60話 魔女の実力
「愚か者は貴様だ、ローズ!」
叫ぶや否や、カアラが両手を前に突き出し火球を創り出す。
火球は見る見る大きくなり、あっと言う間に一抱えもあるほどにまでなった。
「民を苦しめた報いを受けろ!」
カアラの言葉は、いつになく荒っぽくなっている。
誰に対しても敬語で丁寧に語りかけていた彼女だが、仇敵を前にしては感情を抑えられないようだった。
ぐわりと火球は大きく蠢き、ローズ目がけて放たれる。
しかしそれは彼女に届くことなく、直前で茨の壁に阻まれてしまった。
青々とした茨は焼け焦げて灰となり消滅したが、当のローズは片眉をぴくりと動かしただけ。
宙を舞う灰を軽く手で払い除け、小馬鹿にするように花で笑った。
「この程度か」
言って、ローズが右手をちょいとやると、彼女の足元から無数の茨が現れる。
茨は絨毯を広げるがごとく一体となってライルたちに迫り、かと思えば先の方がねじれて収束し大きな槍のような形を成した。
「っぶね!」
咄嗟にフゲンが前に出、拳を振るって茨の軌道を変える。
「もういっちょ!」
さらにライルがくるりと槍を回し、茨を大きく切り裂いた。
切断された茨の先端部は力を失い、ぼたぼたと床に落ちては即座に枯れて消え去って行く。
「ほう」
それを見て何を思ったか、ローズは薄く笑い、いったん茨を自分の下へと引き戻した。
「はあっ!」
と、間髪入れずにカアラが再び火球を放つ。
だがこれも先ほどと同じく、茨で編んだ壁により難なく防がれてしまった。
「っ炎魔法が、効いていない……!? そんなはずは……!」
弱点であるはずの炎魔法を受けてもなお、ローズは顔色ひとつ変えない。
想定外の事態に、カアラは焦りを露にする。
「落ち着けカアラ」
ライルはそんな彼女の肩を軽く叩き、槍でローズの方を指し示した。
「よく見てみろ、魔人族のお前ならわかるはずだろ。あいつの力はちゃんと弱まってる」
「…………」
荒くなっていた呼吸を整え、黙してカアラはローズを見る。
視覚的イメージを通り越して、その奥に宿る魔力を。
確かに、そこに在る魔力の揺らめきは、若干ではあるものの勢いを失っていた。
「……すみません、いささか冷静さを欠いていたようです」
目を閉じ、一度深呼吸をしてカアラは言う。
次にその瞼が開かれた時には、瞳に燃える怒りの色は静まっていた。
「俺たちが前に出て戦う。カアラは引き続き炎でローズを弱体化させ続けてくれ。まともに魔法使えるのはお前だけだからな」
「わかりました」
カアラが調子を取り戻したのを確認し、ライルはまた前方へと歩み出る。
「無意味な作戦会議は終わりか? さぞかし貧相な策を練ったのだろうな」
「ああ。お前を倒すには十分な、貧相な策だ」
くすくすと笑うローズに、ライルは負けじと言い返した。
この強大な敵を相手取るならば、舌戦でも少しも負けてはいけないと、彼はそう感じていた。
「ではその策が如何ほどか、見せてもらおう」
ローズはまたゆらりと手を動かす。
来る。
ライルとフゲンは、後ろのカアラを死守すべく身構えた。
「終末式魔法戦闘術――《怨嗟の茨》」
先ほどの数倍はあろうかという量の茨が生え出し、複数の束を作って3人に襲い掛かる。
「遅いっ!」
ぐぐ、と踏み込み、ライルは茨の半数ほどを一気に斬り捨てた。
斬られた茨はやはり力を失って枯れ消える。
「うお」
フゲンもその隣で茨を迎え撃とうとするも、拳では茨を斬ることができない。
せいぜい怯ませるのが関の山で、手間取っているうちに手足を茨に絡めとられてしまった。
「フゲン!」
「慌てンなライル! 狙い通りだ!」
ニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、フゲンは拘束された四肢に力を入れる。
少しずつ、しかし万力のように、込める力をどんどん増していくフゲン。
茨の棘が食いこみ、服の生地を貫通して肌に刺さったが、彼は全く意に介さない。
魔力で編まれた強固な茨の繊維が悲鳴を上げ、1本、また1本と切れて行く。
そしてついに。
「我流体術ッ……《引き千切る》!」
ぶちん! と盛大な音を立て、フゲンの手足を縛っていた茨の束が一斉に千切れた。
「っしゃ!」
「……馬鹿な」
これにはさすがのローズも顔をしかめる。
魔法を使わず、刃物すら用いずに魔女の茨を破ったのだ。
常人の何倍もの魔力で編まれた茨、それも束になったものを。
人間族の、純粋な筋力だけで。
「規格外にもほどがあるな」
少々本腰を入れて始末しなければならないと判断したのか、ローズは両手を前に突き出してさらなる魔力を茨に流し込む。
「ならばこちらも『力』で応えてやろう」
茨は再び蠢き出し、加えてとめどなくローズの足元から這い出てきた。
今度は物量で責める気かと、ライルたちは体勢を立て直しつつ警戒する。
「させない!」
先手を打って、カアラが火球を撃ち出した。
今度は手の平に収まるほどの大きさだが、代わりにその数は20を超えている。
火球たちは的確に茨の束ひとつひとつを焼き、灰燼に帰した。
「ち……」
ローズは素早く次の茨を生やし、太く太く束ねる。
2つ3つと火球が当たるが、外側の茨が焼けるだけで束全体としてはかすり傷程度だ。
勢いそのままにカアラ目がけて突き進む茨の束。
そこへフゲンが割り込み、両手で抱え込むように茨を受け止める。
半歩分ほど押された彼だったが踏みとどまり、血が噴き出す手でがっちりと掴んだ。
「今だライル!」
「おう!」
合図と共に、ライルが飛び出す。
ローズが次の茨を出すより早く距離を詰め、槍を振るった。
「天命槍術、《閃刻》!」
ほとんど同時に、ライルが技を繰り出し、ローズが茨の壁を作り出す。
ライルの槍は茨に阻まれ、だがローズは壁に十分な厚みを持たせるに間に合っておらず、結果、斬撃の一部だけがローズに届いた。
2人は弾かれるように、お互い大きく後ろに飛び退く。
「ふむ……馬鹿力だけではないか」
己の腕から滴り落ちる赤い血を眺めながら、ローズは嘆息した。
「よし、この調子で……!」
回復する隙を与えず畳みかけようと、ライルたちは再度の攻撃を試みる。
カアラが炎魔法の発射用意をし、ライルとフゲンはいつでも一撃を繰り出せるよう構えをとった。
次はどう来る?
また茨の束を使うか、別の魔法を使うか。
「では、こういうのはどうだ?」
ローズが手を前に出す。
それに応じてまた茨が溢れるように出現した。
ライルたちはやって来るであろう茨の攻撃に身構える、が。
「終末式魔法戦闘術《悪夢の園》」
茨はライルたちの方へ向かってくることなく、凄まじい勢いで壁伝いに伸び始めた。
あれよあれよという間に壁一面、さらに天井までをも埋め尽くす。
「!? なんだこれ、力が……!」
途端にライルたちは強烈な脱力感に襲われ、立っていられずにその場に膝をついた。
踏ん張ろうとしても、その傍からするすると力が抜けて行く。
「この茨は特別性でな。囲い込んだ者の魔力や活力を養分にして育つのだ」
満足そうに笑って、ローズはご丁寧に説明した。
「久方ぶりに、少し疲れたな。休憩をとるとしよう」
彼女は悠々とライルたちに背を向けて歩き出す。
これ見よがしに玉座をひと撫で、ゆっくりとそこに座った。
「やれやれ、こんなに動いたのは何十年振りか。……貴様らの奮闘は悪くなかったぞ」
だが、と彼女は続ける。
「貴様らの立てた作戦には欠点があった。何だと思う?」
「私の魔力が、足りないと……言いたいのか……!」
余裕綽々に尋ねるローズを、カアラは必死に睨み付けた。
「ああ……それもそうだがな、違うぞカアラ・マハラ。貴様は魔力差のわりに健闘していた方だ。この欠点はもっと根深く、かつ改善の余地があったものだ」
ひと息おいて、勿体ぶるようにローズは口を開く。
面白くてたまらない、とでも言うかのように。
「貴様らの誤りは……そこな2人を戦力に組み込んだことだ」