表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第2章 新生:悪を断ち斬る刃
63/215

61話 呼応するもの

 ローズの視線はライルとフゲンに向いていた。


「どういうこと?」


 カアラは聞き返す。

 心底、わけがわからなかった。


 ライルとフゲンの実力は常人のそれを超えている。

 それは火を見るよりも明らかで、だからこそカアラは2人をここまで同行させたのだ。


 だのにその判断が誤りだったなどと、いったいこの女は何を言い出すのか。


「まあ貴様にはわからないか。だが本人は知っているはずだぞ? 特に、なあ、ライル」


 薄く笑い、ローズはライルを見下ろす。


「…………」


 ライルは口を開くことなく、ただじっと彼女の瞳を見つめた。

 それは単に反論できず観念しているというより、どうにか心の内、否、底を見透かそうとしているようだった。


「言えないか? くく、そうだろうな。私は既に貴様の素性を見破った。だから知っている……万が一にも、貴様は私に勝てない」


 だがそんなライルの秘めたる目論見には気付かず、ローズは勝ち誇ったように言い放つ。

 実際、彼女はこの計り知れない青年に勝っていた。


「ライルさん、聞く耳を持つ必要はありません! 奴は舌先三寸で士気を下げようとしているだけです!」


「そーだぜ! オレはあんな奴よりも、お前のことをバッチリ信じてるからな!」


 動かぬ体で必死にカアラが訴えかけ、フゲンもそれに同調する。

 力で劣ろうとも結束と精神の面では一歩も退かないぞ、と2人は抵抗していた。


「随分な言われようだな。それにフゲン、だったか。貴様も同じだ」


 所詮は負け犬の遠吠えと取ったのか、ローズは軽く鼻で笑うと次なる矛先をフゲンに向ける。


「あ?」


 顔をしかめる彼に、まるでいたずらをする子どものようにローズは言った。


「貴様の怪力には恐れ入る。が、その拳は迷いにまみれていてまるで役に立っていない」


「迷、い」


「否、迷いというより恐怖か。何をも恐れぬような顔をして、何かを酷く恐れているな?」


 フゲンはここに来て初めて、自分の心臓が撥ねるのを感じた。

 図星、である。


 彼の脳裏に、あの記憶が再び蘇った。


 魔人族の友人を意図せず傷付けてしまった時の記憶。

 手に残る感触、耳に残る悲鳴。

 そして底なしの恐怖。


 ローズに何か言い返そうと開いた口から漏れたのは、ひゅ、という空気の音だけだった。


「そのような弱弱しい拳で私に勝てるはずも無い。貴様は私に挑むべきではなかったのだ」


 連なって引き出されるように、また別の記憶も思い出される。


 カラバン公国で交戦した茶髪の軍人に言われた言葉、そして返した言葉。

 あの時、フゲンは「新しい目標ができた」と、何でもないことのように言った。


 ――あの言葉に偽りは無かった。

 だが同時に浮かべた表情、そしてその態度は虚勢であったのだ。


 魔人族とも戦えるようになりたい。

 けれども今だ、心に刻まれた恐怖は消えていない。


 故に、フゲンはローズに何も言い返すことができなかった。


「黙りなさい、ローズ!」


 フゲンの様子がおかしいことに気付くや否や、カアラはまた吼える。


「これ以上、2人を愚弄するのは許しません!」


 精神的にも引けを取れない、というのもそうだったが、何より善き協力者を好き放題言われるのが、彼女には我慢ならなかった。


 しかしそんなカアラを、ローズは冷めた目で一瞥する。


「許さなかったら何だ? その安っぽい怒りで私に打ち勝てるのか?」


 彼女は玉座から立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。

 カツ、カツ、とヒールが硬い床を叩く音が響く。


「貴様らには何もかもが足りない。力も、覚悟も、怒りでさえも」


 ライルはなおも、彼女から目を離さない。

 懸命に、ひたすらに、眼前の恐ろしき魔女を見つめる。


 人間。

 魔女(ローズ)も、人間だ。


 瞼を持ち上げる力さえも無くなっていく中、ライルはそう頭の中で反芻しながら、視線だけでローズに食らいついた。


 仲間と共に歩んで来た自分なら、多くの人間と関わって来た今の自分なら、「わかる」はずだと。


「お喋りにももう飽きた。そろそろ終わりにしよう」


 やがてローズはカアラの目の前で立ち止まった。


「終末式魔法戦闘術《処刑の鋏》」


 彼女が右手を宙にかざすと、そこに茨が集まり始める。

 束になり、ねじれて絡み合い、茨は大きな鋏を形作った。


 ローズがこれで何を為そうとしているのか、などと疑問を持つまでもない。

 けれどもカアラは、ライルは、フゲンは、這いつくばっていることしかできないのだ。


「私の勝ちだ。ああ、全て全て、上手く行った。これで私の苦労は報われる。嬉しいものだ」


「…………」


 もはや声を出す力さえ無くなり、カアラははくはくと唇を震わせる。


 彼女の心は、未だに少しも負けていない。

 負けていないが、この状況下ではもうどうすることもできなかった。


「さらばだ、忌まわしき王の子孫」


 茨でできた鋏が開き、刃の部分がカアラの首筋に当てられる。

 棘のひとつが皮をぷつりと破り、赤い血がひとすじ流れ落ちた。


 カアラは最後の気力を振り絞ってローズを睨む。

 例え死んでもお前を倒すと、呪いじみた思いを込めて。


 遂に鋏が閉じ始める。

 それを止められる者はおらず、公国民の希望の象徴はあえなくその首を落とされる……かと思われた、その時。


「……何?」


 茨の鋏が、消失した。


 枯れ落ちるでもない。

 焼け散るでもない。


 文字通り跡形も無く、忽然と、カアラに迫っていた凶刃が消え去った。


 ローズのみならず、ライルたちまでもが動揺する。

 唐突にして奇妙と言わざるを得ない事態に、場の誰もが混乱した。


 と、そうこうしている間にまたもローズの茨に変化が起きる。


 部屋中に張り巡らされていた茨が、次々と消滅し始めたのだ。

 やはり枯れるでも焼けるでもなく、根元からきれいさっぱり、無くなっていく。


「どう、なっている。これは何だ? 何が起きた?」


 ローズは慌てふためき、辺りを見回した。

 けれども不審な人物はおらず、魔道具も魔法陣も見当たらない。


「まさか」


 サッと彼女の顔が青ざめる。

 彼女の頭に、「考え得る中で最悪の事態」が思い浮かんでいた。


 そんなはずはない、「それ」はもう起きないはずだった、とローズは必死に考える。


 計画はほとんど完璧だったはず。

 邪魔者は排した、愚者は手の平の上だった。

 なのになぜ、どうして、こんなことに。


「なんだかよくわかんねえけど、やったな。九死に一生って感じだ!」


 溌溂としたライルの声に、ローズの意識は現実に引き戻される。


 《悪夢の園》の茨が消失したということは、3人の動きを封じる力が失われたということ。

 ライルたちは己の足で、ローズの前にしかと立っていた。


「まだ魔力も体力も全快とはいきませんが、体が動くなら十分です」


 手の平の上に小さく炎を灯し、カアラは言う。


「おのれ……!」


 ローズは再び《悪夢の園》を発動せんと、手を伸ばした。

 が、茨を出せはするものの《悪夢の園》としての力が出ない。


 状況が悪化してきていることを嫌でも理解してしまい、ローズに焦りばかりが募っていく。


 どんどん余裕を失っていく彼女に追い打ちをかけるように、今度はカアラの前に魔法陣が出現した。

 誰が何を言うより早く、その魔法陣から一振りの剣が姿を現わす。


「…………!」


 引き寄せられるように、カアラは剣を手に取る。

 上品な装飾が施されたその剣は、不思議と彼女の手に馴染んだ。


「この剣……とても、とても強い魔力を帯びています。それも炎魔法由来の……」


 カアラは軽く剣を振る。

 剣は呼応するように、淡い光を放った。


 溢れんばかりの魔力に、彼女は理解する。

 この剣は、誰かが強い意志で以て自分に届けてくれたものなのだと。


 カアラは深呼吸をし、力いっぱい剣の柄を握りしめた。


「ライルさん、フゲンさん、今一度お力を貸してください。今度こそ、ローズに勝ちます!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ