58話 城内突入
モンシュが開いた道を、ライルたちは一直線に走り出した。
数秒もすると新たな茨人形が城の方から湧いて来るが、その傍から強風にさらわれて消えて行く。
姿こそ視界に無いが、モンシュが援護してくれていることは明白だった。
「城にはどうやって入る?」
ライルはカアラに尋ねる。
「正面突破です! 扉を破ってください」
「よしきた」
愛用の槍を手に取り、彼は立ち止まった。
ぐっと体に力を入れて投擲の構えをとる。
「天命槍術、《雷霆》!」
目にも止まらぬ速さで槍が飛ぶ。
空を切り裂き、一直線に前方へ。
瞬きひとつの後には、槍はとうに城の正面扉に風穴を開けていた。
次いでその穴から放射線状にひびが広がり、あれよあれよという間に重厚な扉は土煙を上げて瓦礫と化す。
「これで進めるな!」
「ちょ、ちょっと待ってください、今のは何ですか!? ライルさん、人間族ですよね?」
平然とまた歩を進めようとするライルに、カアラが目を白黒させながら問うた。
「それにその槍、さっきまで無かっ……」
「さーさー行くぞ! 指揮は頼んだぜカアラ!」
だが、ライルはそれを強引に誤魔化す。
いやしかし明らかにおかしい、人間離れしているとカアラは追及しかけたが、すぐに「今はそんなことをしている場合ではない」と断念した。
ライルたち6人はいまだ土煙が残る中、瓦礫を乗り越えて城内に踏み入る。
するとお出迎えと言わんばかりに、幾体もの茨人形がわらわらと寄って来た。
「こいつらどこから湧いてきてるんだ? やっぱローズのとこか?」
いささか落ち着きの無い様子で、フゲンは尋ねる。
「いえ、そうとは限りません。出所に関してはいま仲間が探りを入れていますから、私たちはひとまず先へ進みましょう」
「ン、わかった。……つっても、また道が塞がっちまってるな」
現在、彼らが位置するのは玄関ホール。
おそらくローズが居るであろう上の階を目指すにあたっては、まだ序の口もいいところだ。
しかしローズの使い魔たちは遠慮なしにひしめき合い、まるきり通り道が無くなっている。
2階へと続く階段には茨人形がいないものの、そこに辿り着いたとして、すぐに追って来るであろう人形をどう振り切るかが問題だ。
さてこの状況をどうするか、とその時。
「そういうことなら、任せてちょうだい」
カシャが双剣を抜いて、大きく一歩を踏み込んだ。
「有角双剣術」
茨人形に肉薄し、刃を閃かせる。
「《大鎌鼬》!」
無数の軌跡を描いて斬撃が繰り出された。
瞬間、カシャの前にいた数体の人形がバラバラと切り刻まれ、形を失う。
「ここは私が押さえるわ。外のみたいな大群は手に余るけど、これくらいの量なら捌ける」
言って、彼女はにこりと笑った。
と、その死角からまた新たな茨人形が襲い来る。
「硝子魔法戦闘術、《断頭》っ!」
一番早く動いたのは、カシャから最も近くにいたグラス。
彼女が両手を前に突き出すと、鋭い硝子板が現れて人形の首を切り落とした。
「シタ!」
さらにすかさず硝子でできた剣を作り出し、シタに投げて寄越す。
「はいはあい」
難なくそれを受け取ったシタは、慣れたふうにくるくると回し、構えた。
「茨と硝子の人形対決ですねえ。まあ勝たせてもらいますけどー」
間延びした声は相変わらずだが、そこに籠った戦意は確かなものだ。
「私たちも残るわ、カシャ。……よ、余計なお世話かもしれないけど……」
「いいえ、心強いわ。ありがとうグラス、シタも」
自身なさげなグラス、そしてシタにもはっきりと礼を言い、カシャはライルたちに「そういうわけだから、みんなは先へ!」と促す。
「わかった! 任せたぜ!」
そう言うや否や、フゲンはライルを右肩に、カアラを左肩に担いだ。
「あ」
「えっ」
ライルとカアラは思わず間の抜けた声を出す。
唐突な行動の意味を2人が理解すると同時に、彼はそのまま力強く地面を蹴った。
「頑張れよ、3人とも!」
茨人形の頭上を軽々飛び越える跳躍。
フゲンはきれいな放物線を描き、階段の中ほどに着地した。
「よしっ」
「『よし』じゃないが」
上手くいったと言わんばかりの満足げな表情を見せるフゲンに、肩から下ろされたライルはツッコミを入れる。
「だから急にこういうことするなって! びっくりするだろ!」
「細けえこと言うなって。早く行くぞ」
「クソ、有耶無耶にしやがったこいつ……」
「お前もさっきしてたろ」
「お、お2人とも、こちらです」
軽口を叩き合うライルたちを、カアラは心臓をバクバク言わせながら先導する。
フゲンの規格外っぷりと粗雑さは話に聞いていたし、ここまで行動を共にしていて想像はついていた。
ついていたのだが、実際に我が身にくらうのはさすがに心臓に悪かった。
「あちらから出向いて来ないということは、ローズはおそらく自室かその付近にいます。最短経路で向かいましょう」
けれども彼女は、あくまで冷静に振舞う。
先導者として、悠長に心を乱されている時間は無いのだ。
そういう重圧とも言える責任感が、カアラには満ち満ちていた。
「! 誰だ!」
通路を走ることしばらく、不意にライルが前方に槍を投げた。
槍は、今度は常識的な速度で飛び、突き当りの壁に突き刺さる。
数秒の間を置き、曲がり角から何者かが姿を現わした。
「あ! お前は……ディーヴァ!」
ライルは驚き、声を上げる。
片眼鏡の物腰柔らかなメイド、ディーヴァはゆったりとした微笑みと共に会釈をした。
「はい。お久しぶりですね、ライルさん」
「攻撃して悪かった。気配がしたもんで、つい」
「お気になさらず。敵地での判断としては妥当です」
その言葉通り、ディーヴァ特に気にした様子も無く、ライルの謝罪をやんわりといなす。
「カアラ様、そちらがフゲンさんですね?」
「はい。お2人は初対面でしたね。フゲンさん、彼はディーヴァ。かねてより私と行動していた反乱軍の一員です。ちなみに城内で合流する予定だと言っていたのが、彼のことです」
「ふうん、そうなのか。……『彼』?」
疑問符を浮かべ、フゲンはディーヴァを見る。
彼は何でもないことのように、笑顔のまま答えた。
「女装です」
「ああ、ライルと同じ感じか。上手くできてるもんで気付かなかった」
ぽん、と手を打ちフゲンは納得する。
それからふとライルの方を見て、思い出したかのように言った。
「そういえばお前、ずっとメイド服のまんまだな」
「着替えるヒマが無かったんだよ」
ライルは苦々しく答える。
自分の趣味に合わない格好のままでいるのは、当然ながら本意ではなかった。
「まあ安心しろ、もうこの格好で動くのには慣れた。裾の長い服だからってヘマすることはねえよ」
軽く足を蹴り上げて見せるライル。
かの《雷霆》も遺憾なく威力を発揮していたあたり、戦闘に支障が無いのは確からしかった。