67話 餞別発光す
反乱から15日。
街の修復は概ね終わり、壊れていた歯車がようやく正常に噛み合い、動き出していた。
公国の外傷は治り、あとは内部を整え再出発するのみ。
そういうわけで、ライルたちはもう自分たちにできることは無いだろうと公国を発つことにした。
太陽は真上に差し掛かる頃合い。
冒険団の面々は準備を終えて、公国での最後の時間を過ごしていた。
フゲンとカシャは東の森でグラスたちと語らい、モンシュとクオウは城のメイドたちに挨拶を。
そしてライルは――ローズの居る北の塔へと足を運んだ。
カアラの許可を得て借りた鍵で以て、彼は塔の扉を開ける。
ギギギ、という鈍い音。
随分と年季が入っているようだ。
中に入り長い螺旋階段を昇って行くと、ほどなく重そうな扉が現れた。
そこには鍵はかかっておらず、代わりに魔法の障壁が張られている。
ローズとカダだけに効果を限定してあるのだと、カアラは語っていた。
ライルは深呼吸をひとつし、扉を開く。
扉の向こうはそれなりに広い円状の部屋であり、大きなベッドが1つと、小さな机と椅子、壁に沿って立ち並ぶ本棚があった。
「何の用だ」
不機嫌な声を発したのは、椅子に座るローズ。
じとりとライルを睨み付け、読んでいたらしい本を閉じた。
「お前に聞きたいことがいくつかある」
少しも物怖じせずに言うライルに、ローズは挑発的な笑みを浮かべる。
「ほう。言ってみろ」
ライルはちらりと、ベッドの方に目を向けた。
掛布団が膨らんでいる。
どうやらカダがそこで寝ているらしい。
先ほどよりもやや声を落とし、ライルは続けた。
「お前はカダを、意図して他人に見せないようにしていた。たぶんだけど、カダはお前の使い魔だろ。どうしてお前は、自分の復讐から使い魔を遠ざけようにしたんだ?」
眠るカダに気を遣った彼に一瞬気を良くしたローズだったが、しかしその言葉を聞き届けた途端にウンザリした表情をする。
「貴様は情緒というものを学ぶ必要があるな」
「大切な人だったのか」
「友だちだ。今も、私だけはそう思っている」
見当が付いているのにわざわざ聞きに来るな、という悪態は腹の内に収めてローズは答えた。
はぐらかしても追及して来るに違いないと観念していたし、もうすぐいなくなる相手なのだから話してしまってもまあ良いだろうという気持ちもあったのだ。
尤も、秘めていたことをあれもこれも暴かれた後だから、「秘密」の鍵が緩んでいたのもあるだろうが。
「じゃあ次の質問。クオウを塔に監禁してたのは何でだ?」
「……当初の計画では、カダを国外に逃がすつもりだった。その共をさせるためだ。私に代わる魔力供給源として、無垢な魔人族を育てる必要があった」
「それだけじゃないだろ」
ライルはすかさず口を挟む。
ローズは溜め息をひとつ吐き、立ち上がって彼にゆっくりと歩み寄った。
彼女はライルを見下ろし、言う。
「その目、気に食わないな。人の心を覗こうとする目だ」
ライルは既にローズの本名を知っているため、彼女に傷付けることはない。
しかしそれでも、ひりつくような身の危険を感じるほど、ローズは彼を威圧していた。
「なぜそこまで私の内側を見たがる。好奇、ではないだろう」
それは怒りというよりも牽制、威嚇だった。
ライルに悪意や敵意が無いことはローズも重々承知しているものの、こう不躾に踏み入られてはかなわない。
凄むローズの目を見つめ返し、ライルは言葉を紡ぐ。
「俺は……人の心がわかるようになりたい。例えば悪人が悪事をはたらく理由が、善人が善行を為す理由が、その背景が知りたいんだ」
「だから私という事例を記録しようと?」
ふん、と鼻を鳴らし、ローズは踵を返した。
「傲慢もいいところだな。そんなことができる人間など居やしない。そもそも、貴様に『それ』をする必要は無いはずだ」
「馬鹿だと思うか?」
「思うとも」
ローズは椅子に座り直して、頷く。
続ける言葉を見失い、ライルは閉口した。
「……今更、というべきか。私はもう、カダに真実を打ち明けることはできない。最初のうちは何度か言おうとしたことがあった。が、言えないままに時は経ち、言い出す勇気は見る見るうちにすり減って、とうとう無くなってしまった」
本をぱらぱらとめくりながらローズが言う。
その声色は、ほんの少しの哀れみを含んでいた。
「こんなふうになりたくなかったら、さっさと白状してしまうのも手だぞ。傷が浅いうちにな」
「俺は……」
言いかけて、いや、とライルは訂正する。
「ありがとう。助言として受け取っておく」
その言葉を最後に、彼は北の塔を後にした。
どうやら用は済んだらしい。
「せいぜい足掻くがいい、若造共」
ローズは小さく呟き、また本のページをめくった。
ページの合間合間には、クオウが魔法陣を描いた紙が挟まっている。
現在は問題なく認識できるものの、以前はクオウによって認識阻害の魔法が幾重にもかけられていた。
あの世間知らずの娘が自分の目を欺き、隠れて魔法の勉強をしていたことを、ローズは事が全て終わってから気付いたのである。
彼女は後悔の念と共に息を吐き出し、ライルが去って行った扉の方に視線を向けた。
「……『青の魔女』。これであなたへの義理は果たせただろうか」
* * *
太陽が真上を過ぎた頃、ライルたちは公国を出た。
門をくぐると、久方ぶりの「外」の景色が目に飛び込んで来る。
「わあ……!」
特にクオウは目を輝かせ、きょろきょろと忙しなく辺りを見回した。
「やっぱり、世界って広いのね! 凄いわ、地面がどこまでも続いてる!」
子どものようにはしゃぐ彼女を、ライルは微笑ましく見守る。
やはり同行を承諾して良かったと、ある種の安堵をも覚えながら。
「そうだ、カアラから餞別を預かってるの」
と、不意に思い出したようにクオウは言い、真新しい鞄の中を探り始める。
「餞別? 礼なら断ったよな?」
首を傾げるフゲンに、「実は……」とモンシュが口を開いた。
「お城で偶然会ったんです。何回も断ったのですが、最終的に鞄にねじ込まれて、そのまま逃げられてしまいました」
「おお……意外と強情だし強引だなアイツ。いや、まあそういう奴か」
でないと反乱なんて成功させられないよな、とフゲンは自分で納得する。
「あった! はい、これよ」
そうこうやっている内に、クオウが目当ての物を見つけて鞄から取り出した。
見るとそれは、片手に収まるほどの四角い木箱のよう。
一同は興味深そうに覗き込んだ。
「これは……何かしら? 見たところ普通の木箱ね」
「中にあるのが本体? なんじゃないか?」
「開けてみるわね。ふふ、どんな物が入っているのかしら!」
ライルたちが見守る中、クオウは意気揚々と木箱の蓋に手をかける。
蓋に錠などは特に無く、彼女が軽く力を入れるだけですんなりと開いた。
だがしかし、蓋が開ききった途端、中にあった物がパッと光を放った。
「きゃっ!」
思わずクオウは悲鳴を上げる。
眩しい、と言って差し支えない光量だ。
「どうした!?」
「何だこの光……?」
「ちょ、ちょっと一旦閉じましょう!」
モンシュのひと言で、クオウは急いで蓋を閉める。
すると中の何かが発していた光もふっと消え、箱は何事も無かったかのように元の様相を取り戻した。
「び、びっくりしたわ……」
「本当にね。クオウ、体に異常や不調は無い?」
「ええ、平気よ。ありがとうカシャ。みんなも大丈夫……みたいね、よかった」
とりあえず異常は起こらなかったことに胸を撫で下ろしつつ、ライルたちは再び木箱に視線を落とす。
「で……これ、何なんだ?」