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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第2章 新生:悪を断ち斬る刃
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62話 炎は茨を焼き

 一方その頃、城の玄関ホールではカシャたちが茨人形を相手にしつつ、魔法陣の破壊を試みていた。


 少し前に現れたディーヴァから情報を得た3人は、ならばと攻勢に出たのである。


 彼女らは、カシャとシタが茨人形の相手をしている間にグラスが魔法陣を壊す……といういとも単純な作戦を立てた。

 しかし単純であるからこそ、それは功を奏す。


「えいっ、やあっ!」


 次々生まれる茨人形を避けながら攻撃を叩き込んでいたグラスが、何十回目かでやっと魔法陣を破壊した。


「お見事です、御主人ー」


 呑気な声と共に、シタはくるくると舞うようにして周囲の茨人形を斬る。


 こうなってしまえばあとは今いる分を殲滅するだけ。

 シタとカシャは最後の詰めと言わんばかりに速度を上げ、無数の茨人形を始末していった。


「これでひとまず城内は大丈夫ね」


 あっと言う間に茨人形の数は減っていき、ついに最後の1体をカシャが斬り伏せる。


「つ、疲れた……」


 グラスは脱力し、その場にしゃがみ込んだ。

 もはや疲労を隠す気力すら無いらしく、がっくりと項垂れている。


 それもそのはず、いくら強大な力を持った魔女とは言え、グラスは今まで戦闘らしい戦闘を経験したことが無いのだ。

 初戦闘でこの出来ならば、大いに称賛されるべきだろう。


「大丈夫? 休んでていいわよ」


「ううん、まだ休まない。早くライルたちに加勢しに行かなくちゃ」


 だがグラスはカシャに声をかけられるとパッと顔を上げ、いつもの気丈な態度に戻った。


「そう、じゃあまだ頼らせてもらうわね。けどくれぐれも無理はしないように」


「うん!」


 すっくと立ちあがり、グラスは笑顔を見せる。

 そしてすぐカシャたちと共に階段の方へ……と思いきや。


「っと、そうだ」


 2、3歩行ったところでふと立ち止まり、その場で中腰になった。


「御主人? 何かおありでー?」


 不思議そうに首を傾げるシタに「ちょっと待ってて!」と返すと、彼女は何やら床に向けてもにょもにょと指を動かし始める。


「ええと、これが……こうで……」


 カシャとシタは顔を見合わせた。

 いったい何をしようというのだろうか。


 この状況下、無駄なことではないのだろうが、如何せんグラスの意図が読めない。

 かと言って、えらく集中している彼女の邪魔をするのも少々憚られる。


 どうもできずに2人が眺める中、もにょもにょやり続けたグラスは、ややあって「やった!」と声を上げた。


「できたわ! ほら!」


 見ると、彼女の足元には小さなマットくらいの大きさをした魔法陣ができていた。


「これは?」


 カシャが尋ねる。

 するとグラスは得意げな顔をして、魔法陣に手をかざして魔力を注ぎ込んだ。


 動力を得た魔法陣は淡く白い光を放ち、やがてそこから硝子人形が生えてきた。


 人形――と言っても手足の無い、ごく簡素な形状のもの――はコトコトと左右に揺れながら動き、城の外へと出て行く。


 1体目が見えなくなるとまたもう1体出現し、その後にも1体、また1体と、等間隔で硝子人形が魔法陣から生まれては外に向かう列ができた。


「おー、御主人こんなこともできたんですねえ」


「ま、まあね! これで、外で戦ってる人たちに増援を送れるわ。心置きなく前に進みましょ」


 シタが感嘆の声を上げると、グラスは照れ隠しでもするかのようにぺらぺらと説明する。


「魔法陣の作り方はね、前に本で読んだの。献上品にエトラル時代のものが混じってて」


「献上品……そういえば前に教えてもらった情報も……」


 カシャは初めてグラスと会った日のことを思い出した。


 協力の呼びかけに応えてくれた彼女が提供した、「魔女」についてのあれこれ。

 グラスはそれらを、献上品の中にあった本から知ったのだと言っていた。


 一度双剣を鞘に収め、カシャは考える。


「なんだか、妙ね。献上品って公国民の私財や生産物から出されるものでしょ? 魔法陣の作り方の載った本なんて、武器の製造手引きのようなものじゃない。そんなの、ローズは公国民が持つのを許しておくかしら」


「うーん、じゃあローズの意図で献上させたとしたら……いや余計に変ですよねえ。よりにもよって一番警戒すべき御主人に、なんて」


 しばし黙して思考を巡らせたのち、カシャはゆっくりと息を吸い、ひとつの仮説を口にした。


「もしかすると、この戦い……まだ私たちの知らない誰かがいるのかもしれないわ」




* * *



 同刻、反撃の機を得たライルたち3人は、再びローズとの戦いを始めていた。


 広間にはまたローズの茨が張り巡らされ、彼らを四方から襲う。

 が、《悪夢の園》などが発動することは依然無いままだ。


「はあッ!」


 茨を乗り越えてライルが一気に前に出、ローズに斬りかかる。

 すかさずローズは茨で彼の槍を受け止め、そのままぐいと引き寄せた。


 ほとんど密着するような形になったライルに、彼女はぼそりと小さな声で言う。


「まだ向かって来るか。なあ、――――」


 「――――」、それはライルの素性を寸分違わず示す言葉だった。


 だがライルは動じない。

 わかりきった挑発や揺さぶりは、もはや彼の前では意味を為さなかった。


「……どうしてそれを2人にバラさない?」


 それどころか、ライルは逆にローズへと問いかける。


「お前は何を思っている? 何を感じている? 俺はお前のことが知りたいよ」


 ゾッとするほどに純粋で、悪意の無い言葉、そして視線。


「黙れッ……!」


 ローズは自分の内側を見透かされるような心地がして、反射的に茨を動かして彼を突き飛ばした。


 と同時に、左右両方向から火球が飛来する。

 彼女は新たな茨でそれを防ぐが、間髪入れずに今度はフゲンが距離を詰めてきた。


「ちょこまかと鬱陶しい……っ」


 太い茨の束を作り、フゲンの手足を狙う。

 しかし彼は反対に茨を掴んで引きちぎった。


 手は既にずたぼろになり血が溢れていたが、気に留めた様子も無く拳を繰り出す。

 フゲンの攻撃は茨の盾で弾かれ、けれど少しも途絶えることなく続く。


「なあローズ、お前の言う通りだよ。オレは魔人族に拳を向けることを怖がってる」


 いつも通りの彼の怪力なら、特殊な魔法を帯びていない茨など紙同然に突破して、ローズに重傷を負わせることなど容易い。


 今のフゲンは意図して、力を弱めていた。

 それでいて、虎視眈々と、突くべき穴を狙っていた。


「けどなあ、仲間たちがこんだけ頑張ってるんだ」


 ローズが茨を操るべく、右手を振り上げる。

 焦りからか、疲れからか、そこに僅かな隙が見えた。


「オレも、頑張らねえわけにはいかねえよなァ!!」


 フゲンはそれを見逃さない。

 力強く踏み込んでさらに距離を詰めると、振り上げられたローズの手に手刀を食らわせた。


「ぐっ……!」


 びりびりと彼女の右手に衝撃が走る。

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。


 骨が折れた感覚は無かったが、凄まじい痺れが手の動きを鈍らせる。


「魔法、手ェ動かさねえと使いにくいんだろ」


 フゲンはにやりと笑い、大きく後ろに飛び退いた。


「来い、カアラ!」


 彼と入れ替わりで、剣を構えたカアラが前方に躍り出る。


「覚悟!!」


 迎え撃たんとする茨を素早く斬り捨て、彼女はローズの目の前に立ちふさがった。


「っこの……!」


 ローズはカアラを背後から茨で襲おうとするも、ライルとフゲンの2人がそれを阻止する。


「こっちの茨は俺たちが止めておく! 後ろは気にせず戦え!」


「はい! 恩に着ます!」


 言葉通り、カアラは振り返ることなくローズへと剣を向け突撃した。


 炎魔法を帯びた剣は、ライルの槍の何倍も簡単に茨を切り裂き、焼き斬る。

 ローズは絶え間なく茨を生やしカアラに向けるが、その力は目に見えて弱まっていった。


「忌々しい……その剣は、その剣は……ああああ……!!」


 痺れの残る右手で、ローズは己の頭をかきむしる。

 もはやその表情には微塵の余裕も残っておらず、色濃い憎しみに支配されていた。


「死ね、死ね、死ね! 蛆虫のように、地を這い回って惨めに死ね!!」


 主が冷静さを失うと共に茨の動きも統率性を失い、やたらめったらにカアラを攻撃する。


「いいえ死なないわ! 国に、民に平穏を取り戻すまで、絶対に!」


 反してカアラはきっぱりとそう答え、茨の雨を斬り払う。

 ローズは彼女の、先ほどのライルと似た、真っ直ぐな瞳に激昂した。


「クズ共が、人間ですらない卑しいゴミが! 人間未満の分際で私に逆らうな!」


 ローズは叫び、出せるだけの茨を出してカアラを狙う。

 一瞬にしてカアラだけを覆う半球を形成した茨はその矛先を全て彼女に向け、一斉に襲い掛かった。


「無駄です!」


 カアラは残る魔力を全て振り絞り、剣に注ぐ。

 腰を低くし構えをとって、ギリギリまで茨を引き付ける。


「その目に焼き付けなさい、ローズ! これが――」


 そして、あらん限りの力を込めて。


「私たちの、怒りだ!!」


 全ての茨を焼き斬り、その先にいたローズの首元へと剣を突き立てた。

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