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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第2章 新生:悪を断ち斬る刃
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46話 無言の抗議

 ローズは立ち去ろうとするのを止め、くるりとライルの方を向いた。

 それからしばし思案したのち、カツカツとヒールの音をこれ見よがしに響かせて彼に近寄る。


 周囲のメイドたちが見守る中、魔女はなおも己に視線を投げかける新人メイドの前で立ち止まった。

 ローズの身長はそこいらの男性よりも高く、ヒールも相まって完全にライルを見下ろす形になる。


「貴様は……昨日より新たに公国民となった者だな。問題無く馴染んでいるようで何よりだ」


 わざとらしい笑顔を作り、彼女は言った。


「どうだ、私の国は。素晴らしいだろう?」


「…………」


 ライルはモンシュを後ろに隠すように前に出、無言のままローズと対峙する。


「発話を許可する。答えろ」


「…………」


「ライルさん!」


 魔女が催促し、カアラが小声で促すが、それでもライルは何も言わない。

 ただただ、口を閉ざし、目の前の圧制者に向かって抗議の意を示す。


「……立場がわかっていないようだな」


 腹立たしげに呟くや否や、ローズはライルの首を掴んだ。

 場に一層の緊張が走る。


「貴様は私の国の民だ。すなわち、私の所有物だ。主の思い通りに動かぬならば不良品と見なされ、廃棄されるのが常であろう」


 明かな苛立ちを滲ませて言いながら、ゆっくりと手に力を込めていく魔女。


 しかし、首を絞められているにも関わらずライルは全く怯まない。

 血管が狭まり、息がしづらくなり、苦しいだろうにそれを一切表に出さない。


 ローズは不愉快そうに顔をしかめ、さらに手の力を強めた。


「申し訳ございません魔女様! この者たちは先日まで旅人であったため、まだ礼儀というものを知らないのです! 私が指導役としてしっかり教育します故、どうかお目溢しを!」


 と、そこで見かねたカアラがとうとう列から外れて頭を下げる。


 彼女の計画上、目立つことは極力避けるべきことだったが、せっかく得た味方を見殺しにはできなかった。

 というよりも、カアラ自身の個人的な感情として、ここで黙っていることができなかった。


 ローズはライルの首を絞めたまま、カアラの方に視線を向ける。


「今日は命知らずの無礼者が多いな。私に意見するならば貴様も――」


 言いかけたその時、ライルのメイド服のポケットから何かが転がり落ちた。

 誰にも受け止められることなくそれは床にぶつかり、キン、と高い音を響かせる。


「……? 何だ」


 ローズはライルから手を離し、魔法で落下物を手元に引き寄せた。

 指先で摘まみ上げ、顔の前に持ってくる。


 それは翼を模ったチャームがついた金属製の――いつぞやに、三つ編みの青年から贈られたネックレスだった。


「……ふむ」


 鈍い光を放つそれをしげしげと見つめ、またライルと見比べてから彼女は口角を上げた。


「ふふ、なるほど。そういうことだったか」


 意味深にひとりごち、なぜか満足げに微笑む。


「良いだろう。これと引き換えに、貴様のことは見逃してやる」


 何をどう捉えたのかローズは一転、ライルに許しを与えた。

 今度は上げて落とすような真似もせず、正真正銘の免罪だ、が。


「俺じゃなくてあの子を見逃してくれ」


 ようやく口を開いたライルは、きっぱりと言い放った。

 もしここが私語を許された空間であったなら、間違いなくどよめきが起こっていただろう。


 視線の向く先は魔女に鞭打ちを言い渡された先ほどの少女。

 ローズは彼女を横目に、ライルに問いかける。


「では貴様が代わりに鞭打ちを受けると?」


「そう言ってる」


 ライルはこくりと頷いた。


「痛覚遮断の魔法は使わせんぞ」


「使う気は無い」


「元より痛みに鈍いならば、痛覚を強制的に引き上げることもできる」


「そうしたければすればいい。尤も、俺は痛みも苦しさも感じる。心配しなくても、ちゃんと鞭打ちには苦痛を感じるさ」


 先回りして補足するライルに、ローズは片眉を上げる。

 少々癪に障ったようだった。


「お前は加虐愛好家だ……とでも言いたげだな。人聞きの悪い」


「違うのか?」


「半分はな」


 会話が途切れる。


 重苦しい沈黙の幕が下り、呼吸すら躊躇われるような空気が流れた。


 少女のメイドは無意識に手を組み事の行く先を見守る。

 モンシュはいざとなったら竜態になって離脱できるよう、密かに構える。

 カアラはここからどうするべきか、何が最善手か、冷や汗を流し必死に頭を回す。


 誰もが次に発せられる一言に構える中、ローズが口を開いた。


「貴様の()()()()、気に入った。今回に限り、全員まとめて罰を免除してやろう」


 誰がともなく、かすかに息を吐く。


 許しが出た。

 少女も、ライルも、カアラも、誰も罰されないことが宣言された。


「だが次は無い。妙な気を起こす前に、この国での振る舞い方を身に付けておくことだ」


 笑みを浮かべつつ、ローズは付け加える。

 そうして再びヒールの音を鳴らしながら、彼女は去って行った。



* * *



「なんっっで! あんな無謀なことしたんですか!」


 その日の夜、宿舎の一室にてカアラの怒声が響き渡った。



「ご、ごめん……」


 例の火の玉による防音の細工が無ければ、城中に聞こえるのではないかというほどの大音量に、ライルは成すすべなく縮こまる。


「あの、カアラさ……じゃなくてララさん、ライルさんも反省していますしそのくらいで……」


「いいえいけません! 下手をすれば、旅仲間のフゲンさんたちにまで被害が及ぶかもしれなかったんですよ!」


 モンシュが宥めようと試みるも、カアラの怒りは収まらない。


「俺も大人しくしてなきゃダメだってわかってたけど……なんかこう、じっとしていられなくて」


「お黙り!」


 まして言い訳など聞くはずもなく、一喝してライルを完封する。


 少しの静寂。

 カアラは一旦言葉を止め、盛大に溜め息を吐いた。


「……まあ……お咎め無しで済みましたし、結果オーライです。が! 今後の動きには支障が出ます。少々方針を変えましょう」


「方針を変える?」


「はい。本来であれば正式に雇われてから、城の構造を詳しく探ってもらうつもりでしたが……うーん、そうですね」


 何やら指折り数えるような仕草をし、彼女は「ではこうしましょう」と顔を上げる。


「今回の件を利用します。ライルさん、そしてモンシュさん。あなたたちは明日以降――ひたすら親しい人を増やしてください」


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