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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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76話 渇望するもの

 地上国軍『箱庭』捜索隊と雷霆冒険団の協力体制が築かれてから十数日。

 地道な捜査の末、ようやく執行団の拠点を特定した一同は、いよいよ直接対決に踏み切ることとなった。


 隊と団、合わせて42名の人員は、やや湿っぽく雲った空の下に並び立つ。

 武器を用いる者は武器を手に、素手の者は体のや魔力の具合を確認し、刻々と近付く開戦の時を待っていた。


「作戦は伝えた通りだ。頼むぞ」


 ライルたちはミョウの言葉に各々頷き、気を引き締める。


 今回の作戦で対峙するのは執行団の二番隊――要するに、『地図』を奪った男とファストらが属しているところのみの予定だ。


 しかし油断は禁物であるし、増援を呼ばれる可能性も念頭に置いておかなければならない。

 それぞれが最大限のはたらきをすることが、勝利への唯一の道だ。


「それじゃ、また後で!」


「ええ」


「気を付けてくださいね!」


「頑張りましょう!」


 モンシュ、カシャ、クオウは、ライルとフゲンをミョウの率いる班に任せ、自分たちの属する班と共に場を離れる。

 執行団の拠点、すなわちいち建物を攻めるため、手分けが必須となっているのだ。


 ぐるりと反対の方面まで回った後、カシャ、クオウとモンシュでまた別れる。

 互いの武運を祈りながら指定された配置につき、あとは合図を待つばかりだ。


 カシャは目の前にそびえる建物を睨み、きゅっと口を引き結ぶ。

 ここにあの憎き仇がいるかと思うと、武者震いすらした。


 が。


「炎は駄目、炎は駄目、炎は駄目……」


「……何してるの?」


 隣のクオウが何やら呪文のように呟いているのが耳に入り、カシャの緊張感が微妙にほどける。


「自分に言い聞かせてるの。みんなの頑張りを、わたしのうっかりで台無しにしたくないから」


 彼女の困惑を多分に含んだ眼差しを受け、クオウは真摯に答えた。


 炎は駄目、というのは彼女が事前にミョウに言われていたことだ。

 なんでもリンネは炎に因縁があるらしく、目の前で使われると冷静さを著しく欠くらしい。


 それ以上詳しくは語られなかったが、このために魔人族一同には「炎魔法使用禁止」の命が下されているというわけである。


「そう固くならなくても大丈夫よ。確かにあんたはちょっとふわふわしてるけど、ローズ公国では上手く立ち回って私たちを助けてくれたじゃない」


 カシャはクオウが緊張しているのだろうと察し、彼女の肩をぽんと叩いて、優しく言葉を投げかけた。


「ふふ、ありがとう。カシャも不安になったり、辛くなったりしたら言ってちょうだいね」


「ええ」


 両者とも、捜査初日の夜のことを少なからず思い出し、ほのかに頬を赤くする。


 本人以外は知らないことだが、カシャが自分と姉のことを事細かに話したのはクオウが初めてだった。


 彼女にとって「あの」過去の吐露は感情の吐露であり、甘えでもある。

 古く真新しい傷を、怒りの表象以外の意味で用いることはカシャ自身にとっても想定外のことだった。


「準備はできましたか」


 2人を感傷から引き戻すような涼やかな声を携え、リンネがやって来る。

 非日常の一大場面を前にしても、彼女の表情は変わらない。


 カシャとクオウ、それから行動を共にする数十名の隊員たちは力強く頷いた。


「良いでしょう。では――作戦、開始です」


 静かな声に僅かながら力が籠り、号令がかかる。


 建物前で待機していた者たちはリンネを筆頭に、一斉に走り出した。

 ものの数秒で建物の正面玄関までやって来ると、何の変哲もないように見えるその扉を勢いよく開ける。


「地上国軍『箱庭』捜索隊です。調査のご協力をお願いしに来ました」


 返事は無い。

 人の気配も無い。


「逃げた……ということはありませんね。総員、周囲に十分警戒しつつ前進してください」


 一同はゆっくりと歩き始めた。

 ぎし、ぎし、と床板の軋む音が軍靴の重い音と重なる。

 薄暗がりの中からは、今にも悪意に満ちた刃が飛び出してきそうだ。


 そしてそれは、案外早く現実のものとなる。


「少し暗いですね。明かりを点けてください」


 と、リンネが言った直後、前方から矢が飛んで来た。


 彼女はそれを愛剣で以て難なく斬り捨てるが、同時に窓の無い通路の奥、あるいは横からぞろぞろと人が現れる。

 誰も彼も似通った服と、同じ特徴的なマークを身に付けていた。


「出たわね……!」


 カシャは素早く双剣を構え、クオウや他の隊員たちも臨戦態勢をとる。


 相手の数はざっと20程度だがこれで全部とは考えにくい。

 先鋒部隊と言ったところか、とカシャは見当をつけた。


「あら、アナタたちだけ?」


 執行団員たちと睨み合っていると、軽やかなヒールの音色と共に1人の女性が前に歩み出て来た。


 艶やかな黒髪、色気のある水色の瞳、人を小馬鹿にするような甘い声色。

 執行団二番隊副隊長、ゼンゴだ。


「緑と銀の子はいないのかしら。期待外れね」


 彼女は立ち塞がる者たちをぐるりと見回し、溜め息を吐く。


「緑と銀って、ライルとフゲンのことかしら」


「ええ、恐らく」


 クオウとカシャは声を落として確認し合った。

 どうやらこの敵は、理由こそ知らないが彼らを探しているらしい。


 2人が真意の読めない言動に警戒を強めていると、ふっと冷たい風が横切る。


 瞬きひとつ、前を見ると、リンネがゼンゴに斬りかかっていた。


「あらあら」


 細い剣を受け止めたのは、大人の上腕ほどの長さを持った針。

 ゼンゴは両手に携えたこの得物で、リンネの剣を防いだのだ。


「前言撤回、楽しめそうだわ」


 拮抗する剣と2本の針はカチカチと音を立てる。


 片や、張り付けた微笑みで。

 片や、心からの笑顔で。


 両者は競り合っていた。


「この者は私が引き受けます。皆さんは雑兵を始末して道の確保を」


「雑兵だなんて酷いわねえ。みんな頑張って鍛えてるのよ?」


 くすくすとゼンゴは笑う。


 リンネの指示を受けて隊員たちは動き出し、執行団員たちもそれを迎え撃つべく武器を掲げた。


「カシャ、わたしたちも……」


「ごめんなさい、私はあっちに加勢してくる!」


「えっ!」


 ただ独り、指示に反して駆け出すカシャに、クオウは思わず素っ頓狂な声を出す。

 しかしすぐに思考を回し、その意図と情を呑み込むと、慣れない仕草で彼女の背を軽く叩いた。


「わかったわ。行って来て!」


 こうして2人は互いの信頼を胸に、別々の方向へと前進する。


 カシャは大きく跳躍し、頭上からゼンゴに攻撃を仕掛けた。

 双剣が閃き、黒い衣に包まれた腕を狙う。


「あら」


 だが刃が体に届くより早く、それを察知したゼンゴは即座に数歩分後退して避けた。


「この女は私に任せるよう言ったはずですが」


「何をしてくるかわからない相手と1対1は危険よ。それに私は、こいつに聞きたいことがある」


「……わかりました、許可します」


 リンネとカシャは体勢を立て直し、正面からゼンゴと対峙した。

 数だけ見れば不利なはずのゼンゴは、底知れない笑みを浮かべている。


 小さな深呼吸を周囲の戦闘音に隠してカシャは口を開いた。


「あんた、いつから執行団に居るの?」


「急な質問ね。まあいいわ、ええと……16年前かしら。あまり覚えていないわ」


 事もなげな返答から一拍置き、カシャは言葉を続ける。


「6年前、コットの町に火を放ったのは誰。命令したのは誰!」


 明確な怒りを孕んだ問いかけ。

 ゼンゴが彼女の事情を察するには、それだけで十分だった。


「あらあら、うふふ。そういうことね」


 うろたえることも特段嘲ることも無く、あくまで平静のまま、ゼンゴは言う。


「さて、誰かしら。知っていると思う?」


 ふざけた態度だと、誰もが思うだろう。

 けれども彼女はふざけてなどいない。


「教えなさい」


「せっかちねえ、良くないわよ。せっかく殺し合いをしているのだもの。勝負にしましょう」


 ただ彼女は、カシャの問いに対する興味が薄く。


「ワタシを殺せたら……あ、これだといけないわね。殺す直前まで追い詰められたら、6年前のことを教えてあげる」


 それに関することにもさしたる関心を持たず。


「その代わり、ちゃんと殺し合いに集中して頂戴ね。でないと面白くないわ」


 何より、目の前の闘争に心を奪われているだけなのである。


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