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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第2章 新生:悪を断ち斬る刃
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54話 各々の夜

 誰もが寝静まる真夜中。

 微かに虫の声がするだけの静謐な時間。


 こと、たった2人しか住民のいない東の森は、いつも不気味なほど静まり返る。

 グラスは早々眠り、硝子人形ゆえ睡眠を必要としないシタも自室で黙って空を見上げる、というのが常だ。


 だが今日だけはそれに反し、グラスの部屋にシタの声が飛び込んで来た。


「御主人ー、お手紙が届いてますよお」


 無遠慮にも、返事を待たずしてシタは扉を開けて室内に踏み入って来る。

 快適な、というにはいささか寂しい眠りから叩き起こされたグラスは、眉間に皺を寄せ、目をこすりながら起き上がった。


「何? 誰から? カシャたち以外からだったら破いといてよ」


「カシャさんたちからでーす」


「じゃあ読む」


 グラスはシタから手紙を受け取り、魔法で以て灯りをつける。

 煌々とした光に照らし出されたそれは分厚く、中に何枚もの便箋が入っているであろうことは容易に想像できた。


 普段なら手紙、まして分厚いものなど読むはずもないが、友人からともなれば話は別だ。

 彼女は丁寧に封を開け、便箋に書かれた内容にじっくりと目を通した。


 そして読み終えるや否や、グラスは勢いよく顔を上げる。


「シタ、出かける準備するわよ!」



 同刻、城内宿舎のとある一室にて。

 夜勤の仕事を済ませ、さあ寝るぞとベッドに潜ろうとするメイドたちの耳に、控えめなノックの音が響いた。


 部屋を使う3人のメイドのうち1人が、小首を傾げつつも応対すべく扉を開ける。

 そこには気の良い新人メイドのライルが立っていた。


「なあ、ちょっといいか」


 片手にランプを下げた彼は、そう言って控えめな笑顔を見せる。


「愚痴に付き合ってくれ。妹は寝てるし、カ……ララも今日は家に帰ってるから話し相手がいないんだ」


 室内のメイドたちは顔を見合わせた。


 既に宿舎の消灯時間は過ぎている。

 仕事でないのにそれを破りお喋りに興じ、ローズに目を付けられでもしたらことだ。


 見るからに乗り気でない彼女らだったが、ライルは動じず次の行動に移る。


「大丈夫だ、魔女様に聞かれる心配は無い。ほら、これ」


 言いながら彼が掲げたのは、その手に持つランプ。

 硝子の中で揺らめく炎がちらちらと瞬いた。


「! もしかして、認識阻害の……」


 メイドの1人が小さく漏らす。

 このランプがおそらくは魔道具であり、認識阻害の効果があると、確信は無いながらも気付いたようだった。


「そ。頑張って手に入れたんだ」


 期待通りの反応が返って来たと、ライルは内心、胸を撫で下ろす。

 あとはもうひと押しするだけだ。


「今日くらいは、お互い本音を言い合ってみようぜ。ここだけの秘密ってことで」


 な、といたずらっぽく笑う彼の甘言に、メイドたちは頬を緩ませて頷き合った。



 また同刻、宿舎の別所にて。

 前述の彼女らと同じく夜勤を終えたメイドたちの部屋に、ノックの音が転がり込んだ。


 部屋にいた内の1人が扉を開けると、愛らしい新人メイドのモンシュと視線がかち合う。


「ごめんなさい、なんだか目が覚めてしまって……」


 上目遣いで申し訳なさそうに言う彼の手には、やはりランプがあった。


「よかったら、お話し相手になってもらえませんか? ララさんは不在ですし、お姉ちゃんも今どこかに行ってるみたいで」


 メイドたちは顔を見合わせる。

 消灯時間を過ぎての活動はしたくないが、だからと言ってこのいたいけな少女――実際は少年だが――のお願いを無視するのも気が引けるのだ。


「あら? モンシュちゃん、それ……」


 と、そこでメイドの1人がモンシュの持つランプに興味を示す。

 どうやらランプが認識阻害魔法を発していると気付いたようだった。


「どこからかはわからないんですけど、お姉ちゃんが買って来てくれたんです。僕が夜、怖くないようにって」


 モンシュは無知を装い、あらかじめ考えていた台詞を口にする。

 人に嘘を吐くのは好きでないものの、今回の作戦に関してはそんな悠長なことを言っていられない。


 メイドたちはというと、そんな彼の演技にまんまと騙されたようで、互いに目で頷き合うと快くモンシュを部屋に迎え入れた。


 彼女らの「幼いメイドの話し相手になってあげる」という大義の後ろには「これに乗じて普段言えないようなことを零せるかも」という打算があったが、モンシュはそれも承知の上だ。

 むしろそうでなくては困る。


 予定通りの動きができたことに少し安堵しつつ、しかし彼はこの先のことを考え一抹の不安をも覚えるのであった。



 さらに同刻、東2地区の居住地にて。


「首尾はどうだ?」


 魔法の炎が灯る室内に、フゲンがカシャと共にやって来た。

 机で何やら作業をしていたカアラは一度手を止め、振り向く。


「グラスさんへの手紙は無事届きました。ライルさんたちも手はず通りに行動を始めています」


「そうか、何よりだ。でも愚痴を聞いて共感を強める、だったか? ライルたち2人じゃ多くても10人相手にするくらいが限界だと思うんだが、大丈夫なのか」


 片手に下げていたランプを置き、ソファに座りながら彼はカアラに尋ねる。


 部屋の中は薄暗い。

 彼は右目を隠す前髪に手をかけたが、まあ別にいいかと何もせず離した。


「ええ。人数が制限される分、最も効果の見込める人物……すなわち、召使いの中でも特に輪の中心にいるような者たちをターゲットにしていますから」


 カアラは机に向き直り返答をする。

 机の上、手元に置かれているのは丸い手鏡。

 傍から見ればカアラの顔と天井を反射しているだけのそれには、彼女にしか見えないものが映っているようだった。


「長年の経験則ですが、あの城勤めの女性たちはかなり連帯意識が強いです。ごく稀に暴走する者が出はするものの、基本的には右に倣えの精神が色濃い。中心人物たちが『起爆剤』に反応すれば、他の者たちもそれに同調する可能性が極めて高いのです」


 手鏡の角度を微妙に変え、何かを注意深く観察しながら彼女は続ける。


「今ライルさんたちにしてもらっているのはその下ごしらえです。『みんなも魔女ローズに不満がある』ということを再認識させ、『勇気』を与えます」


「閉鎖な場で、少しの不満も許されない状況を利用しての策ね。さすが、ずっと活動してきただけあるわね」


 カシャが称賛の言葉を送ると、カアラは肩をすくめた。


「正面からでは勝てませんから、このくらいの小細工は」


 照れ隠しなのだろうか、すぐさま彼女は「それで」を話題を転換させる。


「お2人はどうです、設置に問題は生じませんでしたか?」


「おう。お前がくれた魔道具のおかげでな」


 フゲンは言って、脇に置いたランプに目を落とした。

 先ほどまで部屋に灯っているものと同じ炎を抱いていたそれは、既に光を失っている。


「それは良かった。ライルさんたちにも渡しましたがその認識阻害の魔道具、数は揃っているものの何ぶん素人手製の粗悪品でして……効果時間が短く、魔力の装填もできないのです」


「効果があるなら十分よ。それに、どう転んでもこの作戦に2度目は無いのだから」


「ふふ、確かにそうですね」


 かくして、各々の夜は更けていく。

 戦いに勝つために、国を取り戻すために、眠れる獣たちが牙を研ぐ。

 それらが美しくも恐ろしい暴君に突き立てられる時は、間近に迫っていた。


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