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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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75話 水面下で

 建物の中は窓が無く、しかし不気味なほどに明るかった。

 通路には趣向を凝らした形の照明が等間隔に付いており、染みひとつ無い壁や天井がそれらの光を反射している。


 光量だけで言えば、真昼の晴天の下の方がよほど多いだろうが、煌々と輝く人工の光は、浴びる者の目から脳へと突き刺さるようだった。


 そんな気の触れそうな屋内を、今ファストとヨクヨは悠々と歩んでいる。

 他でもない、この場所こそが執行団二番隊の根城――もとい、「集会所」だからだ。


 何とはなしに、ファストは肩に乗るティカをちょいと撫でた。


 次いで隣のヨクヨを見ると、すぐに視線が返って来る。

 彼は何を言うでもなかったが、何でも言ってくれという風な様子であった。


 愛くるしいペット兼使い魔と、従順な部下。

 今この瞬間、ファストの心はどんな女を侍らせるよりも満足げだった。


 しかし憩いの時には邪魔が入るのが世の常である。


「ファスト様、ヨクヨ様!」


 甲高い声が聞こえたかと思うと、後方から1人の若い女がファストたちに駆け寄って来た。


「お帰りなさいませ!」


 彼女は恥じらいと喜びが混じった表情で言う。

 歳の頃は20前後か、肌も髪も張りがあって瑞々しい。

 だがその瞳は虚構と妄想に憑りつかれた光を宿していた。


「あっ、あの、またお話をお聞かせいただけるでしょうか……?」


 頬を赤く染めながら、少女は上目遣いで問いかける。


「ああ」


 ファストは柔らかな微笑みと共に返答した。

 この喧しいクソ女が、という本音は少しも表に出さずに。


「だが今は少し休息を取らせてくれ」


「す、すみません! そうですよね……お疲れでしょうに、いきなり申し訳ありません」


 相手への思いやりを欠いていたことを自覚するや否や、慌てて少女は謝る。

 元より温度の無いヨクヨの視線に軽蔑が混じったことに、彼女は気付かない。


 ファストはあからさまに機嫌の悪くなった部下を横目に、台詞を続ける。


「気にするな。お前さんの信心深さには目を見張るところがある。その若さでこんなに清い心を持っている者は中々いない」


「いえ、そんな……滅相もありません」


「善い人間ほど謙遜をするものだ。ともあれ、お前さんには期待している。どうか今後も精進してくれ」


 思ってもいない言葉を並べ立てた後、彼は最も嘘くさい文句で会話を締めくくった。


「全ては偉大なる神のために」


「はい、全ては偉大なる神のために……!」


 そうして、ファストとヨクヨは少女と別れて目的地へと向かう。

 両者とも口には出さないものの、いささか疲れが増したようだった。


 長い通路を抜け、急な階段を下り、2人は最奥の部屋へと辿り着く。


 ここに来られるのは執行団でもほんの一握りの人間だけ。

 中に入れば、建前など取っ払って話ができる……のだが。


「あら、やっと帰ったのね。遅かったじゃない」


 扉を開けるや否や飛んで来た声に、ファストは大きく溜め息を吐いた。


 上等な調度品で構成された部屋の中。

 中央のソファにはゼンゴが、奥にある本棚の前の椅子にはシンフとグスクが座り、露骨にくつろいでいた。


「当然のように俺の部屋でたむろするな」


「集合場所があった方が便利でしょう? アナタもほら、ワタシたちがここに居るとわかってやって来た」


 悪びれもせずゼンゴは笑う。

 双子に至ってはファストらのことを一瞥もしない。


「そうそう、なんだか妙なことになってるわよ。捜索隊と例の冒険団が……」


「知ってる。その様子見をしてたんだ」


 面白くなさそうに鼻を鳴らし、ファストはゼンゴの前を通り過ぎる。

 仕切り布をはらって奥のベッドに腰掛けると、懐から『地図』を出して脇に置いた。


 ヨクヨはと言うと、彼の後をついて行ったのち、そっとその傍らで立ち止まる。

 どこかに座ろうという気は無いらしい。


「そ。じゃあ早くそれを献上してきなさいよ」


 ゼンゴは見向きもせずに、しかしファストが『地図』を持っていることを確信して言う。


「いや、予定変更だ。『地図』はまだ手元に残しておく」


「なんでよ」


「餌だよ」


 堂々と言い放つ彼の言葉は、どうやら冗談でもからかいでもなく、本気のようだった。


「捜索隊とあの冒険団を同時に叩ける良い機会だ。長引かせて下手に増援を呼ばれないうちに、これを餌にしてやってしまおう」


「ワタシは来てくれた方が嬉しいわよ、増援」


 くすくすとゼンゴは笑う。

 が、やはりこちらも本気で言っているのが、ファストたちには嫌でもわかった。


「嬉しくない奴、挙手」


 ファストが言うと、ヨクヨと双子がすっと手を挙げた。

 本人を含めて4票である。


「もう、つれないんだから。でもまあいいわ、譲ってあげる」


 さも自分に決定権があったかのようにのたまうゼンゴをよそに、それまで黙々と本を読んでいたシンフが口を開いた。


「勝てるの」


「相手は37人と5人、こっちは手っ取り早く集められるだけでも80は下らない。厄介な奴らもいるが許容範囲だ。下手を打たなければ、十分」


「ふうん」


 自分から尋ねたわりに興味の無さそうな声で返答し、シンフはまた読書に戻る。

 けれども一瞬、グスクと目を合わせたのをファストは見逃さなかった。


「愚か者共にはまだ何も言うな。無知を装い、目障りな虫を迎え撃つ」


 ほくそ笑み、執行団二番隊隊長は宣言する。


「全ては偉大なる神のために」



* * *



 班に分かれて別行動をしていた雷霆冒険団の面々がまた一同に会したのは、日が暮れてからのことだった。


 地上国軍『箱庭』捜索隊の拠点内、帰着次第1階の部屋で待機をしていたライルたち。

 最後に部屋に入って来たのはカシャだった。


「おかえり!」


「ええ、ただいま戻ったわ」


 彼女は軽く片手を上げ、いつものようにしゃきしゃきとした足取りで仲間たちに歩み寄る。

 だがしかし、ライルはその表情に陰りがあることに気が付いた。


「カシャ、なんか元気ないけど大丈夫か」


 言うべきか否か、少々思案した末に心配の言葉を口に出した彼に、カシャは何でもないかのように笑顔を向ける。


「まあ……ちょっと、柄にもないことしちゃって」


 それでもすぐに仮面は剥がれ、ほんの少し、弱った顔が露わになった。


「駄目ね、感情的になってもどうにもならないって、わかってるのに」


 カシャは自嘲気味に呟く。

 気丈な彼女がこんなになるなんて、きっと相当大変なことがあったのだろうと、冒険団の面々は皆確信した。


「何かあったんですか?」


 モンシュが先陣を切って事情を尋ねる。

 が、それに答えたのはカシャ本人ではなく。


「リンネさんと揉めたんだと」


 ノックも無しに部屋へと入って来たミョウだった。


「とりあえず捜査1日目お疲れ。宿は手配してあるから、当分はそっちで休んでくれ」


 誰の反応も待たずして彼は話題を変える。

 カシャとリンネの話に関して、追及を拒んでいるのは自明であった。


「監視役に3人、近くの部屋に配置するが我慢しれくれよ」


 ミョウは半ば事務的に台詞を並べ立て、宿関係のものだろうか、いくらか書類らしきものを机に置く。


「ま、お互い色々あるけど今は堪えてくれ」


 とうとう返答も何も一切受け取らないまま、最後にそれだけを言い残して彼は去って行った。


 せっかくできていた「話を聞く」空気はすっかり変わってしまい、なし崩し的にライルたちは宿へと移動することに。


 なんとなく気まずい食事ののち向かった宿は、上等でも粗末でもなく、色々な意味で丁度良い場所だった。

 宿の主のほどよく暖かい歓迎を受け、一行は順当にライル、フゲン、モンシュとカシャ、クオウの組で各々部屋に分かれる。


「じゃあ、また明日」


 荷物を置き、双剣をベルトごと外すと、カシャは早々に床に就いた。

 特にすることも無いため当然と言えば当然だが、今日に限ってはその意味を深読みしてしまいそうな行動だ。


 クオウも同じくベッドに横たわり布団を被る。


「ねえカシャ」


 が、すぐに寝返りを打ち、カシャの方を向いた。


「わたし、なんだか目が冴えちゃって眠れそうにないわ。お話ししてもいいかしら?」


 カタカタと風が窓を叩く音がする。


「……ごめんなさい、気を遣わせちゃったわね」


「いいのよ。仲間でしょう?」


 静かな、静かな声色でクオウは言った。


「話した方が楽になることもあるわ。言いたくないなら、言わなくてもいいけれど」


 いつの間にか、彼女の無邪気な少女のごとき様子は鳴りを潜め、そこには年相応かそれ以上の、大人の女性らしい雰囲気があった。


「あのね、クオウ」


 少しの沈黙。

 それからカシャは続ける。


「私、お姉ちゃんがいたの。6つ上の、優しいお姉ちゃん。でもね」


 息を吐く音、掛布団の擦れる音。

 暗闇の中では、それらはいやに大きく聞こえた。


「でもね……」


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