59話 いざ、決戦
「それでディーヴァ、例の件はどうです?」
話がひと段落したのを認め、カアラは新たに切り出した。
「滞りなく」
ディーヴァはしかと頷き話し出す。
「良いですか皆さん。現在ローズが放出している使い魔は、魔法陣から出現しています。そしてその魔法陣のある場所は全部で3か所。ひとつは城の西側、ひとつは東側、残るひとつは現在カシャさんたちが戦っている、玄関ホールです」
彼はつらつらと淀みなく、かつ簡潔に説明した。
どうやら今までの間に、使い魔の発生源を探っていたらしい。
「対処法は? どうやったらあの茨人形が湧いて来るのを止められる?」
ライルが尋ねる。
手に持つ槍を握りしめ、逸る気持ちを抑えているようだった。
ディーヴァは引き続き冷静に答える。
「方法としては単純です。魔法陣を壊せば良い」
「よし、やるか」
回答を聞くや否や魔法陣のある場所へ向かおうとするライルとフゲンだったが、それを「あ、待ってください」とディーヴァが引き留めた。
「すみません、言葉足らずでした。壊すと言っても物理的にではなく、魔力を以てです。ただし、魔法陣の作成主のそれと同等以上の」
ぴた、と2人の足が止まる。
顔を見合わせ、ディーヴァの言葉を脳内で咀嚼したのち、ライルの方が先に口を開いた。
「待てよ、ローズと同等以上の魔力なんて……」
「はい。同じ魔女でもない限り、あの魔法陣を壊すことはできないでしょう。もっとも十数人がかりでやれば、弱まらせるくらいはできるでしょうが」
ははあ、とライルは納得する。
「ってことはあれか。使い魔を止めるのは難しいから、さっさとローズを倒して無力化するのが一番」
「いかにも」
「じゃ、なんだかんだ言って、オレらのやることは変わらねえわけだな。わかりやすくて良いこった」
目標は単純であればあるほど良い、という思考のフゲンは上機嫌に言った。
難しいことを考えるのは苦手ではないが、好きでもないのだ。
「それでは、私はこれからその3か所周辺に居る皆様に魔法陣のことをお伝えして参りますので」
「ええ、よろしくお願いします」
伝達すべきことは伝達し終えたと判断し、ディーヴァは踵を返して来た道を戻って行った。
その効率を求めるがごとき行動ぶりは、「家政婦長のディーヴァ」と重なるところがある。
というより元来、彼はそういう人物なのだろう。
「グラスを待つか? あいつなら魔法陣壊せるだろうし、切り抜けてこっちに来るのも時間の問題だろ」
ディーヴァが去った後、通路の先を眺めながらフゲンは尋ねた。
が、カアラは首を横に振る。
「いえ、先に我々だけで戦闘を開始しておきます。魔女の『弱点』の話は聞いていますよね?」
「おう」
「ローズの弱点は『炎』です」
彼女はきっぱりと言い切った。
当然、疑問を持ったライルは説明を求める。
「根拠は?」
「これまで私たちが使ってきた、認識阻害や音を遮断する魔法……あれらは本来、ローズに破られてもおかしくない代物です。ですが炎魔法と混ぜたものを使えば、監視の目を免れることができた」
ライルたちは思い返す。
そういえば内密な話をする時、カアラや反乱軍の面々が使用していたのはいつも炎を模した魔法だった。
「『炎魔法を併せればローズに見つからない』。今まではその理由は不明なままでしたが、グラスさんが『弱点』のことを教えてくれたおかげでわかりました。ローズの『弱点』は炎で、それ故に彼女は、炎の属性を帯びた魔法には対抗できなかったのです」
ぱちぱちと、パズルのピースが噛み合うように辻褄が合っていく。
グラスのもたらしたひとつの情報が、あの強大な魔女への対抗策を導く、最後の一手となったのだ。
「つまり私が炎魔法でサポートすれば、グラスさんがいなくとも戦えるはずです。加えてあなたたち2人の人間離れした力があるのですから、少なくとも五分五分には持って行けるでしょう」
カアラは力説する。
彼女はここに至るまでの中で、既にライルとフゲンの実力が一騎当千のそれであることを確信していた。
そして同時に、彼ら2人をローズに集中させられるくらい、モンシュやカシャたちが茨人形を押さえておけることも。
「『弱点』である炎魔法と、純粋な魔力で拮抗できる同族のグラスさん。要するに、ローズへの対抗手段はこれら2つというわけです」
「なるほどな。そういうことなら、文句は無い」
「じゃ、行こうぜ!」
また付き合いの浅いカアラですら信じたモンシュたちを、ライルたちが信じないはずも無い。
3人は迷い無き足取りで、前進を再開した。
城の中は閑散としている。
人のいない通路、部屋、窓の外、いずれも静けさが際立って見えた。
城内ではいつも多くの人がはたらいており、賑やかとまではいかずともほとんど人気は絶えない。
それが今は、使用人が皆逃げ出して人っ子ひとりいないのだ。
外から聞こえて来る反乱の喧騒が、却って城の静寂を際立たせる。
床を踏む音、階段を登る音、衣擦れの音までもが反響して鼓膜を揺らした。
1階、また1階と上に上がるたびに、不気味な空気が肩にのしかかる。
だが3人は臆することなく、あるいは気にしない振りをして、歩みを進め続けた。
「ここです」
やがて最上階に辿り着き、彼らは最奥の扉の前で立ち止まる。
重厚で荘厳なつくりのその扉は、いかにも王のおわす間といった雰囲気を醸していた。
「ローズの魔力を感じる……。彼女は、確実にこの中にいます」
カアラは呟く。
鳥肌が立つのを抑えるように、強く拳を握りしめた。
この先に、奴がいる。
かつて国を蹂躙した底なしの敵意が、今度は自分に向けられている。
戦いを挑んだのは自分の方だ。
それでも常人であるカアラには、巨悪を前に緊張せずにはいられなかった。
「カアラ」
不意に名を呼ばれ、彼女は横を見る。
そこにはライルとフゲンが、不敵な笑みをたたえて立っていた。
彼らは言外に、自分を鼓舞してくれている。
理解し、カアラは改めて前を向いた。
そう、これは自分が挑んだ戦いだ。
大勢を巻き込んだ、一世一代の作戦の大詰め。
ならば必然、号令は――自分の言葉で。
「行きましょう、ライルさん、フゲンさん!」
「ああ!」
「おう!」
カアラを筆頭に、3人は扉を開けて室内に踏み込んだ。
途端に、視界一面の煌びやかな装飾が彼らを迎える。
ギラギラと光を反射するそれらの中央、魔女ローズは平然と玉座に腰を下ろしていた。
「思ったより早かったな。やるではないか」
黒いドレスに身を包んだ彼女は、肩と赤い髪を揺らして笑う。
「さあ来るといい、愚か者共。この私が直々に首を刎ねてくれる」