47話 東の森
ライルが魔女ローズと対峙している時分、一方でフゲンとカシャは東の森に居た。
昨日カアラと共に居住区へ向かった後、2人は早速ティオラの町へと移動。
彼女の手引きの下、無事運び屋の仕事に就くことができた。
そして任された初仕事が「東の森にいる魔女への献上品を運ぶこと」……すなわち、早くも目的である魔女との接触の機会を手にすることになったのだ。
「魔女ー! 居るかー?」
「こらっ敬語! いらっしゃいますか?」
「イマスカー?」
荷車を一旦置き、フゲンとカシャは森の入り口で声を張り上げてまだ見ぬ魔女へと呼びかける。
運び屋の者曰く、森には勝手に立ち入ってはいけないらしく、こうして外から呼べとのことだった。
魔女なんだからもう少しスマートにというか、魔法や魔道具を活用すれば良いのにと思いつつ、2人は黙って頷いた。
「できるだけ目立つな逆らうな」とはカアラの言葉だ。
魔女を打ち倒す準備をするからには、普段から目を付けられる行動は慎むのが良いに決まっている。
そういうわけで、フゲンとカシャは腑に落ちないながらも言われた通りの行動をするのであった。
――城でライルが目立つどころの騒ぎではないことをしているとは、露知らず。
「はいはあい」
木々の合間を縫って聞えて来た声に、フゲンたちはパッとそちらを向く。
なんとも間延びした、呑気な声だ。
2人が注視していると、ややあって森の薄暗がりの中から人影が見えた。
「どうもー、毎度ご苦労様でーす」
にこにこと笑顔を浮かべ、森から出て来たのは1人の少女。
歳の程は16、17くらいか。
黒髪を胸の辺りまで伸ばし、清潔で上等そうな白い服を着ている。
こんな森に1人きりで住んでいるとは到底思えない風貌だ。
フゲンとカシャは顔を見合わせ、おそらくこの人物が話に聞く「東の森に住む魔女」だろうと言外に確認し合った。
「あれ、初めて見る顔ですねえ。新人さんですか?」
2人を交互に見ながら、少女は首を傾げる。
魔女は人見知りとのことだったが、彼女の様子は案外そうでもなさそうだ。
「はい。今回から私たちが東1、2、3地区の献上品運搬を担当します」
カシャは丁寧に頭を下げ、隣のフゲンにもそうするようせっつきつつ、少女に挨拶をする。
と、なぜか少女は不思議そうな表情で、また首を傾げた。
「今回から? ってことは……次もその次も?」
「そうですけど、何か?」
質問の意図を汲み取れず、カシャは目をぱちくりとさせる。
何か無作法があったかと心配が脳裏をよぎったが、相手の反応からしてそうではないだろうとすぐに結論付けた。
「いやあ、まあ。物好きだなあと思いまして」
実際、気分を害したわけではなかったようで、少女はただ曖昧に言う。
「嫌になったら、当番制に戻してもらってくださいねえ」
当番制……確かに、フゲンとカシャは運び屋の者から、今までは「献上品運搬係」は1回ずつで交代の持ち回りだったと聞いていた。
少女が口にしたのは、2人の意志次第で再びその体制にしても良い、という気遣いの言葉だろう。
だが嫌になる、とはどういうことだろうか。
2人は荷車を引いて東3地区にあるティオラの町からこの森まで来たわけだが、これといって悪い道は無く距離も想定の範囲内で、さほど重労働ではなかった。
有角族顔負けの身体能力を持つフゲンだからとか、有角族でさらに常日頃から鍛えているカシャだからとか、そういうことでもない。
仮に魔人族であっても、休憩を挟めば十分に許容できる労働量だ。
加えて少女の態度も悪くない。
人見知りという話が嘘に思えるほど、愛想よく応対してくれる。
理解しかねて返答に困るカシャに、少女はあっけらかんとした笑顔を向けた。
「あは、そのうちわかりますよー。じゃあ献上品、頂きますねえ」
全く腑に落ちないものの、やんわりと回答を拒否されたのだからしょうがない。
2人に任された役割は魔女との接触……そして懐柔。
無理を言って敵対心を抱かれてはならず、焦りは禁物だ。
カシャはこの件に関してひとまず追究を諦め、「仕事」に専念する方向へと舵を切る。
「はい、こちらになります。お屋敷まで運び入れましょうか?」
「いえいえー、結構です」
さりげなく屋敷へ踏み込もうとするも失敗。
やはりまだ親密度が足りないかと判断し、カシャは今回のところは大人しく引き下がることにした。
が、その時。
「なあ、お前」
それまでずっと黙っていたフゲンが口を開いたかと思うと、ずんずんと少女に歩み寄る。
カシャが制止する間もなく少女の目の前まで近付いた彼は、ひと呼吸置いて言い放った。
「魔女じゃないな」
思わずカシャは勢いよく少女の方に視線を向ける。
それは、つまり、どういうことか。
フゲンが適当を言うとも思えず、しかし少女が魔女でないという考えが呑み込めず。彼女は混乱する。
反して当の少女はというと、何でもないような顔で首を縦に振った。
「違いますよお、わたしは使い魔です。お名前はシタ、よろしくでーす」
「使い魔ぁ!?」
予想外の答えに、カシャは素っ頓狂な声を出す。
「使い魔って、普通ネコとか鳥とか虫とか……人間を使い魔にするなんて聞いたことが無いわ!」
敬語も忘れて目を白黒させるカシャを見て、少女改めシタはおかしそうに笑う。
「魔女くらい力があるとねえ、できるんですよー」
「でもお前は人間じゃねえだろ?」
「おお、やっぱりそこに気付いてましたかあ」
「ちょ、ちょっと私を置いて行かないでくれる!? フゲン、どういうこと!?」
フゲンとシタだけで話が進んで行きそうになるのを、カシャは慌てて引き止める。
別に疎外感があって嫌とかではなく、行動を共にする以上、同程度の情報を理解しておきたいからだ。
別に、疎外感があって嫌とかではなく。
「一目見た時から、なんかこいつから人間っぽさを感じなくてよ。魔女は人間だから、人間じゃないなら魔女じゃないだろって思ったんだ」
「野生の勘ってやつですかねえ? 実を言うとわたしは人形でして、心臓とか無いんです。フゲンさんはこの無機質さを感じ取ったんだと思いますよお」
そう言ってまた「あはは」と笑うシタは、声も仕草も表情も、まるで人形には見えない。
人形を人間そっくりの使い魔にするなど通常の魔人族にはまず不可能な芸当だが、これも魔女の力の為せる技なのだろう。
「えっと……じゃあ森の魔女があなたを操ってるんですか?」
「いいえー、わたしにはバッチリ自我があります。まあ証明はできませんけど、それはお互い様ですし信じてもらえると助かります」
「そうなんですね。ごめんなさい、不躾に聞いて」
「お気になさらずー。あと敬語は要りませんよお、自然体でお喋りしましょう」
なんとも気さくな使い魔だ。
彼女が魔女でないとなるとやはり「魔女は人見知り」との話は本当だと推測できるが、きっと彼女が橋渡し役になってくれるだろう。
カシャはほっと胸を撫で下ろした。