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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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70話 玄関口の対決

 その部屋は少し薄暗かった。


 日光は厚みの足りないカーテンを通り抜けて室内へと差し込み、ちらちらと宙を舞う埃に反射している。

 照明は天井から下げられたランプがひとつだけ、ぼんやりとした灯りを放っていた。


 家具は人が暮らすに困らない程度には揃っていたが、どれもが古ぼけ、あるいは壊れかけている。

 亀裂が入ったまま放置されている机、雑な修復痕が目立つ椅子、綿のはみ出たソファ、空っぽの本棚、あちこちに染みが残るベッド。


 日頃から人の出入りがあまり無いことは、明らかであった。


 そんな部屋の中、ソファに座る人物が1人。

 赤い長髪が特徴的な男性、ファストだ。


 彼は背もたれに惜しげもなく上体を預け、天井のランプをぼうっと見つめている。

 更には右手で無造作に三つ編みをした横髪をいじっており、まさに手持ち無沙汰といったふうであった。


 だがファストはふとした拍子に髪をいじる手を止め、すっと背筋を伸ばすなど姿勢を整え始める。

 視線は真っ直ぐ部屋の入口に、服に付いた埃を払って。


「お帰り、ヨクヨ」


 言うと同時に、入口の扉が開く。

 入って来たのは青い長髪の男性――そう、ライルたちから件の箱を盗んだ男であった。


「ああ。ただいま戻った」


 ヨクヨと呼ばれた彼は、足音も無くファストに歩み寄る。

 そして無駄のない動きで懐から箱を取り出し、すっと差し出した。


 ファストは疑う素振りなどひとつも見せず、その箱を受け取る。


「期待通りの成果だ」


 満足そうに口角を上げ、彼は箱の蓋を静かに開いた。

 現れた水晶は眩い光を放つ……ことは無く、ひとすじの淡い光をどこかへと向かって伸ばす。


 ますます機嫌を良くしたらしいファストは、箱を脇に置いてヨクヨに笑いかけた。


「我ながら無茶を言ったと思ったんだが、いや、よくやってくれた。ありがとう」


 しかしヨクヨはすました顔で首を横に振る。


「当然のことだ、称賛は必要無い」


 喜怒哀楽、何をも覚えさせない表情。

 役割を遂げた達成感も、労いを受けた充足感も、もちろん見えない。


「あなたは我の全て。我はあなたの為に在る」


 舞台上の役者が紡ぐような台詞を、これまた平然と吐くヨクヨ。

 ファストは彼に苦笑しつつ自分の隣、ソファの空き場所を指し示した。


「まあ座れ。お前さんと言えど多少は疲れたろう」


「有難う、失礼する」


 意外にもと言うべきか、ヨクヨは素直に示された通りの位置に腰を下ろす。


 ソファは成人男性が2人並んで座るにはいささか狭く、肩と肩が触れ合ってしまっていたが、両者とも特段気にしてはいないようだった。


「……ファスト」


「やめろ、ここに居るのは俺とお前さんだけだ。今はそのふざけた名前で呼んでくれるな」


「すまない。気が利かなかった」


 数秒間を置き、ヨクヨは切り出す。


「この『地図』だが、どうやら一部が欠けているようだ。欠けた部分も探した方が良いだろうか」


「ああ、それなら心配無い。欠片の場所は既に判明している」


 ファストは己の目元を指先でとんとん、と叩いて答えた。

 真っ黒い瞳が照明の光を反射する。


 状況を理解するのにはそれだけで十分だったのだろう。

 欲しい情報を察したヨクヨは、僅かに眉間に皺を寄せた。


「ティカは優秀だな」


 言い終えるや否や、ふ、とファストが息を漏らす。


「妬いているのか?」


「少し」


「くく、相変わらず素直なことで」


 おかしそうに笑うファストを、ヨクヨは眉間の皺を深くして見やる……かと思いきやすっと元通り、全くの無表情に戻った。


 またしばらくの間があり、先ほど同様ヨクヨから話を切り出す。


「ゼンゴたちは何処へ?」


「さあ? また勝手にどこかへ行っているんじゃないか」


 当たり前のようについて来ようとしなかったしな、とファストは事も無げに言った。


「何故彼女らを手元に置いておく。我は理解し難い」


「利害の一致だ。ただそれだけ、奴らの感情にはさして興味が無い」


 軽く笑って肩をすくめる彼に、ヨクヨは黙る。

 ぱちぱちと瞬きをし、どうにか溜飲を下げようとしているらしかった。


 ファストは駄目押しとばかりに言葉を続ける。


「俺が感情を気にする人間はお前さんだけだよ」


 お前さん「だけ」。

 こういう類の人間が放つにあたっては全く信用ならない台詞だ。


 実際、この男は何度もこれを哀れな被害者たちに囁いて、金銭やら情報やらを搾取して来た。

 前科にまみれた言葉である。


 だがヨクヨはかすかに満足そうな声色で「そうか」とだけ返し、口を閉ざした。


「さて、じきにティカが戻って来る。そしたら支部に戻るとしよう。あの気狂いどもを喜ばせてやらなくてはな」


 薄暗い部屋に、ファストの上機嫌な声が響く。

 日はほとんど落ち、しかし薄くかかった雲によって、星空の兆しは見えないままでいた。



* * *



 地上国、ハルルの街近郊。

 天気は概ね晴れ、風は穏やか、気温やや高め。


 2階建ての質素な家屋を前に、ライルたち雷霆冒険団の面々はずらりと並んで立っていた。


「よし……行くか」


「ああ、やってやろうぜ」


「緊張しますね……」


「武器は抜かない、魔法も使わない。いいわね?」


「はあい!」


 皆それぞれ覚悟を固めた後、先陣を切るようにライルが1歩前に出る。

 彼は深呼吸をひとつし、玄関扉の脇を見た。


 そこには札が掲げられており、札には仰々しい文字で「地上国軍『箱庭』捜索隊第三拠点」とある。


 すなわちライルたちは来たのだ。

 ムメイの助言通り、捜索隊の元へと。


 ライルはすっと手を伸ばして備え付けられたベルを鳴らした。

 と、ややあって扉の向こうから、足音と間延びした声が聞えて来る。


「ほーい、何の御用で――」


 ガチャ、と小気味の良い音と共に扉が開いた。


 声の主は黒髪をポニーテールにした褐色の青年。

 彼は出迎えの文句を口にし、しかしライルの姿を見た途端に途切れさせ。


「ウワ!!」


 思いっきり嫌な顔をして叫んだ。


「おいツイナ、なに大声出して――うわっ!」


 今度は黒いマスクをし、橙色の髪をこれまたポニーテールにした青年が後ろから顔を出したが、彼もまた似たような反応をする。


 というかよくよく見れば、橙の彼は以前ライルが戦った魔人族の新兵であった。


 いや、ともあれ今は会話を試みなければ。

 ライルはどうにか耳を貸してもらおうと、努めて平和的な雰囲気を出し、口を開いた。


「あー、ええと、ちょっと話を聞いてく」


「フーマ、副隊長呼んで来て! 俺が足止めする!」


「わかった! 無理するなよ!」


 駄目であった。


 踵を返して応援を呼びに行こうとする彼らを、咄嗟にフゲンが扉との隙間をすり抜け先回りして制止する。

 相変わらずの異様な速度だ。


「待て待て待て待て! 今日はそういうんじゃねえんだって!」


「どういうのさ!」


 完全に囲んで襲い掛かる悪党の構図になってしまったが、逃げられないようにするのが優先だ。

 ひとまずはこれで良い。


「『地図』! 『地図』について相談……交渉したいんだ!」


 敵意をむき出しにして今にも腰の剣を抜こうとする2人に、ライルは必死に弁明する。


「……もうちょっと詳しく」


 幸いにも『地図』の文言に引っ掛かってくれたようで、ツイナの方が警戒しながらも話を促した。


「端的に言うと『地図』の大部分を持ってる奴を知ってる。中に入れてくれるなら、もっと詳細に話す」


 場に静寂と緊張が走る。

 凶と出るか、吉と出るか。


 軍人2人はゆっくりと顔を見合わせ、す、す、と互いに歩み寄る。

 フーマがツイナに何やら耳打ちをすると、また顔を見合わせ、頷き、そしてライルたちの方を見た。


「わかった、入れ。ただし武器はこっちで預かる」


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