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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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74話 行動開始

 フゲンの入ることになった実地調査班には、ミョウも加わっていた。


 班の役割は執行団の根城を足で探すことと、地理の把握。

 過去の事例――軍は何度か、執行団の末端グループを捕えたことがある――から、彼らは地上国の各地に拠点を持っていることがわかっている。


 またハルルの街で雷霆冒険団に計画性を持って接触した以上、近辺に少なくとも一時的に使用していた拠点くらいはあるだろうという見立てだ。


 調査の範囲はハルルの街含めた3つの街、町。

 これより広い範囲は使い魔捜査班の担当ということになっていた。


 そういうわけで、実地調査班は2人1組になって行動を開始し……念のため、フゲンの相手にはミョウがあてがわれたのである。


 黙々と歩き、怪しい建物や場所がないか見て行く中、先に口を開いたのはフゲンだった。


「……アンは」


「いると思うか? 彼女は聞き込み班だ」


 ミョウは目も合わせずに答える。


 気に食わない。

 フゲンは口をへの字に曲げ、苛立ちを隠そうともしなかった。


「改めて聞くが、なんでアンが軍人なんかになってるんだ。まさかお前が余計なこと吹き込んだんじゃねえだろうな」


「黙秘する」


「…………ふん、そうかよ」


 少しの間、沈黙が流れる。

 ざ、ざ、と地面と靴の擦れる音だけが2人の耳を打った。


「ちょっとだけわかった」


 またフゲンが口を開く。


「何が」


「モクヒする」


 意趣返しのつもりかこの野郎、とミョウは眉間に皺を寄せた。


 再度の沈黙。

 のち、フゲンは誰にともなく言葉を発した。


「アンは寂しがりで、怖がりで、人見知りで……外にもあんまり出たがらなかった。親父とおふくろが死んでからは尚更そうだった」


 それは独り言のようであったが、ミョウは自分に向けられたものとして受け取った。

 考えるまでもなく、そう感じられたのである。


「お前はアンの好きな食べモン知ってるか」


 続けて、フゲンは尋ねた。

 今度は明確に、矛先を有した言葉だ。


「フルーツタルト、って言ってた気がする」


 ミョウが返答すると、やや間を置き、彼は言った。


「とりあえずは許しておいてやるよ」



* * *



「わたしはクオウ! よろしくね」


 所変わって捜索隊の拠点は1階。

 使い魔捜査班総勢5名に、クオウは笑顔で挨拶をした。


 あくまで本来は敵対者であるということを全く感じさせない、まるで新しい友人にとるかのような態度。

 フーマ含む隊員たちは顔を見合わせ、困惑する。


 外見を見るに歳は20を超えた辺りだろうか、いやいずれにせよ年齢に似つかわしくない純朴さだ。

 5人中5人が、この女性を相手にすることのやりにくさを感じていた。


「……ああ、よろしく。それで早速だが、使い魔は使役できるか?」


 だがそんなことを言っていても事は進まない。

 班長を任された軍人が、平静を装ってクオウに尋ねる。


「うーん、わからないわ。やったことが無いから……」


「じゃあフーマ、教えてやれ。俺たちは先に始めてる」


「え……っはい、了解しました」


 華麗な押し付け具合である。

 上司の命令を断れるはずもなく、フーマは部屋を出て行く彼らの背を恨めしげに見たのち、渋々クオウと向き合った。


「……使い魔を使役する方法は2つだ。元から生きてる動物を使うか、魔法でイチから作るか。だが前者は慣れてないと時間がかかるから、ひとまず後者を試してみろ」


「わかったわ! やってみるわね」


 クオウは両手を椀状に合わせ、そこに魔力を集めつつ「使い魔」をイメージする。


「ええと、こうかしら!」


 ある程度イメージが定まったところで、一気に魔力を放出。


 瞬間、天井を突き破りそうなほど巨大な、氷でできた蝶が出現した。


「でっか……!」


 思わず声が漏れるフーマ。

 一応、それはちゃんと使い魔であるらしく、ゆっくりと翅を動かしている。


「わ、わ、ごめんなさい! もうちょっと小さく、小さく……」


 まさかこんなことになるとは露ほども思っていなかったクオウは、慌てて蝶に手をかざした。

 慎重に調節しながら魔力を吸い取っていくと、およそ尋常でない大きさだった蝶は片手に収まるくらいにまで小さくなっていく。


「うん、これなら良い感じだ」


「でもこれ、目立たないかしら? だってどう見ても普通のちょうちょじゃないわ」


「そこはこっちで補う」


 光を反射してキラキラと輝く氷の蝶に、今度はフーマが手の平を向ける。

 と、蝶はじわりじわりと色が付き形が変化し、数秒もしないうちにそこらで見るような白い蝶になった。


「まあ! 凄いわ、これなら大丈夫ね」


 クオウは手を叩いて喜ぶ。

 心からの称賛だった。


 無邪気に笑う彼女をしばらく見、そしてフーマは尋ねる。


「お前は『箱庭』に何を願うんだ?」


「? どうしたの急に」


「気になっただけだ。法を犯し、身を危険に晒してまで叶えたい願いが何なのか」


 フーマの眼差しは真剣だ。

 突然の質問に小首を傾げながらも、クオウは答えた。


「わたしは……特に無いわね、今のところ」


「無い?」


「わたしはライルたちと一緒に旅をしたいの。あっ、ならこれが願いかしら? 今まさに叶ってる最中だけど」


 うふふ、と少し照れながら言う彼女に、フーマはしばし押し黙る。


 悪意は無い、どころかあまりに純粋無垢。

 いっそ異質なこの女性を前に、気付けば彼は口走っていた。


「実を言うと……俺は、国の方針が正しいとは思ってない。お前、あの日のことは覚えているだろう?」


「ええ。びっくりしたわ、突然目の前に知らない人が現れて」


 まあ幻影だったけど、とクオウは付け加える。


「かの預言者は世界中の人々の前に等しく現れ、同様に預言を与えた。つまり『箱庭』への道は、全ての人間に開かれたということだ」


「そうね……確かに、そう言えるかも」


「俺は規則を破る勝手な奴が嫌いだし、軍人だから国の決めた事に従う。でも本音を言えば、『箱庭』を国のものにするのはどうかと思ってるんだ」


 言い終えてから、フーマは我に返って後悔した。

 ――軍人が言うべきではないことを、よりによって本来敵対すべき者相手に言ってしまうとは。


 しかし。


「真面目なのねえ」


 クオウは尊敬を交えた声色で、表情で、言う。

 やはりその様子は、「普通」とは言い難かった。



* * *



 また所変わって、ハルルの街は大通り。

 聞き込み捜査班に加わったカシャは、共に動くことになったリンネと対峙していた。


 この2人が組になった理由はフゲン、ミョウのところと同様。

 そして間に流れる空気も、また同じく冷えてぎこちなかった。


「対執行団の作戦が終了するまで、あなたたちとは休戦です。どうぞ気楽に」


「気楽にって言うなら殺気くらい収めてほしいわね」


「うふふ、申し訳ありません。犯罪者に気を許すなど到底できませんから」


 いつものように微笑むリンネと、皮肉っぽく笑うカシャ。

 顔に出してこそいないが、両者は明確に睨み合っていた。


「ま、良いわ。私だって気を許しちゃいないから」


 やがてカシャは踵を返し、行動を開始するべく歩き始める。

 そして振り向きもせずにこう言い放った。


「私、あんたみたいな軍人は嫌いなの」


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