78話 気まずい探索
正面と裏口で戦闘が行われる中、2つの小柄な影が建物内を移動していた。
影の主の、一方はモンシュ。
そしてもう一方はアン。
2人は並んで歩いていたが、良いとはとても言えない雰囲気だった。
どちらも喋らず、かと言ってわざわざ喋ることも無く、ただ沈黙が横たわる。
重苦しいと言って差し支えない空気に耐え兼ね、モンシュは口を開いた。
「あの……」
「…………」
「えっと、僕の名前って」
「知ってます。モンシュさんですよね」
「あ、はい」
「…………」
「…………」
ものの十秒足らずでまた沈黙が流れる。
会話が弾まないなどという次元ではない気まずさだ。
なぜこの2人が、この2人だけで居るのか。
事の発端は少し時を遡る。
「そろそろだな。行こう」
リンネたちとミョウたちが交戦を始めた頃、どちらの組とも別に待機していたフーマ、ツイナ、アン、モンシュは遅れて行動を始めた。
彼らの役割は隠密行動……すなわち、他の面々が戦っている間に建物に侵入し、『地図』を探すこと。
故に少人数の編成となっている。
フーマが防音魔法をかけながら窓を割るのを見ながら、モンシュはぎゅっと胸の辺りで拳を握った。
戦いにはまだ慣れない。
拭い難い緊張が、心臓を締め付けている。
「新人3人だけじゃ頼りない?」
と、そこへツイナが声をかけた。
慌ててモンシュは首を振る。
「い、いえ、そういうわけでは……」
「こらツイナ、妙な圧をかけるな」
窓の処理を終え、フーマが一旦戻って来る。
彼はツイナを軽く小突くと、モンシュの方を向いて言った。
「まあ安心してくれ。俺たちは確かに新人だが、そこらの一般人よりかは戦える。それにこういう活動に関しちゃ、隊長副隊長にもお墨付きを貰ってるんだ」
前髪とマスクでほとんど隠れた顔の、唯一露出している左目を細めて彼は笑う。
どことなくぎこちない表情だったが、モンシュを勇気付けようとしているのは確かだった。
そうして話もそこそこに、4人は建物内に侵入する。
執行団員は正面と裏口に集中しているようで、彼らの降り立った通路には人の気配すらなかった。
「よし、それじゃあ各部屋を順番に……」
フーマが言いかけるが、その言葉がふと途切れる。
「待て、誰か居る」
「え?」
モンシュは思わず目を丸くした。
前後左右、どこを見ても薄暗がりの中には人影は見えない。
いったいどこに、と尋ねようとしたところで、しかしその問いを呑み込む。
通路の突き当たり、曲がり角の向こうからローブを纏った双子――シンフとグスクが姿を現わしたからだ。
「子ども、だけ?」
ツイナは剣の柄に手を添えながら警戒する。
双子は何も言わずに、静かに歩み寄って来ていた。
「あの子たち、前に会ったことがあります!」
やや声を落とし、モンシュはツイナたちに言う。
「え、そうなの?」
「はい。僕は直接戦ったわけではありませんが……油断のできない相手です」
思い出すのはイシュヌ村でのこと。
あの時、モンシュはユガに眠らされていたため双子と交戦することはなかった。
が、ライルとカシャから話は聞いているし、その後、町で顔を合わせてはいる。
双子はおそらくモンシュと同年代であろうが、昏い瞳にはそうとは思えないほど身震いするものがあった。
モンシュたちと双子の距離はじりじりと縮まる。
互いの顔がはっきりと見えるところまで来ると、双子は立ち止まり、兄のシンフの方が口を開いた。
「お前たちは良い大人か。悪い大人か」
「良い大人じゃない? たぶん」
間髪入れず、ツイナが答える。
もっと慎重に返答を考えろ、とフーマは内心叫んだが動き出した歯車は止まらない。
「じゃあ」
シンフとグスクはローブを脱ぐ。
顔に付いた痛ましい傷跡が露わになった。
「殺させてもらう。俺たちは悪い子どもだから」
刹那の発光、一瞬くらんだ目が正常に像を結ぶより早く、ツイナとフーマは何かに突き飛ばされる。
窓から外に放り出された2人の目の間に居たのは、2頭の竜だった。
「天竜族か!」
竜、すなわちシンフとグスクの竜態は平均よりは少し小さい。
しかしその鱗は金色に輝いており、美しいと称賛される天竜族の中でもより美しい部類に見えた。
「アン、モンシュを連れて先に進め!」
「ここは俺たちが相手しとくよ」
フーマとツイナは建物の中に向かって呼びかける。
「了解!」
「っご武運を!」
アンとモンシュは指示通り、引き返すことなく建物の奥へと足を向けた。
双子はというと、アンたちには一瞥もくれずフーマたちと対峙している。
よほどすぐに勝つ自信があるのか、事情があって片方を見逃しているのか。
いずれにせよ、今のところは不幸中の幸いと言って良さそうだった。
「さて……やるか」
「やっちゃおう」
軍服に付いた土を払い、フーマとツイナは眼前の敵を見据える。
屋外に出されたのは想定外だったが、戦うのなら却って好都合だ。
ツイナの体が光を放ち、青い竜の姿へと変わる。
彼は慣れた動きでフーマを背に乗せると、そのまま高く飛び上がった。
「ちょっと怪我させるかもだけど、悪く思わないでね」
応じるように、双子の竜も上空へと羽ばたく。
戦闘開始だ。
――こうして、冒頭の状況に繋がるのである。
「モンシュさん」
心地の悪い空気の中、今度はアンの方からモンシュに声をかけた。
「は、はい」
「あなたは戦えますか?」
「竜態になれば一応。でも屋内だとお役に立てるか……」
「大丈夫です。あなたは私が守りますから、探索に専念してください」
「あ、ありがとうございます」
何を考えているのかわからない。
それがモンシュの、アンに対する率直な感想だった。
決して悪い人ではない。
真面目そうだし、こちらを邪険に扱うこともない。
けれども積極的に交流しようという様子は無く……と思いきや、今こうして気を遣ってくれた。
冒険者を、兄のフゲンを、その仲間の自分たちをどう感じているのか。
モンシュはどうにも判断をし兼ねていた。
「この『地図』の欠片は、同じく『地図』の大部分のある方向を示しています。私たちはこれを辿って『地図』を追っていました」
アンは胸ポケットにそっと手を添えながら話し出す。
そう、彼女は今、捜索隊の所有する『地図』の欠片を持っていた。
欠片を手がかりに奪われた『地図』を探す、というのがこの4人――現在は2人だが――の目的なのだ。
「ですが先日、明瞭だった光がある地点で散漫になりました。……ローズ公国の東門近くです」
ローズ公国、と聞いてモンシュはドキリとする。
あそこに居たことは秘密にしている、はず。
「リンネ隊長の指示で、私たちは公国に立ち入ろうとしました。が、そこは既にローズ公国ではなくなっていた。私たちは上層部に報告すべく、一旦公国から離れました」
「へえ、そうだったんですね」
「それから数日経つと、突然『地図』の欠片が光を失いました。……これらのことから、捜索隊が推察したことは2つ」
必死で平静を装うモンシュに構わず、アンは滔々と言葉を連ねる。
「1つ、『地図』の光が散漫になったのはローズ公国に満ちる濃い魔力、あるいは魔法のせい。あそこは魔女の住む国です。それに起因する何かが光の障害になったのでしょう」
そして、と一旦拍を置き、彼女は言った。
「2つ、あなたたちはローズ公国で『地図』を手に入れた」
音が一瞬消える。
モンシュは己の脳天から足の先まで、嫌な緊張が走るのがわかった。
「あなたたちの証言――箱をある程度まで開けると『地図』が光ったことから考えると、その箱には魔力遮断の魔法がかけられているのでしょう。公国にあった間は、光は散漫になるだけでしたが、箱に入れられ持ち出されたことで完全に途絶えたのだと結論付けるのが自然です」
語られた捜索隊の推理は、絶望的に鋭い。
モンシュはもう気が気でなく、焦りと疑問と言い訳作りのために破裂しそうだった。
最後のとどめと言わんばかりに、アンは無慈悲な結論を突き付ける。
「あなたたち、ローズ公国の反乱に関わっていましたね?」