65話 解答
誰もが口を閉ざす中、クオウは話す。
「エトラル公国では、魔女はその力の強大さから恐れられ、憎まれ、過剰に抑圧されていた。それが酷く暴走したのは大戦争が終わった後のことよ。『魔女が人を操って戦争を誘発させた』という噂が流れ始めたの。馬鹿げた話だけれど、怒りと鬱憤を溜め込んでいた彼らは噂に飛びついた」
彼女の話にローズもまた沈黙し、じっと耳を傾けていた。
少し項垂れたその姿は、ぶり返す怒りを抑えようとしているふうでもある。
「魔女が悪事を働いたことは無いのに……『青の魔女』は民衆によって殺されて、『赤の魔女』も死体となって見つかった。でも80年前、『赤の魔女』は再び姿を現わした。死体は偽造されたものだったのでしょうね」
ローズは反論しない。
肯定、ということだろう。
「記録はここで途切れているわ。でもここからはたぶん、わたしたちの知る歴史と同じ。『赤の魔女』は当時のエトラル公一族を殺し、自らが公国の主となった。そして圧制を敷いて、自分だけの国を作り上げた」
再び沈黙の幕が下りる。
話としては短くとも、クオウの語った言葉は場の面々に衝撃を与えるには十分だった。
しばしの間を置き、カアラが小さく息を吐く。
「そう……。今のこの状況を生み出した原因は他でもない、かつてのエトラル公国だったのですね」
にわかには信じ難いという感情と、しかし認めねばならないという理性が彼女の中でせめぎ合っていた。
「その書物が偽造されたものだっていう可能性は?」
カシャが問いかけるが、カアラは首を横に振る。
「恐らく、ありません。裏表紙に印が見えるでしょう。それは公国の正式な書記官の印であり……実物は80年前のあの日、祖父を救った従者が持ち出しています」
それすなわち、ローズが公国を乗っ取る前にも後にも、印を手にする機会は無かったということ。
仮に後から中に書き足したとしても、筆跡ですぐに露呈する。
ローズはそのような短絡的で無意味なことをする人間ではないと、カアラはよくよく理解していた。
「もののついでだ、ひとつ補足してやろう。あの日のことは単なる民衆の暴走ではない。エトラル公が直々に魔女を殺せと命じたそうだ。誰だったかは知らないが、ある男が死に際に白状していた」
予想に反して冷静な彼女に、ローズは更なる情報を教える。
自棄とまではいかずとも、ここまで来たならば出来得る限り傷を残してやろうと、そういう魂胆であった。
だが、それでもなおカアラは揺らがない。
「よく、わかりました」
彼女は頷き、努めて理性的に思考を巡らせる。
「クオウさん、話してくれてありがとうございます。このままでは私は、己の罪も知らない愚王になるところでした」
にこりと微笑んでクオウに礼を言い、続いて尋ねた。
「ところで質問ですが、魔女の情報が書かれた本をグラスさんの手に渡らせたり、先ほどの戦闘でこの剣を私たちに送ったりしたのはあなたで間違いないですか?」
クオウは少し恥ずかしそうに視線を逸らして答える。
「ええ。あの本は部屋の本棚から抜き取って、魔法で転送したの。グラスのことは時々見ていたから……何か力になりたくって。剣はさっき塔から出た後に宝物庫に迷い込んで、たまたま見つけたから同じ魔法であなたたちの元に」
「なるほど、そういうことでしたか」
引っ掛かっていた疑問が解消されると共に、カアラはなぜクオウがローズの部屋に「わざとではなく」入ったのかも理解した。
要するに、塔と限られた区間――人目に付かないルート――しか行き来していなかったクオウは、迷子になっていたのだろう。
気を取り直して、彼女はローズの方を向く。
「……ローズ。これで、私はようやく全てが腑に落ちました」
「ほう?」
ローズは挑発的な笑みを浮かべた。
「あなたの目的は言わずもがな『復讐』。けれどその矛先は、国そのものへ向けられていた」
返答は無い。
カアラは続ける。
「私が不可解に思った点は2つです。1つは国を国として機能させていた点。ただ人々を苦しめたいだけなら、滅茶苦茶な搾取で生活を崩壊させてしまえばいい。なのにあなたは、搾取を行いながらも辛うじて人々が生活できる程度を維持していた」
「魔女法」を始めとする法律により、ローズ公国民は苦しい生活を強いられていた。
が、飢えはすれど死ぬほどではなかったのは、確かにそうだ。
「もう1つは同じ魔女のグラスさんをも苦しめていた点。自分が保護するでも、民衆と同じ生活を送らせるでもなく、隔離した上で富を与えていた。あなたにはグラスさんを利用しようとする思惑があった」
と、そこでローズが口を開いた。
「貴様の祖父ことは」
「わざと見逃したのでしょう。いずれ反乱を起こさせるために。先日、逃亡した家族もその類でしょうか」
淀みなく答えるカアラに、ローズはまた口角を上げる。
面白くなさそうな表情だった。
「あなたの筋書きはこうです。自らが巨悪として君臨し、民衆の恨みを買う。奇跡的に生き残っていたエトラル公一族の者が反乱を先導し、国を取り戻しに来る。しかし先導者とあなたは刺し違え、民衆は主を失う」
カアラは自らの辿った道、そして先ほどローズが自分に向けた刃を思い返しつつ述べていく。
「主を失くした民衆は、きっと残る『仇』を討ち取りに行くでしょう。そう、自分たちから富を奪っていた『白の魔女』です」
ぴく、とグラスが反応する。
「グラスさんが本当にそうかは関係しません。彼女の素顔を知らない民衆は、魔女という大きな括りで憎しみを抱いている。実際あの演説が無ければ、彼らの認識はそのように固定されたままだったでしょう」
反乱の熱で誤魔化せているだけで、少なくとも民衆の何割かは今もなお……という言葉は、ひとまずは呑み込んでおき、カアラは次の台詞を紡いだ。
「民衆はかつての魔女たちにしたのと同じことを、『白の魔女』にもする。『白の魔女』もまた、民衆に抵抗し……恐らく勝つか、そうでなくとも生き延びはするでしょう。そうなれば何が起こるか、既に私たちはクオウさんから聞きました」
グラスは密かに身震いする。
彼女の言葉から、ローズと同じふうになった自分を、容易に想像できてしまった。
「魔女とそうでない民衆たちとの溝は、二度と埋まらない。そして魔女はひとつの時代に2人――正確には、おおよそ100年ごとに生まれる。民衆を憎み復讐する魔女と、魔女を憎む民衆と、何も知らず民衆の憎しみを向けられる魔女が、同時に存在し続けるのです」
誰かが、もしくは誰もが息を呑む。
「憎悪と悲劇の再演、その連鎖。この国に終わらない苦しみを植え付けることこそが、あなたの復讐でしょう。ローズ」
そうカアラが言い切った後、響いたのはローズの乾いた笑い声だった。
「正解だ、小娘」
やはり、少しも面白くなさそうな様子で彼女は言う。
「貴様は余すところなく、全てを暴いた。私のことは好きにするがいい」
首をくいと傾けるローズを、カアラは静かに見つめた。
その理性的な表情の下でどんな感情が渦巻いているのか、彼女自身の他には誰も計り知れない。
――そして、ライルはそんな彼女らのやり取りを静観していた。
カアラが苦悩していることを察しながら、ローズがまだ隠し事をしていることに気付いていながら、まだ残る謎に目を向けながら、しかしあえて何も言わずに。
今は自分の出る幕ではないと線を引き、ただ槍を握りしめて彼は立っているのであった。