44話 「ディーヴァ」
「では改めまして。私は家政婦長のディーヴァと申します。この城で魔女様に仕えて15年、主に事務仕事や人員管理をしています」
ライルとモンシュを応接間らしき部屋に通したディーヴァは、丁寧に自己紹介をする。
低いテーブルを挟んで向かい合う彼女と2人。
窓が無いせいか、少し窮屈な空気が漂う。
「さて、ライルさんにモンシュさん。城で働きたいとのことでしたね。それではまず、あなた方の得意分野、あるいは可能な仕事をお教えください」
至極穏やかに問うディーヴァに、却ってライルは慎重になった。
彼女がカアラの仲間なのはほぼ間違い無く、おそらく自分たちの行動も補助してくれるのであろう。
しかし、それはあくまで「裏」でのこと。
表立って明らかに不審な動きはできないし、この魔女にほど近い場所でそのようなことをさせてはいけない。
できる限り、自力で雇ってもらえるよう努める必要がある。
カアラもそういう意味を込めて、「交渉して」と言ったに違いない。
……そのような具合で、ディーヴァの問いに対する適切な回答を言外に探すライル。
モンシュもまた同じく、決して選択を間違えぬよう考えに考え、言葉を詰まらせる。
しかし当のディーヴァはそんな2人を見てくすりと笑った。
「あまり難しく考えなくて大丈夫ですよ。単にあなた方の適職と、こちらの人員状況を照らし合わせるだけです。思うまま、偽りなく述べてもらえばそれで構いません」
ゆったりとした口調で、「自然な答え」を促す。
彼らを雇う方向に進める算段は、既に付いているようだった。
確かめるようにライルが「いいのか」と言うと、ディーヴァは「もちろん」と首を軽く傾け、片眼鏡のチェーンを揺らして応える。
ライルはモンシュと目を合わせ、頷き合い、口を開いた。
「俺は、そうだな……力仕事が得意だ。見ての通りの体付きだし、旅をしていたからそれなりに鍛えられてる」
「それは重畳、力に自信のある方は大歓迎です。なにせ使用人はみんな女性ですから。かく言う私も、体格が良い方なので最初の頃は力仕事担当として重宝されていたものです」
続いて、モンシュも話す。
「えっと、僕は計算とか……お料理も一応できます。あと役に立つかはわかりませんが、古代文字も読み書きも少し」
「なるほど。教養があるのは素晴らしいですね。すぐにとは行きませんが、ゆくゆくは事務仕事を任せられそうです」
言い終えると、ディーヴァは満足げに目を細めて笑った。
「良いでしょう、お2人とも仮採用決定とします」
「仮?」
「ええ。これより1週間ほど、見習いとして働いてもらいます。その様子を見て、正式に雇うかどうかを判断するのです」
つまりは試用期間というわけだ。
ライルたちはまたひとつ関門を突破したことに安堵しつつ、まだ油断はできないと気を引き締める。
「具体的には何をするんだ?」
「指導役を付けた上で、彼女の指示に従って掃除、洗濯、炊事などの仕事を、他の使用人に混ざって日替わりで行っていただきます。難しい仕事は与えませんが、あまりにも不出来なようでしたらお帰りいただくことになる場合もあります」
ディーヴァは声のトーンを落として言った。
他人の目もある中でやる以上、誤魔化すにも限界があるのは理解に難くない。
「ただ……そうですね。もう日も昇り切ってしまっていますから、明日からということにしましょう。代わりに本日は城内を案内しますね」
「仕事はいいのか? 俺たちじゃなくて、お前の」
「ええ。運良く、いつもより業務が少ないので。先ほど運んでいただいた書類を整理したら、それでお終いです」
運良く、と口にした彼女の声色は、カアラの「調整」と似た響きを持っていた。
どうやら彼女らはこの手のちょっとした裏工作はお手の物らしい。
「それでは、私はお2人の仕事着を持って来ます。少々お待ちください」
こうして足早に部屋を出て行ったディーヴァは、ほどなくメイド服を2着携えて帰って来た。
メイド服は大小のサイズがあり、それぞれがライルたちに丁度のもの。
採寸もしていないのに、と驚く2人を置いて、彼女は仕事を済ませるべく再び場を後にした。
と、そこで問題が発生する。
「なあモンシュ、これどうやって着るんだ?」
「わ、わかりません……」
「だよな……」
ライルもモンシュも、メイド服の着用方法を知らなかったのである。
ずっと旅をしていたライルはもちろん、天上国では「子ども」の区分だったモンシュも、メイド服を着て働く機会など今まで1度も無かった。
それでも単純なワンピースとエプロンだったら、女物の服に慣れているモンシュがどうにかできただろう。
だがディーヴァから渡されたのは、細いリボンがやたら多い――ようにライルには見えた――もの。
結ぶべき部分があちこちにありすぎて、どこからどうするのが正解か、てんで見当が付かなかった。
「仕方ありません。とりあえずふわっと着て、それから結び方を模索していきましょう」
そんなこんなでライルたちは四苦八苦しつつ、メイド服との格闘を開始する。
格闘、とは言っても貸し出された服を傷付けるのは厳禁。
時には多少腕を無理な方向に曲げ、時には指がつりそうになりながら、2人はどうにかこうにか着用を進める。
だいたい半分のリボンの役目を解明、結び終えた頃。
「お待たせしました」
部屋の扉が開き、ディーヴァが帰って来た。
「早!?」
もうそんなに時間が経っていたのか、とライルたちは困惑する。
しかしいくら2人がメイド服に苦戦していたとは言え、さすがにまだ書類整理に要する時間の方が長いはず。
「仕事、もう終わったのか?」
半信半疑でライルは尋ねる。
「はい。本当に簡単な作業ですから、この程度の時間で十分です」
対してディーヴァの答えは清々しく、一遍の曇りも見られなかった。
家政婦長と言うくらいだから仕事ができるというのは想像に易いが、その想像を超えるほどの働きぶりだ。
彼女はライルたちがまだメイド服を着られていないのを見ると、手際よくリボンを次々と処理して着替えを完了させた。
「そうだ、居住地区はどちらですか?」
感嘆するライルたちに反し、ディーヴァはてきぱきと次の話に移る。
「……どこだっけ」
「東の2です」
「ああ、ちょうど良い地区ですね」
カアラの行った「調整」を知ってか知らずか、彼女は喜ばしそうな表情で言った。
「何がちょうど良いんだ?」
「城で働く者たちは業務に支障が出ない限り、宿舎と居住地区のどちらで寝泊りしても良いことになっています。東の2でしたらあまり城から遠くないため、その意味で、です」
なるほど、とライルはまたひとつ納得する。
通常、居住区を出られない公国民だが、城仕えであれば堂々と区と城を行き来できる。
フゲンたちが選んだ運び屋同様、比較的動きやすい仕事というわけだ。
「お2方もお好きな方を選択していただいて良いのですが、明日のこともありますし、本日のところは宿舎で泊まることをお勧めします」
「じゃあ……宿舎にするか?」
「はい。そうしましょう」
行動開始1日目。
未だディーヴァと素の会話をできないながらも、ライルたちは着実に目的達成へと近付いて行くのであった。