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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第2章 新生:悪を断ち斬る刃
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48話 根比べ

「そうだ、オレら魔女に用があるんだよ。連れて来てくれるか? 詳しいことはここじゃ言えねえけど、顔合わせときたいんだ」


 思い出したようにフゲンが言うと、シタはふるふると首を横に振る。


「無理です。御主人はぜーったいお屋敷から出ません。面会は不可能、禁止事項です」


 彼女は腕をバツの形にし、「否」をこれでもかと強調して答えた。

 フゲンはやや不満げに口を尖らせたが、カシャはその隣で、まあそうだろうと素直に納得する。


「仕方ないわ、フゲン。森の魔女は人見知りだって、あんたも聞いてたでしょ?」


「人見知り?」


 と、そこでなぜかシタが不思議そうに声を上げた。

 彼女はぱちぱちと目をしばたかせ、カシャを見る。


「違うの? みんなそう言ってたけど」


 カシャが聞き返すと、今度はその目を泳がせ始めた。


「そうですねえ、まあ……はい、人見知り、ではないと思います」


 えへ、と何とも言えない曖昧な笑みを浮かべ、シタは追及からそろりと逃れようとする。


 だがフゲンはというと、ますます怪訝な表情をするばかり。

 どうもはっきりしない態度、あるいはこの状況に痺れを切らし始めているようだった。


 彼は僅かに後ずさるシタに容赦なく質問を投げかける。


「人見知りじゃないなら、出て来ねえのはなんでだ? 怪我か、病気か?」


「いいえ、御主人は健康体です」


「じゃあなんで」


「そりゃあ出て来たくないからですよお」


「一歩もか」


「半歩たりともです」


「ずっと?」


「はい、ずーっと」


 そこまで聞き出すと、フゲンは少々考え込んだ。

 矢継ぎ早に言葉を放り出していた口を閉ざして、視線を右へ左へと彷徨わせる。


「じゃ、こっちから会いに行く」


 そして言うが早いか駆け出し、森の中へと飛び込んで行った。


「あ、ちょっとフゲン! 待ちなさい!」


 カシャが呼びかけるも既にその姿は無い。

 草木をかき分ける音もすぐに聞こえなくなり、彼女は完全にフゲンを見失ってしまった。


「足はっやいですねえ」


「ごめんなさい、追いかけて連れ戻すわ」


「では一緒に行きましょうか」


 カシャはシタと共にフゲンを追う。

 外から見ると鬱蒼としていた森だが、少し進むと細いながらもしっかりとした道があり、これを辿って行くとほどなくして開けた場所に出た。


「あれです、カシャさん」


 シタが指し示す先――庭園、と言うには閑散とした広場の中心に建っていたのは、5階建ての大きな屋敷。

 パッと見たところ外壁や屋根に綻びは無く、それでいて古くからそこに在るような、威厳に満ちた佇まいをしている。


「あっ、いた!」


 フゲンはというと、屋敷の玄関前で何やら立ち往生をしている様子だ。

 カシャたちが駆け寄ると、彼は事もなげに「おお」と片手を上げる。


「まったくもう、帰るわよ! 魔女様に迷惑かけたら、困るのはあんたも一緒なんだから」


「いや、そんなことより」


「『そんなことより』!?」


 怒り心頭のカシャをスルーしてフゲンは手を前に伸ばした。


 玄関前と言えど、扉まではまだ距離がある。

 手を伸ばしたところで空を切るだけ、のはずなのだが。


「見ろよ、これ」


 フゲンの手が中途半端なところで止まる。

 否、「止まる」のではなく、「止められる」。


 そう、彼の手は伸びきる前に、透明な何かに遮られていた。


 しかし「何か」は透明であるが、不可視ではない。

 日の光をキラリと反射する「何か」の正体に、カシャはすぐに気付いた。


「……硝子?」


「そうでーす」


 半信半疑の推察をシタが呑気に肯定する。


「わたしの御主人は『白の魔女』。硝子を生み出し操ることを得意としています。つまりー、これは御主人が魔法で出した硝子の壁というわけです」


 彼女は、入って来るなってことですねえ、と朗らかに付け加えた。

 が、話を聞いているのかいないのか、フゲンは拳を握って構えをとる。


「仕方ねえ、割るか」


 ぐっと腰を落とし、上体を少し捻る。

 利き腕に力を集中させて、彼は拳を繰り出した。


 鉄の剣をもへし折るその拳に、指の先ほども無い厚さの硝子が勝てるわけもなく。

 甲高く耳に障る音を立てながら壁はあえなく砕けた。


「よし、入……」


 フゲンは意気揚々と足を踏み出しかけ、しかし地に付ける前に危険を感じ取って引っ込める。


「うわっ」


 すると先ほどまで立っていた場所、その地面から硝子板がせり上がり、あっと言う間に壁を成した。


 硝子壁は1枚に留まらず、次々に現れては屋敷を囲って層を重ねていく。

 まるで植物の成長を早送りにしたかのごとき動きだ。


「んだこれ、どんどん生えて来るぞ?」


 困惑しつつも目の前の壁を割っていくフゲンだが、割ったそばから次の壁が出現する。

 フゲンが硝子を割るのと硝子が現れるのは同じくらいの速度で、堂々巡りになっているのは目に見えて明らかだった。


「無駄ですよお」


 シタはひょいっとフゲンの隣に立ち、助言をする。


「普通の魔人族ならいざ知らず、魔女の膨大な魔力から生み出される硝子壁はまさに無尽蔵ーってやつですねえ。まあ諦めた方が良いかとー」


 言い終えると彼女は、後ろのカシャに向かってぱちりと視線を送った。


 さすがにこれで諦めるはずだから、との意図を込めての仕草だろう。

 けれどもカシャは、この先に起こるであろうことを想像して頭を抱えた。


「そーかそーか。よくわかったぜ」


 そうとは知らず、シタは潔く頷くフゲンに安堵する。

 別に彼のことを疎ましく思ってはいないが、主人のことを考えると帰ってもらった方が良いと思っていた。


「おお、聞き分けが良くて助かりま」


「だったら」


「え」


 フゲンは完全に一件落着したつもりのシタの台詞を遮る。

 と共に、再び拳を硝子に叩き付けた。


「根比べってことだな!」


 彼の攻撃を受けた硝子はまたもや砕け散る。

 だが即座に次の硝子壁が現れ彼を阻む。

 それをまたまたフゲンが割る。


 硝子が生える。

 割られる。


 生える。

 割られる。


 生えて、割られて、生えて、割られて……。


 一進一退の攻防は夕暮れまで続いた。


 こうして、ほとんど手で押し合いをするかのような力勝負の末。

 夕陽に照らされ仁王立ちをするフゲンの眼前には――もう硝子壁は無かった。


「勝ったな!」


「はー……馬鹿!」


 高らかに勝利宣言をする彼に、カシャは吐き捨てる。


 物理的にも精神的にも止めることは不可能、かつ1人だけ先に帰るわけにもいかないという状況下でずっと待ち続けていたのだ。

 多少声を荒げても許されるだろう。


 勝利の余韻に浸るフゲンの横を通り、同じく決着を待っていたシタは屋敷に向かって口を開いた。


「御主人、全部見えてましたよねー? 面目ないんですけど、このお2人を追い返すのは無理っぽいですー。なので観念して開けてやってくださーい」


 返答は無い。

 シタの声だけが、辺りに響く。


「ねえ御主人ー」


 もう一度呼びかけるも、言葉、音すらも返って来ない。


「大丈夫ですよお、きっと悪い人じゃないですからー」


 彼女の声は相変わらず間延びして呑気に聞こえたが、今、この声にだけは、慈愛が僅かに滲んでいた。


「『白の魔女』様!」


 しばらくシタの様子を静観していたカシャも、腹を括ったように声を上げる。


「私たちは決してあなたに危害を加えません。ただ話がしたいんです! この国の、未来のために!」


 それでもやはり返答は無かった、が。

 数秒か、十数秒かの間を置いて、屋敷の扉が静かに開いた。


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