50話 協力
それからほどなくして戻って来たグラスは、シタ含めた3人を客間へと通した。
先頭を歩いて案内する彼女の姿からはもう針のような警戒心は見えず、代わりにそわそわとした年相応の可愛らしい緊張があった。
客間は2階に上がって少し行ったところの部屋。
室内には玄関や通路同様、装飾品がほとんど無いものの、中央に置かれた机と1対のソファが部屋の用途を示していた。
シタを横に、フゲン、カシャと向かい合って座ったグラスは、軽く深呼吸をして話し出す。
「まず、ええと……フゲン。さっきは悪口ばっかり言ってごめんなさい」
「いや、オレも悪かった」
先ほど盛大に睨み合っていた手前どうも間合いが掴めないのか、2人の間に微妙な空気が漂った。
それでも会話を続けようと、グラスはまた口を開く。
「その……私が言うことじゃないかもしれないけど、どうして言い返さなかったの?」
「あー、なんつーか……うーん……」
フゲンは言葉を濁しつつ目を泳がせた。
と、カシャがため息まじりに助け舟を出す。
「怖がられるのが怖かったんでしょ。まったく、それなら最初から強行突破しようとしなきゃ良かったのに」
小言をこぼしながらも、その口元は少し笑っていた。
何せ、怖いもの無しかに思えたフゲンの人間らしい臆病なところを見られたのだ。
ちょっとくらい嬉しくなっても、バチは当たらないだろう。
「じゃあ本題、の前に。あなたたちは私のこと、どこまで知ってる?」
「魔女だってことと、まだ若いってこと。あとはこの森にはローズの力が届かねえってことだけだ」
「ああ、やっぱ監視されないのは知ってたの」
合点がいった、というふうにグラスは首肯した。
この国においては魔女への不遜は許されない。
ローズが魔法や使い魔を駆使して敷いている監視体制の下では、陰口ひとつすら叩けないのが実情。
それでも魔女たるグラスに対しそこそこ好き勝手主張をしたということは、命知らずか先述のことを知っているかの2択なのである。
「ありがとう、それだけ気になってて。それじゃ、用件を聞かせて」
屋敷に招き入れた相手がとんでもなく無謀な奴ではないことを確認し終え、グラスは話に入ることを促す。
フゲンとカシャは顔を見合わせ、僅かな沈黙を経て、カシャの方が「なら説明は私が」と語り始めた。
「私たちは反魔女派――あ、この魔女っていうのはローズのことね。まあそれとして活動している者なの」
「へえ」
グラスは声に興味の色を滲ませる。
座り直して身をやや前に乗り出し、一層「聞く」体勢をとった。
「ただ今はまだ、打倒ローズのために色々と準備をしている最中。仲間は他にもいて、リーダーの人の指揮下でそれぞれ行動をしてる。で、私たちに任せられた準備っていうのが」
「魔女について私から情報を得る、ね?」
発言を先回りしてグラスが言う。
「よくわかったわね」
「わかるわよ、このくらい」
感嘆するカシャに何でもないふうを装って――あくまで「装って」であり、実際は少なからず得意げに――答え、彼女は乗り出していた身を戻した。
「あの人とやり合うなら何かしら情報が欲しいところ。でも本人に聞くわけにはいかないし、書物も規制されてて一般市民は自由に読めない。なら唯一の同族である私が一番現実的な情報源、ってとこでしょ?」
「御主人、急に自信満々ですねえ」
「な、なによ、悪い?」
「あはは、いいえー」
シタは愉快そうに笑う。
言葉こそ小馬鹿にしたようなものだったが、声色にはある種の愛情がほころんでいた。
グラスは咳払いをひとつして気を取り直し、カシャとの会話を続ける。
「まあそういうわけだから、いいよ。協力してあげる。私もローズにはうんざりしてるし……っていうか、私もローズのせいでこんな目に遭ってるんだし」
「『こんな目』って?」
カシャは首を傾げた。
彼女は森に引きこもって暮らしてはいるものの、魔女として定期的に物品を献上されており、暮らしに不自由はしていないはずだ。
魔女の横暴自体に苦言を呈するならまだしも、それにより与えられている環境には特に問題は無い……と、客観的にはそう見える。
だが現に今、グラスは確かに己の現状に対して不満を持っているようだった。
「……脱線しちゃうから、その話は後で。先に魔女について教えるわ」
しかしながら彼女は詳細を語ることは保留し、そそくさと先の話題へと立ち返る。
「まず魔女っていうのは魔人族の一種。これは知ってるわよね。でも他の魔人族とは決定的に違うところがあって、それが魔力量と寿命なの」
「ふーん、魔力量だけじゃなくて寿命もか」
「うん。魔女の寿命はだいたい200年くらいって聞いてる。実際、ローズも100歳超えのはず。外見も特定の時期に止まるから、見た目であれこれ判断するのは禁物ね」
カアラの話によると、ローズが国を乗っ取ったのは80年前。
現在100歳以上ということは、単純計算で当時は20歳以上となり、なるほど辻褄が合う。
不老長寿で強力な力を持つ魔女。
まさしく絵に描いたような存在だ。
「それで、肝心の弱点だけど」
指折り数え、グラスは続ける。
「私が知る限りでは大きく2つあるわ。ひとつは名前。魔女は本名を知られた相手には、危害を加えられなくなる」
「なら『ローズ』は偽名?」
「だと思う。私の『グラス』も偽名だし、かつての魔女たちもそうだって本に書いてあった」
「本」
「いつだったかの献上品に混ざってたの。よかったら後で読むといいわ」
先に言っておけば良かったわね、と少々申し訳なさそうに彼女は言った。
誰かが意図して紛れ込ませたのか、単にローズが書物を取り上げるために献上品とさせたのか、定かではないがこれは思わぬ収穫だ。
「どうにかして本名を掴めればローズを倒すのも容易い、けどあんまり現実的じゃないかも」
「あの根暗、誰かに本名教えるとか絶対してませんもんねえ。本人に聞くのは論外ですし」
主人同様なにか恨みでもあるのだろうか、シタはするりと毒を吐いた。
盗み聞きの心配は無いとはいえ、ローズを根暗呼ばわりとは中々に思い切っている。
が、いつものことなのかグラスは特に気にする様子も無い。
「もうひとつは文字通り、弱点。水とか光とか、魔女は必ず何かしら苦手なものがあるの。ちなみに私は『熱』が苦手」
「いいのか、オレたちに弱点バラして」
「何か問題でも?」
何食わぬ顔でグラスは言い放つ。
フゲンは2、3度口を開閉したが、結局無言で首を横に振った。
「ともあれ、苦手な『それ』に晒された魔女は魔法を上手く使えなくなる」
「じゃあ、その弱点を探し出せば良いってわけね」
「そ。本名を探るよりは希望があるわ。もしローズに接近できるなら、普段の生活を観察してれば何かわかるかもしれないし」
そこまで話し終えると、グラスは小さく息を吐いた。
「さて、私が持ってる情報はこれで全部。……なんだけど」
「けど?」
聞き返すカシャに、彼女は声のトーンを落として言う。
「――あなたたち、戦力は欲しくない?」