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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第3章 融和:分かたれど末に
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幕間 執務室にて

 ローズ公国内の反乱から2日後のこと。

 地上国軍支部の執務室に、1人の軍人が訪れた。


「失礼します、隊長」


 そう言い扉をノックすると、部屋の中から「どうぞ」とすぐに返事が返って来る。

 軍人はやや緊張した様子で扉を開け、少し頭を下げながら入室した。


「おや、君は第二小隊の」


 書き物の手を止めて彼を迎えたのは長髪の男性。

 彼は大きな丸眼鏡をくいとやり、柔らかな笑みを浮かべる。


「何か進展がありましたか。それとも、いよいよ出撃命令が出ましたか」


 どこか嬉しそうに言う男性に、軍人は申し訳なさそうな顔をした。


「いえ、大変申し上げにくいのですが……」


 懐から書状を取り出し、彼は続ける。


「『先日ローズ公国内で乱が発生。魔女ローズは打倒され、エトラル公の孫にあたるカアラ・マハラが実質的に主権を握った模様。よって予定していたローズ公国への立ち入り調査は延期とする』」


 とのことです、と軍人が締めくくる頃には、男性の表情はすっかり曇ってしまっていた。


「そうですか」


 男性は溜め息を吐く。


「『ローズ公国』が誕生して80年、やっと上が重い腰を上げてくれたというのに……。実に残念です」


「で、ですがサリー隊長。あくまで『延期』ですから、まだ可能性はあるのではないでしょうか」


「無い、でしょうね。カアラ・マハラが余程ネジの飛んだ人物でない限り、公国の態度は正常化していくでしょう。そうなれば我々特殊戦力部隊の出番はありません。じきにその『延期』は『中止』に書き換えられますよ」


 男性、改めサリーはまた物憂げに息を吐いた。


「はあ……。何十年も日和ってないで、早く命令を下してくれれば良かったのです。というか相手が魔女のような者なればこそ、私たちの出番でしょうに」


 問題解決よりも戦闘を望んでいたことを隠そうとしない口ぶりに、軍人は返す言葉を選びかねる。

 サリーの発言は不謹慎だが、それを指摘できるほど彼は偉くなく、また度胸も無い。


「おっと、すみません。つい愚痴を漏らしてしまいました」


 軍人の内心をわかっているのかいないのか、サリーはあっけらかんと言った。


「しかし些か情報が早いですね。もう潜入班はとうに引き上げているでしょう。公国側から知らせがあったのですか?」


「捜索隊が偶々反乱の翌日に公国を訪れたそうです」


「捜索隊が?」


 丸眼鏡の奥の瞳が関心に揺れる。


「それはまた……無茶をしましたね」


 憂うような台詞で、しかし口元は笑っていた。


「大丈夫なのでしょうか」


「というと?」


「いくら自由な行動が許されているとは言え、あの公国に乗り込もうとするなど正気とは思えません。私たちが近々制圧……あ、いえ、立ち入り調査をするのも知っていたはずですよね?」


 軍人は尋ねる。

 呆れと、少々の侮蔑を含んだ声色だ。


 少し考えてサリーは返答する。


「まあ、実際あの子は正気ではありませんからね」


 軍人がその言葉の意味を理解する前に、「ともあれ」と彼は続けた。


「心配は要りません。上もその辺りは理解していますし、副隊長にはミョウさんが据えられていますから」


「……彼も良い話を聞きません。軍人のくせに放浪癖があって、すぐどこかに行ってしまうとか。それに捜索隊は新兵の割合が多すぎる気もします」


「それも戦略ですよ」


「戦略……」


「『箱庭』捜索は前例の無い異質な任務、故に正攻法が最善とは限らない。……というのが上の見立てです」


 サリーは傍らに置いてあったペンを手に取る。


「彼女らの行動は不規則で、時に突発的で」


 机の上の書類を横にどけて、彼は無造作にそれを放った。

 ペンはころころと転がり、やがて机の端からゆっくりと落ちる。


「しかしそれ故、時には思わぬ収穫を得られる」


 遮る物も無くそのまま床にぶつかったペンは、けれどもペン先が床板の溝にちょうどはまって、上手い具合に直立した。


 思わず感嘆の息を漏らす軍人に、サリーは「これはわざとですけどね」と肩をすくめて笑う。


「言ってしまえば賭けですが、上はその賭けに乗り気です。彼女らのおかげで初期に『あれ』を発見できたから、気を良くしているのでしょうね」


 軍人は曖昧に頷いた。

 『あれ』が何であるか、一介の隊員である彼の耳には届いていないのだ。


「まあそれも国を跨いでの捜索が解禁されていない、今のうちだけの話かもしれませんが」


 サリーはゆったりとした動きで床のペンを拾いながら、半ば独り言のように言う。


 というか、ここまでのサリーの話自体、ほとんど「会話」の意思が無いようであった。

 軍人の問いかけには答えるし、自分からも物を尋ねるが、もっと根本的なところで。


 だがサリーはそれに気付いていても気にしないふうであった。

 そして軍人もまた、気付いていながら何を言えるはずも必要もなかった。


「他に伝達事項は?」


「ありません」


「わかりました。ご苦労様です。下がって良いですよ」


「はっ」


 やがて気が済んだのか、サリーはあっさりと話を切り上げて軍人を帰らせた。


 人の気配が失せた室内で、ギッと椅子の軋む音が小さく響く。


「さて……となると次に期待値が高いのは」


 サリーは机上に重なった書類の山から、中ほどにあったひと束を取り出した。


「これでしょうかね」


 表紙として一番上に据えられた紙には、「報告書:執行団に関して」とある。


 それをぺらぺらとめくり、幾度も見た文章を図を眺めて、サリーは楽しげに目を細めるのであった。


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