え、私たちにも軍人としての義務があります。すなわち、あなたたちのことも上に報告しなければならない」


 淡々とした声が空気を揺らした。

 事実、と言うより現実が、目の前に差し出される。


 ところがそこで、モンシュはふと違和感を抱いた。


 ――彼女はどうして今、この話をしているのだろう。


「地上国はあなたたちを放ってはおかないでしょう。ともすれば、地底国や他の国々も」


 なおも続く彼女の言葉を聞きながら、彼はそっと思考を巡らせる。


 今までずっと、アンの考えていることがわからなかった。

 しかしそれは、自分たちに対する彼女の姿勢を見極めかねていたからで。


 間違っているかもしれないけれど、一歩近づいて目を凝らしてみれば、仮説くらいは見えて来るのではないだろうか。


 想像と思案を重ね、やがてモンシュはひとつの答えを導き出す。

 そうして話を終えたアンに、恐る恐る尋ねた。


「……心配、してくれているんですか?」


「…………」


 アンは答えない。

 しかしその見開いた目は、暗に図星だと教えているようなものだった。


「あの、僕の勘違いだったら申し訳ないんですけど」


 すかさず、彼は続く考えを述べる。

 相手を傷付けないよう、慎重に。

 それでいて言いたいことは鮮明に。


 モンシュが言葉を紡ぎ終える。


 アンは、目に涙を浮かべて微笑んだ。



* * *



「ワタシはね、強い人を戦うのが好き。立派な剣を、槍を、強い魔法を使う人を……たった2本の針だけで負かすのが好きなの。自信と勇ましさに満ちた顔を敗北の恥辱で上塗りして、このヒールで踏んづけてあげるのは何より気持ちのイイことだわ」


 建物内、正面玄関からしばらく奥へと進んだところ。

 カシャとリンネは、ゼンゴと交戦を続けていた。


「よく回る口ね!」


「うふふ、ありがとう。お喋りは好きなの」


 カシャは右へ左へ攻撃を躱しながら、懸命に応戦する。

 いつも通りに戦っているはずなのに、なぜだかいつもより重い疲労が積もりつつあった。


 対して楽しげに長針を振るうゼンゴには、ほとんど疲れが見えない。


操針(そうしん)戦闘術」


 ゼンゴは針をくるりと逆手に持ち替え、強く踏み込む。


「《蟻穴(ぎけつ)》」


 鋭い針先がカシャの喉元を狙う。

 カシャは素早く1歩と半分後ろに後退し、その場で宙返りをした。


「有角双剣術、《月ノ輪》!」


 弧を描いた剣が針を弾く。

 ゼンゴはややよろめくも、すぐに体勢を立て直してくるくると針を回した。


「ところで、どうしたのかしら隊長さん。剣筋がブレすぎよ。ちゃんと集中してちょうだい?」


 言いながら、彼女はリンネの方をじとりと見る。

 返事は返らない。


 ゼンゴの言っていることは正しかった。

 戦闘が始まってからずっと、リンネの動きはほとんど精彩を欠いていたし、攻撃を食らうことはあれど未だ一撃も食らわせることができていない。


「もう、仕方ないわねえ」


 息を弾ませただ機械的に剣を構えるリンネに、ゼンゴは心底溜め息を吐いた。


「つまらない子はさっさと殺しちゃいましょう」


 次の瞬間、彼女はカシャに一気に詰め寄る。

 針が振り上げられ、カシャは防御姿勢をとったが、しかし飛んで来たのは針による攻撃ではなく、重い蹴りだった。


 不意を突かれたカシャは腹に一発貰ってしまい、思わずよろめく。

 ゼンゴはすぐさま体を反転させ、隙だらけのリンネの息の根を止めるべく針を突き出した。


が。


「あら?」


 突然、彼女の足元に魔法陣が現れる。

 かと思えばそれはにわかに発光し、外周に沿って厚い氷の壁を出現させた。


 ゼンゴはすぐさまそれを叩き割るものの、視界が開けた時にはもう誰もいない。


「かくれんぼかしら」


 逃げられたことを残念がりつつ、一方でこの見慣れない形式の氷魔法を放った「誰か」に期待を膨らませ、彼女は獲物をゆったりと追いかけ始めた。


 さてカシャたちはというと、通路も半ばの一室に逃げ込んでいた。

 いったい何のための場所なのか、室内には物らしい物がまるで無い。


 それでもひとまず落ち着ける、とカシャは息を吐き出す。

 と同時に、隣で突っ立っているリンネに声をかけた。


「あんた、しっかりしなさいよ。本気でやんないと死ぬわよ」


 カシャはリンネと直接戦ったことは無いが、ライルたちからその戦いぶりは聞いている。

 あの意味不明な身体能力のフゲンと互角に渡り合っていたのだ、その実力は余程のものだろう。


 今のリンネは本気でないか、本調子でないか……いずれにせよ全力を出せていないことを、カシャは確信していた。


「6年前……」


 と、そこで突然、リンネが口を開く。

 カシャは思わず「え?」と聞き返した。


「6年前、コットの町で……あなたは、巻き込まれたのですか」


 ああ、とカシャは理解する。

 「何に」とは言葉にされなかったが、彼女の言わんとするところは容易に察することができた。


「……ええ、そうよ。あの日、私は火事から逃げ遅れて……助けに来てくれた姉を亡くした」


 積極的に言いたいことではないが、意固地に隠し立てすることでもない。

 カシャは素直に答える。


「それがどうかし」


「ごめんなさい」


 反射的に、カシャの喉がひゅっと締まった。


 この数日で嫌ほど聞いた声なのに、嫌ほど見た顔なのに。

 いつの間にか目の前には、捜索隊の隊長ではない、誰かが立っていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 彼女はうわごとのように呟き、ずるずるとその場にへたり込んだ。


「ちょ、ちょっと……」


「私のせいです。私のせい。私が全部全部全部いけなかった。私が間違えたせいで、ごめんなさい」


「何言ってるの。あれの犯人は執行団の人間でしょう!」


 困惑しながらも、カシャは彼女の肩を掴んで強く言う。

 この女性の急な変貌はまるでわけがわからなかったが、間違いは間違いだと言わなくては、と思った。


「私はこの目で見たわ。他にも沢山、目撃者は居る」


「違います。そうではありません。私が、私が……」


 それでも彼女の様子は変わらない。

 どころか、悪化しているようでさえあった。


 二言三言、聞き取れないほど曖昧でか細い声で漏らした後、彼女は引き裂かれるように悲痛な声でこう言った。


「私が彼を見逃したんです」


 その言葉の意味を、カシャが理解するより早く。


「みいつけた」


 部屋の扉が軋んだ音を立てて開かれた。

 ゼンゴだ。


 カシャは即座に剣を抜き、敵と相対する。

 対してリンネは依然、地べたに座り込んだままだ。


「操針戦闘術、《千枚通し》」


「有角双剣術、《大鎌鼬》!」


 再び長針と双剣のぶつかり合う戦闘が始まる。


 刺突、回避、斬撃、防御、刺突。

 目まぐるしく攻防が入れ替わるが、次第にカシャは防戦へと追いやられて行く。


 恐らくは人間族、少なくとも有角族ではないのに、ゼンゴはカシャと互角どころか優勢に立っていた。


 理由を探る余裕も無く、じわりじわりと押されるカシャ。

 もはや1人では勝てないことは確実だ。


 自分がやられれば、次の標的はリンネに違いない。

 今の戦意を喪失した彼女では、まず間違いなく殺されてしまう。


 祈るような気持ちで、カシャは口を開いた。


「リンネ! この間、私はあなたのことが嫌いって言ったわよね。覚えてる?」


 ただでさえ戦闘で手いっぱいなのだ、喋っている余裕などあるはずもない。

 それでも彼女は必死に息を吸い、言葉を紡ぐ。


「私はね、上っ面の『役割』に囚われた軍人が嫌い。コットの町の火事を、命令されるまま『事故』にしたあの軍人たちが」


 ゼンゴが不愉快そうに眉をひそめ、攻撃が苛烈さを増す。


「判を押すみたいに『犯罪者は殺す』って言うあなたに会った時、彼らの姿が重なった。彼らとあなたが同類に見えたの」


 リンネの声は聞えない。

 後ろを振り返る暇さえも。


「でもそれは勘違いだったわ。あなたが何かに囚われているのは事実でしょうけど、それは誰かに言われたわけでも、怠惰に思考を止めているわけでもない」


 カシャは話し続ける。

 背中越しに、全霊をかけて。


「ごめんなさい。私、あなたに酷いことを言ったわ。よく知りもしないで、無神経にあなたを傷付けた」


 針が頬をかすめる。

 皮膚を裂く。


「話をしましょう。あなたと私で。だから今は」


 カシャの足の力が、がくんと抜けた。

 体力の限界だった。


 右目を狙って突き出される針を、彼女はもう避けられない。


 死を覚悟したカシャと、勝利を目前にしたゼンゴ。


 2人の耳に、涼やかな声が響いた。


「地上国軍式剣術――《鈴》」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ