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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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77話 善人の目

 モンシュらと別れた後、ライルとフゲンの間にはしばらくの沈黙が流れた。


 ライルは槍の柄をすり、と撫で、相方の方を見る。

 先ほどは笑顔で振るまっていたフゲンは、しかし今は口をへの字に曲げていた。


 赤い瞳をせわしなく動かし、体重を右足にかけたり、左足にかけたり。

 あからさまなほどに落ち着かない様子だ。


 今回の作戦にはアンも参加している。

 彼女は捜索隊の一員なのだから当然と言えば当然だが、大事な妹、せっかく生きて再会できた妹が戦いの場に居るなどフゲンは気が気でないのだ。


「フゲン」


 ライルはそっとしておくことも考えたが、見るに見かねて声をかけた。


「妹のことが心配か?」


 一拍置いて、「まあな」と返答が返って来る。


「でも腹括らなきゃ始まんねえだろ」


 言って、フゲンは笑顔を作って見せた。

 ぎこちなさが拭えない作り笑いだった。


 どうしたものかとまた考え、ライルは口を開く。


「……そうだ、いいこと思い付いた」


「なんだ」


「妹が戦いに巻き込まれる前に、敵を全員さっさと倒せば万事解決」


 彼は至極真面目な顔でそう言うと共に、ぐっと親指を立てた。

 その様子と提案の内容の雑さとの落差がなんだか面白く、フゲンは思わず噴き出す。


「はは! お前、なんかオレに似てきたな?」


「こんなに長く、近くに居るんだ。似もするさ」


「まだ半年も経ってねえけどな」


「十分長いさ。少なくとも、俺にとっては」


 すっかり……とはいかないまでも、調子を取り戻したフゲンにライルは内心ほっと息を吐いた。

 彼にはやはり、心から笑っていてほしい。


「合図だ」


 暖まりだした空気に、ミョウの声が差し込む。

 彼の手の中には共鳴石があり、断続的にあの特徴的な音を発していた。


 待機していた隊員たちが一斉に列を整え、武器を構える。

 ライルとフゲンもまた、体を前に向けた。


 視線の先は執行団の拠点、その壁面に見えるやや小さな扉。


「行くぞ!」


 ミョウは大剣を引き抜いて号令をかける。

 隊員十数名が建物の裏手側を一斉に包囲し、ミョウ、ライル、フゲン、それから3名ほどの隊員が扉へと向かった。


「地上国軍『箱庭』捜索隊だ! 調査にご協力願おう!」


 遠慮の欠片も無く扉を蹴破ってミョウが高らかに言う。


 すると灯りが落とされた薄暗い通路から、するりと数名の執行団員が現れた。


「何だ、騒々しいな。そんなに叫ばなくても聞こえている」


 その先頭に、余裕たっぷりに立つ男。

 赤い髪と真っ黒な瞳が特徴的な長身痩躯の彼に、ライルたちは警戒をいっそう強めた。


「ファスト……!」


「あの青髪の奴もいるぞ!」


 フゲンはファストの横に佇むヨクヨを指差し、次いですぐさま糾弾する。


「おい、『地図』をどこへやった!」


 が、ヨクヨはそれに答えず、代わりにファストが口を開いた。


「ここにあるさ」


 自分に向けられる敵意を曖昧に躱しつつ、彼はすっと右手を差し出す。

 そこにはライルたちがカアラから貰い、ヨクヨに奪われたあの箱……すなわち『地図』があった。


「あまり暴れてくれるなよ。うっかり壊してしまうかもしれないからな」


 挑発たっぷりに言うファストに、ライルたちは小声で言葉を交わす。


「本当か?」


「わからない。あれは偽物で、本物は別の場所に送られている可能性もある。が、現状手がかりはこいつらだけだ」


「そうだな。あれが『地図』ならそれでよし、違ってもぶん殴って情報吐かせりゃいい」


 やることは変わらない。

 そう判断した一同は武器を構え直した。


「こいつらは俺たちが相手をする。お前たちは作戦通り、道を開いてくれ」


 ライルが言うと、ミョウは少し迷う素振りを見せたがじきに頷いた。


「……わかった。言ったからには簡単に負けるなよ」


 空気は既に一触即発。

 誰かが一歩動けば、それすなわち開戦の合図だ。


「さあ敬虔な信徒たち。俺の可愛い隊員たちよ。『箱庭』を目指す愚者共を神に代わって成敗してやろう」


 先に号令をかけたのはファストだった。

 彼は大仰な身振りで、恐らくは二番隊のであろう団員を扇動する。


「総員、進め!」


 受けて立つとでも言わんばかりに、ミョウもまた号令をかけた。


 ライルは他の団員には目もくれず、一直線にファストの元へと斬り込む。


 割り込むように前に出たヨクヨに阻止されそうになったが、フゲンがさらに割り込み彼をファストから引き剥がした。


「お前はこっちな!」


「…………」


 これで隔てるものは無くなったが、そう簡単に仕留められる相手ではない。

 ファストは素早く影魔法で剣を作り、ライルの槍を防いだ。


「カラバンじゃ下手を打ったが、今度は勝つ!」


「血気盛んだな。まあここは落ち着いて――」


 意地の悪い笑みと共にファストの魔力が拍動する。

 瞬間、ライルの視界が黒く塗り潰され、ファスト以外見えなくなった。


「場所でも変えようじゃないか」


 やられた、とライルは思った。

 これは恐らく転移魔法の類。

 あの青髪が逃亡する時に使われていたものだろう。


「ライル!」


 黒い壁の外から聞こえるフゲンの声に応えるより早く、ぐにゃりと平衡感覚が歪んだ。

 かと思えば、瞬きひとつ、辺りの景色は先ほどと違うどこかの室内に置き換わっていた。


「どうだ? なかなか広くて快適だろう」


 ライルは黙ったまま周囲に警戒する。


 冷たく無機質な部屋だ。

 家具らしいものは一切無く、人が隠れているとは考えにくい。


「俺にも立場があるもんでね。雑魚共を流れ弾で殺してしまうとマズいんだ」


 どうやらファストは、思う存分戦うためにここへライルもろとも移動したらしい。


 それでもいつ来るともわからない攻撃に気を張りながら、ライルはゆっくりと口を開いた。


「……あのカラスは? 俺も動物を無闇に殺す趣味は無い」


「くく、気配り上手なことで。ティカなら安全なところに居るさ」


「どうしてその優しさを人に分けてやれないんだ」


「馬鹿みたいな質問だな。そりゃあ、好きでもない奴に分ける優しさなんてあるわけがないだろう。それとも何か、俺に博愛主義者になれと?」


「ふざけるな」


 ふざけて、はぐらかして答えるな。

 ライルは怒りを込めてファストを見据えた。


「今なら()()()()()()わかる。お前の心はとても濁っている。冷たい泥みたいな感情がずっと、そこにあるだろ」


 じっと見る。

 目の前の理解し難い悪党を、その貼り付けた笑顔の後ろにあるものを、視線で捉える。


「お前は人を見下している。みんな馬鹿だと嘲笑っている。そして、誰のことも信じていない」


「……それがどうした?」


「警告だよ。そんなことをやっていたら、今にお前は破滅する。悪いことをするとかしないとか、それ以前の問題だ。冷笑と猜疑に満ちた道の先にはどん詰まりしかない」


 ファストは僅かに眉を動かした。

 笑顔が薄れる。


「どうか耳を貸してくれ。俺はお前のことを嫌な奴だと思うけど、不幸になってほしいとは思わない。前に『どん底から這い上がった』と言っていたな。這い上がれたなら、また――」


 ガン、と。


 ライルの頬をかすめて、影の剣が後方の壁に突き刺さった。


「その顔……声も、腹が立つ」


 怒気を隠そうともしない声色に、ライルは息を呑む。

 ファストの顔には、もう薄っぺらい仮面は無かった。


「能天気な正論とご警告をどうも。だがもう結構だ、黙れ」


 あるのはただ、苛立ちと憎悪と、ほんの僅かな動揺。


「お前さんの目には覚えがある。泥の味を知らない善人の目だ。悪党を改心させてやろうという傲慢の目だ。……本当に、そっくりで嫌になるな」


 ファストは再び剣を手にする。

 そうしてライルに突きつけた殺意は、少しだけ澄んでいた。


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