43話 入城
ライルたちはその後もしばらく会話を続け、彼らは以下の通りに「設定」をまとめた。
一、ライルとモンシュは血の繋がらない姉妹であり、共に人間族。
一、10年前に不慮の事故で互いに両親を亡くし、以降、一緒に暮らして来た。
一、旅の仲間の前では、過去に深入りされないようモンシュはライルのことを「さん」付けで呼ぶ。
急ごしらえの偽装関係を頭の中で反芻しながら、2人は城門まで辿り着く。
「止まれ」
南西門同様、門の両脇には門番の兵士が立っており、ライルたちをいったん制止した。
「男は城内立ち入り禁止だ」
片方の門番がライルをじろりと睨み、もう片方もモンシュを一瞥してからライルに厳しい視線を向ける。
が、既にこの関門は突破したも同然。
ライルは先ほどの紙切れを懐から出した。
「俺は女だぞ。ほら、通行証もある」
「何……?」
「あ、僕のもどうぞ」
紙切れを2人から受け取り、門番たちはそれらをまじまじと見つめる。
見慣れた筆跡とインクの色。
確かに、審査所から発行されているもののようだった。
「疑わしいなら審査所の人に聞いて来てくれ。ちゃんと『確認』もしてもらった」
「ふむ……」
加えてライルの堂々とした態度に門番らは疑心を引っ込め、おもむろに紙切れを上にかざす。
と、日光で紙が透けて、紙面に特徴的な紋様が浮かび上がった。
「本物のようだな」
門番らは頷き合い、ライルとモンシュに道を空ける。
そしてもう一度、紙切れに視線を落としてそこに書かれている文に目を通した。
「雇用希望者か。では門を通ったのち真っ直ぐ進み、正面から入れ。それからすぐ、誰でもいいから使用人に声をかけること。働きたい旨を伝えれば対応してもらえる」
「わかった、ありがとう」
2人の門番が傍らにある装置の取っ手を力いっぱい回すと、重々しい音と共に門が開き始める。
「わかっていると思うが、この城は魔女様の住居だ。くれぐれも無礼の無いように」
ほどなく門を開ききって、最後に片方の門番がそう言った。
ライルたちはしかと頷き、意を決して門をくぐる。
まず彼らの目に飛び込んで来たのは花々で溢れた庭、そしてそれを貫く1本の道。
青々とした芝生を下敷きに、行儀よく並べ植えられた木々や手入れの行き届いた花壇がある。
道は一直線に建物の入り口まで続いており、その入り口にもまた門番が居るのが見えた。
城門から入って来た者とそうでない者を、一目で判別するための造りらしい。
ライルたちが門前までやって来ると、2人の門番がうやうやしく頭を下げた。
既に「城内」だからだろう、今度はどちらも女性であり、武装もしていない。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
2人も見様見真似で頭を下げる。
門番たちはそれに対して何も感じた素振りも無く、機械的に門の扉に手をかけた。
「ようこそ、ローズ公国城へ」
「どうぞお入りください」
息の合った動きで彼女らは扉を開く。
「城門から真っ直ぐに入って来たのだから大丈夫」ということなのだろう、ライルを制止することはおろか、疑いの眼差しを向けることすらしなかった。
城内に入るとやはりというべきか、豪華絢爛なホールがライルたちを出迎えた。
装飾から建築素材から、惜しみなく金をつぎ込んで造ったであろうことが窺える。
しかしホールには肝心の人がおらず、冷ややかな空気だけが沈殿しているようだった。
今の時間帯はここには使用人たちが居ないのか、あるいは偶然か、いずれにせよライルたちにとっては少々不都合だ。
「いないな、誰も」
「はい……。どうしましょう、探したいところですがあまり勝手に動き回るのも」
そこまで言ったところで、モンシュは「あ」と声を漏らした。
「誰か来ました」
ライルは彼の視線が向く方に目をやる。
すると、ホールの左手、別の場所に繋がるであろう通路から、メイド服に身を包んだ長身の女性が歩いて来るところだった。
女性は黄金色の長髪をさらりと下ろし、横髪だけ編んで小さな輪を作るようにまとめている。
さらに片眼鏡を着けた上品な出で立ちは、彼女が使用人の中でも高い立場にあることを暗示していた。
「よし、あの人にしよう」
「はい!」
ホールを半ば横切って奥の扉へ向かおうとする女性を、ライルたちは小走りで追いかける。
「すみませーん!」
メイド服の女性は駆け寄って来る2人に気付き、足を止めて振り返った。
穏やかな笑みを湛え、彼女は僅かに首を傾げる。
「おや、こんにちは。見ない顔ですが何の御用で?」
「えーと、はじめまして。俺たち公国民になったばっかの元旅人で、城で働かせてほしいんだ。どうすればいい?」
やや急くようなライルの言葉にも、ペースを乱されることなく女性は口を開いた。
「失礼ですが、お名前と年齢を聞いてもよろしいでしょうか」
「俺はライル、18歳だ」
「モンシュです。15歳です」
2人の返答を聞いて、女性はにっこりと笑う。
「登録情報と齟齬はありませんね」
「えっ」
どこかにあるであろう書類と照らし合わせるまでもなく、即座に「齟齬無し」と判断した女性にライルたちは思わず声を上げた。
彼女はその反応を見てくすりと笑い、続ける。
「私の頭には、公国民の登録情報が全て入っております。無論、本日付けで公国民となったあなた方のものも」
「す、すごいな!」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。記憶力には自信があるのです。……では、早速ご案内いたしますね。ついて来てください」
もしかすると面倒な手続きをひとつ省略できたのでは、と内心ライルはガッツポーズをした。
自分たちの任務は城で働きつつ、カアラを手伝うこと。
雇われるまでの段階は早ければ早いほど良い。
女性はしゃんと背筋を伸ばし、軽やかな足取りでライルたちと歩き出した。
来た道、つまりホール向かって左に進み、枝分かれした通路を迷い無く先導する。
何度目かの角を曲がったところで、窓拭きをしているメイドが数人、視界に入った。
足音に気付いた彼女らはパッとライルたちの方を向き、作業の手を止め通路の端に整列する。
何だ何だとライルとモンシュが見ていると、メイドたちは3人が近くまで来たところで揃って頭を下げた。
「お疲れ様です、ディーヴァさん!」
彼女らの言葉に、ライルとモンシュはバッと顔を見合わせる。
「ディーヴァ」、このメイドたちは確かに今、そう言った。
診療所でのカアラの台詞が2人の脳裏に蘇る。
――もし断られそうになっても、その場で少し粘れば『ディーヴァ』という人物が来ます。
――その方も私たちの味方ですから、十中八九、仕事に就くことができます。
「こんにちは。仕事は滞り無く進んでいますか」
「はいっ」
「宜しい。困り事があったらいつでも相談するのですよ」
「ありがとうございます!」
メイドたちと女性、改めディーヴァのやり取りは部下と上司のそれだ。
ライルたちの想像通り、ディーヴァは位の高い使用人のようだった。
「この分なら時間には余裕がありそうですね……。すみません、どなたかこれを2階の記録室まで運んでいただけますか? 持ち場を離れている理由を尋ねられたら、ディーヴァに頼まれたと言えば大丈夫です」
「なら私がやります!」
「助かります。では、よろしくお願いしますね」
ディーヴァは名乗り出たメイドに手元の紙束を託し、ライルたちの方に向き直る。
「さ、行きましょう」
片眼鏡の奥の瞳が、キラリと光ったようであった。