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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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69話 『地図』について

「逃げられちまったな」


「ええ……」


 男が消えた後、ライルたちはひとまず十字路の端に集まった。

 通行人たちは既に彼らの騒動から意識を離しており、通りはまるで何事も無かったかのようだ。


「僕たちのこと、知ってるみたいでしたね」


「しかもあの魔法……」


 ライルはつい先ほどのことを思い返す。


 クオウから件の箱を盗って逃走した男は、雷霆冒険団の名を口にし、恐らくは影魔法を使って姿を消した。


 ライルたちの顔と「雷霆冒険団」を一致させられるのは、リンネ率いる地上国軍『箱庭』捜索隊か、執行団のみ。

 男は軍服を着てはいなかったし、やり口からして軍人ではないだろう。


 となるとそこから導かれる仮説は。


「もしかすると、ファストの仲間かもな」


「ファスト?」


 首を傾げ、クオウが尋ねる。


「執行団はわかるか?」


「ええ。悪い人たちだって、いつかローズ様が言ってたわ」


「あいつはそこの二番隊隊長だ」


「まあ! じゃあ凄く悪い人ってことね」


 ますます許せないわ、と怒りをあらわにするクオウ。

 世間から隔絶されていた彼女は幼い子どもよろしく、感情に素直なようだった。


「つーかよ、聞いたか? あいつ『地図』っつったよな」


 先ほど走ったことで乱れた上着を直しながら、フゲンが言う。


「どうやって察知したかはさておき、あいつは確実に計画性を持って接触して来ていた。可能性はかなり高いわね」


「うーん、思ったよりマズい状況かもな」


 執行団は神を狂信し、『箱庭』を目指すことを不敬と断じる団体。

 目的のために暴力的な手段を用いるのは周知の通りだ。


 そんな奴らが『地図』を手にしたら、まずもって碌なことにはならないだろう。

 国の捜索隊の手に渡った方がいくらかマシである。


 そもそもカアラに貰った物なのだから何としてでも取り返さなければならないのは当然として、どうやるのかが問題だ。


 頭を抱える一同だったが、そこへ近付く人物があった。

 その人物は人混みの中を迷い無く、ライルたちの方へと歩いて来る。


 そして。


「皆さん、何か困りごとですか?」


 声をかけられ、パッとライルはそちらを振り向いた。


「お前は……!」


 すると、そこに居たのは。


「お久しぶりです」


 長い黒髪を三つ編みにし、物腰柔らかな笑みを浮かべる青年。

 以前ライルたちがカラバン公国で出会った、あの人物であった。



* * *



 青年は一行を近くの飲食店に連れ込み、異を唱える隙も無くあれやこれやと料理を注文し始めた。

 ほどなくしてライルたちの囲む机は様々な料理の乗った皿でいっぱいになって行き、比例するように青年は上機嫌になって行く。


「いやあ、奇遇も奇遇ですね。こんなところでまた皆さんにお会いできるとは。あ、どうぞ召し上がってください。お代は私が持ちますので」


「お、おう」


「ありがとう!」


 困惑しながら、あるいは素直に好意を受け取って、各々料理に手を付ける。


「それにしても、賑やかになられましたね」


 青年は嬉しそうにそう言った。

 しかし人に料理を勧めておきながら自分は食器を持ちもしないという、中々に奇妙な様子だ。


「初めまして、私はカシャ。話は聞いているわ」


 そんな彼を内心怪しみつつ、ここは名乗るべきであろうとカシャは口を開く。


「わたしはクオウよ。よろしくね」


 一方、クオウはまるで警戒心というものが無い。

 にこにこと笑顔を絶やさず、どうやら早くも青年を善人と判定したらしい。


「あなたは?」


「ふふ、私は名乗るほどの者ではありません」


「でも呼び名が無いと不便だわ」


 青年は少し困ったように眉を下げて笑い、「ごもっともですね」と返す。


「それでは、無名……ムメイとでもお呼びください」


「わかったわ」


 ムメイ、ムメイ、と教わった名前を復唱し、クオウは根菜の煮物を大皿から自分の皿にいくらか運んだ。


「して、皆さん。いったいどうされたのです?」


 姿勢を正し、青年改めムメイは尋ねる。


「私が来る前に、何か揉め事でも?」


 彼は丸い黒目をくりくりと動かし、視線をライルに定めた。


「実はだな――」


 ライルは視線に応えて事の顛末を語り始める。


 旅の中で知り合った人から貰った物を盗られてしまったこと、犯人の男は執行団であると思われること、そして男がそれのことを『地図』と言ったこと。


 ローズ公国に居たことだけは伏せておき、他は概ね洗いざらい説明した。


「それはそれは……。災難でしたね」


 ムメイは神妙な顔で頷き、椅子の背もたれに少々体重を預ける。


「しかし『地図』ですか。ちなみに盗られてしまったそれはどのような形状をしていたので?」


「水晶だ。小さな木箱に入ってた」


「他に特徴は?」


「箱の蓋を完全に開けたら光った」


 そこまで聞き終えると、ムメイは目を閉じてしばし黙り込んだ。

 十数秒間、料理を食べる手を止めないフゲンとクオウの立てる、もしゃもしゃ、カチャカチャという音だけが響く。


「ならばそれは、十中八九『地図』で間違いないですね」


 やがてムメイは目と口を開き、断言した。


「なんでわかるんだ?」


「実はですね、私は神学……中でも『箱庭』伝説を専門とする研究者でして。それなりに詳しいのです」


「へえ、研究者だったのか」


「本当は一般の方には言ってはいけないのですが、他でもない皆さんです。少しだけご教授致しましょう」


 彼はやや身を乗り出し、口に手を添えて声を落とした。


「良いですか。『箱庭』への手がかりである『地図』はひとつではありません。より正確に言うならば、ひとつに定まっていないのです」


「定まっていない……複数ある、もしくは移動するということでしょうか?」


「察しが良いですね、モンシュさん」


 にこりと笑い、ムメイは続ける。


「各地に残る伝説、遺跡、記録を調査したところ、『地図』を示す文言に差異があることがわかりました。地底国のある場所では『一抱えもある石板』、天上国のある場所では『針がいくつも付いた円盤』、そして地上国のある場所では――『片手に乗るくらいの水晶玉』」


「水晶玉……!」


「私たち研究者の間での通説はこうです。……一定、あるいは不定の周期で以て、複数ある『候補』のどれかひとつに『地図』としての役割が宿る。『箱庭』に行けば願いが叶うのですから、そう簡単に手がかりを集められ到達されては釣り合いが取れません。故に、神様はこうした仕組みをおつくりになったのでしょう」


 ムメイはするすると流れるように説明の言葉を紡いだ。

 昔からよく知っていることを話すがごとく、ごく自然に。


「所定の状態から変化させると発光する、というのは『地図』となった物体に共通する特徴です。執行団がそれと確信し狙って来たのであれば、もう確実ですね」


「なるほどなあ」


 ライルは感嘆の溜め息を吐く。


 全く覚えに無い知識だったが、言われてみれば驚くほどしっくりときた。

 説得力、というやつだろうと彼は感心する。


「最後にひとつ。この状況を打破するならば、地上国軍の『箱庭』捜索隊の協力を得ると良いでしょう」


「捜索隊? なんでまた」


 カシャが心底不思議そうに言うと、ムメイはいたずらっぽく笑った。


「それはですね。彼らが『地図』の欠片を持っているからです」


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