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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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73話 最も優先すべき敵

「馬鹿なこと言ってんじゃねェ」


 フゲンは怒気を増して詰め寄るが、ミョウは眉間に皺を寄せて彼を押し返した。


「俺は伝言を届けただけだ」


 迷惑そうなその表情に嘘偽りは見えない。

 フゲンにとっては信じ難いことだろうと、アンが彼を拒絶しているのは本当らしかった。


「どのみち『それ』は後回しだ。こうなったらお前たちが直接リンネさんを説得しなきゃ、協力は得られないぞ」


「…………」


 その言葉に一理ありと見たのだろう。

 腑に落ちない顔をしながらも、フゲンは閉口した。


「フゲン……」


 ライルは彼の痛ましい様子に眉をひそめる。

 できることなら、気の利いた台詞で慰めてやりたかった。


 けれどもライルはひとつも言葉が出てこない。


 理由は至極単純であった。

 彼には家族がいないのである。


 慰めの言葉はいくつも知っている。

 しかし体験したことのない「家族」の感覚に真に寄り添うことができない。


 故に、自分自身の言葉で表現しようと思うと、どうしても喉がつっかえてしまうのだった。


 多くの人は想像しかできないことにでも、その範囲で自分なりの意を示すだろう。

 だが如何せん、ライルはこういうところで妙に真面目というか、気にするタチであった。


 家族を知らない自分の言葉ではフゲンを元気付けられないと、本気でそう思っているらしい。


 結局ライルは何も言えないままで時間が過ぎ、フゲンに声をかける機会は流れていってしまった。

 ほどなく、数人の軍人たちと共にリンネが部屋に入って来たのである。


「皆さんがどうしてもと言うので席を設けましたが……時間を無駄にさせないでくださいね」


 そう言いながら、リンネはライルたちの向かいに座った。

 依然として肌をチクチクと刺すような殺意と威圧感を放ってはいるが、表面上は至極落ち着いている。


「事情は聞きました。発言を許可します。さあ、自分たちが私たちの協力相手足り得ることを証明しなさい」


 私の気が変わらないうちに、と彼女は付け加えた。


 ライルたちは視線を交わして頷き合う。

 誰の目にも多かれ少なかれ、緊張の色があった。



「『地図』を盗んだのは執行団の奴だ。あと、俺たちはそいつとその仲間の顔を覚えてる」


 ライルは慎重に口を開く。

 ひとつでも言葉を、態度を間違えれば全て水の泡だ。


 先のやり取りでミョウには認めてもらえた以上、命の危険は少ないと思われるものの、振り出しに戻るのは御免被りたい。


 言語能力といま持つ知識を総動員し、それから――と彼は続けようとした、が。


「良いでしょう」


 リンネはあっさりと頷いた。


「え」


 思わずライルは言葉未満の声を出す。

 拍子抜けも良いところだ。

 フゲンたち4人も、皆一様に困惑した表情をしている。


「執行団は何より優先して始末すべき犯罪者集団です。さらに詳しい情報をくれるのなら、あなたたちに協力をしてあげましょう」


 唖然とする彼らをよそに、リンネはそう言った。

 どうやら冗談やはったりの類ではないようだ。


「なーんだ、そういうことなら早く言えば良かったのに」


 傍に立っていたツイナが小声で呟き、すかさずカシャは「どういうこと?」と尋ねる。


「だって執行団、ムカつくじゃん」


「そうじゃなくて。どうして急に意見を変えたの?」


「んーとね、まず前提として俺たちは執行団をどうにかしたい。でも『箱庭』捜索隊は、『箱庭』関連の物事にしか手を出せないんだよ。厳密に言えば、手がかり捜索と、『箱庭』を目指す非公認の個人や団体の取り締まりだね」


 ツイナの隣に居るフーマがうんうんと頷く。

 ちゃんと正しい情報らしい。


「執行団は確かに悪事を働きまくってるけど、冒険者と違って『箱庭』に行こうとはしていない。だから捜索隊には執行団をやっつける権限は無いんだ」


「面倒な仕組みね」


「俺もそう思ーう」


 同僚や上司の前であることなど全く気にしていない様子で、ツイナは堂々と言った。


「でもあいつらが『地図』を持ってるなら話は別。手がかり捜索の名目で喧嘩売れるってわけ」


「まあ上は良い顔をしないだろうけどな」


 続いてミョウが補足するように言い、ツイナの肩を叩く。

 その仕草に咎めの色は無い。


 恐らく問題児の括りに入るであろう者同士、考え方に近いところがあるのだろう。


「『地図』の所在を知れる、執行団を潰す大義名分が手に入る、ついでに戦力も少々。犯罪者であるという点に一時的にでも目を瞑り、協力を提供するには十分です。情報だけ吐かせるのが最善ですが、それは無理なようですし」


 言って、リンネはミョウを一瞥する。

 ミョウはこくりと首肯した。


「では早速、作戦会議を始めましょう。執行団は規模も狡猾さも他の犯罪組織の比ではありません。万全の準備を以て叩き潰さなければ」


 リンネはすっくと立ち上がり、近くの軍人にひと言ふた言伝える。


 と、その軍人はほか数人を引きつれて部屋から出、しばらくすると代わりに別の者が4人入って来た。


「まずは班分けをしましょう。人相書き作成班、聞き込み捜査班、使い魔捜査班、実地捜査班。人相書きの班以外はそれぞれ街ごとに配置します」


 リンネはミョウ除く軍人らを順に指差しながら言う。

 どうやら新たに現れた4人は、隊の中でも統率する側の位置にいる者たちのようだ。


「俺たちはどうしようか」


「そうね、向き不向きから考えて――」


 こうして雷霆冒険団一行もしばしの相談をすることに。

 その結果、ライルとモンシュが人相書き班、カシャが聞き込み捜査班、クオウが使い魔捜査班、フゲンが実地捜査班となった。


 各々の班に分かれた後、ライルとモンシュは案内されるまま2階の部屋に入った。

 先の一室とは違いやや狭く、家具の類も少ない。


 捜索隊側で人相書き班に配属されたのはツイナだった。

 彼は机上に白紙を用意し、ペンを持ってライルたちに作業の開始を促す。


「じゃ、始めよっか。まずは『地図』を盗った奴の特徴から教えて」


「わかった。まずあいつは体格からしてたぶん男だったな。身長が高くて、青い髪をしてた」


「髪の長さは腰くらいまでありました。それから目は黄金色で、こう、しゅっとした形でした」


「表情はどんな感じ?」


「ほぼずっと無表情だった。端的に言えば、冷たい雰囲気だ」


 求められるまま、2人はスリの男――ヨクヨの外見を言葉にしていった。


 ツイナはするするとペンを走らせては、時おり「こう?」とライルたちに見せる。

 そうだと言われればそのまま続行、違うと言われれば描き直す……といった具合で、徐々に人相書きを作り上げていった。


「はーい、ちょっと休憩ねー」


 おおよそ顔が描き上がったあたりで、ツイナはペンを置く。


「君たちも楽にしていいよ」


 彼はぐぐっと伸びをし、椅子の背もたれに体重を預けて脱力した。


 ライルたちもまた、いつの間にか緊張していた体から力を抜く。

 するとそこで、ライルの頭にふとあることが思い浮かんだ。


「そう言えばさ」


「ん?」


「お前、どっかで会ったことあるか?」


 それは気になってはいたものの、聞いている場合ではないだろうと放置していた疑問。

 休憩時間ならこの際ついでに、とライルは尋ねてみることにした。


「なんで」


「いや……なんかちょいちょい俺たち……じゃないな、俺に向ける目が冷たい気がして」


「あはは! 鈍感っぽい顔して案外鋭いんだ」


 ツイナはおかしそうに笑う。

 ライルの疑問は単なる思い過ぎではなかったようだ。


「そーだよ。俺、君と会ったことあるよ。そっちの……えーと、モンシュくんともね」


「どこでだ?」


「カラバン公国だよ。君たち捜索隊と戦ったでしょ? 俺はあの時、上にいた天竜族だよ」


「あ」


 ライルとモンシュの脳裏に、あの時のことが浮かぶ。


 逃走経路を塞いで牽制していた、青い竜態の天竜族。

 不真面目を叱られていた軍人。


 言われてみれば、確かにツイナは彼と声が同じだ。


「でもってフーマ……黒マスクの奴ね、あの子は俺の友だち。君が俺の親友を傷付けたから、俺は怒ってるの」


「……ごめん」


「謝らなくていいよ。俺が勝手に怒ってるだけ。軍人やってるんだから、有事の時は殺し殺されくらい普通でしょ」


 あはは、とツイナはまた笑う。

 ライルはその思考を上手く理解できず、「そ、うか」と曖昧に頷いた。


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