41話 作戦会議
「彼は信頼できる仲間です。皆さんと行動を共にすることは少ないでしょうが、覚えておいてください」
「どうぞよしなに」
カアラとサンガは各々テーブルに着き、ライルたちも続いて腰を下ろす。
診療所内には衝立で区切られた所がいくつかあり、いま彼らがいるのは受付、あるいは相談スペースといったところか。
部屋の隅には、宿屋でカアラが灯したような小さな火の玉が浮かんでいる。
これも外部に会話が聞こえないようにするためのものなのだろう。
咳ばらいをひとつして、カアラは話を始める。
「行動を起こすにあたって、まずは公国の状況を知っていただきます。ライルさん、役場で貰った冊子を軽く読んでみてください」
「わかった」
ライルは言葉に従い、『簡易法規集』の適当な箇所を開いた。
細かい字がびっしりと並んだページはかなり読みづらくなっていたが、指で文字をなぞりつつ彼は内容を読み上げる。
「『刑罰法』……『第1条 本法律はすべてのローズ公国民に適用されるものである』……『第9条 暴力を振るう、毒を用いるなどして他者を殺害した者は、いかなる理由があってのことでも、その両親、兄弟、子ども、祖父母共々茨の鞭で100度打ったのち首を括って死刑とする』」
「家族まで死刑になんのか? 随分と厳しいな。オレでも変だってわかるぜ」
フゲンは口をへの字に曲げ、不信感を隠そうともせず言った。
ライルもまた、「だよな」と違和感に首を傾げる。
世界に存在する大方の法律は頭に入っているが、ここまで処罰が厳しいものは滅多に無いし、あってもごく限られた罪に対してだけだ。
「他は……『第35条 盗みをはたらいた者は、それが未遂であったとしても罪に問われ、その両親、兄弟……』これもさっきと同じ罰だな」
「魔女の作った法は全てそのような調子です。細かい部分は違えど、ほとんどの罪に対する罰が死刑です」
「滅茶苦茶じゃねえか!」
有り得ない事実を告げられ、ライルは目を丸くする。
対してカアラは神妙な顔で、重々しく頷いた。
「そう、滅茶苦茶なのです。それらはエトラル公国時代の法を元にしているため、社会規範に従っていれば良いのですが」
そして身を乗り出し、ライルの持つ『簡易法規集』のページをぱらぱらとめくる。
「一番の問題はこの法律です」
後ろ3分の1ほどのところで手を止め、指で指し示したのは『魔女法』という項目。
カアラは身を戻し、『魔女法』の条文を諳んじ始めた。
「『第1条 魔女は神に選ばれた聖なる者であるからして、本法律以外の、いかなる法律も適用されない』。『第2条 強大な力を持つ魔女は、ローズ公国を統治する責任を負う。これに対し公国民は、統治される者として、魔女にすべての権利を委ねなければならない』」
ライルたち4人は彼女の声を聞きながら、その通りの文章が書かれているのを確認する。
一字一句違わず暗記しているのも驚きだが、彼らはそれよりも条文の内容に呆れ返った。
「初っ端から酷いわね。魔女に都合が良いように作られてるのが見え見えだわ」
「こんな無理がまかり通る……通ってしまうんですね、この国では……」
魔女がどれだけ道理に反した法を作ろうと、どれだけ暴虐の限りを尽くそうと、公国民に逆らう手段は無い。
文字通り、魔女に対抗し得るだけの力が無いのである。
「毎月収入の2割を『魔女税』として納めること、農作物の栽培は必要最低限にして魔女への献上品の製作に努めること……他にも『魔女法』では様々なことが定められています」
「で、法を犯したら家族ごと死刑ってわけか。なんつーか、国民全員が魔女の召使いにされてるみてえだな」
「正に」
カアラは肯定する。
彼女の隣で静かに話を聞くサンガも、眉を下げながら首肯していた。
「あなたたちが歓迎されたのも、『魔女法』が関わっています。『第38条1項 本公国に旅人が来た場合、これを歓待し公国民にすることができた地区は、以降1年間、魔女税の徴収を1割に免除する』。また次の項では、歓待する間に限って食物などの資源を無制限に使える、としています」
「そっか、それであれだけ盛大な宴会ができたんだな」
ローズ公国に来てからの3日間を思い返し、ライルは納得する。
初日の宴会しかり随分と景気の良い歓迎っぷりだったが、彼らは笑顔の下で必死だったのだろう。
場の全員が宴会に参加していたのも、普段不自由している分、腹いっぱい飲み食いをしたかったが故なのかもしれない。
飢えとは無縁の生活を送って来たライルだが、彼らの苦しみは容易に想像することができた。
「町の様子が一気に変わったのは、歓待の期間が終わって品々が回収されたからですか?」
「はい。旅人が役場に再び赴く日になれば、魔女が貸し出していた全ての資源を没収します。手続き……魔女の監視準備が完了し、もう逃げられる心配が無いからですね」
と、そこでライルはふと根本的な疑問を思い付く。
「ていうか、なんでこんな法律が認められてるんだ? 公国の定める法律は全部、地上国の議会に提出して認可貰わないといけないだろ?」
そう、ローズ公国はあくまでも「公国」。
「地上国の中の自治国家」という位置付けだ。
こと地上国は他の国に比べて抱える公国が多いため、その分、各公国に対しやや厳しめの制約を設けている。
法律を作る際に云々、というのもそのひとつである。
加えて年に数回、地上国から監査員が来訪することになっているはず。
相手が魔女の統治する国なら魔法による隠蔽への対策もされているだろうし、公国の惨状を隠し通すのは至難の業だ。
至極尤もな質問をするライルに、しかしカアラは申し訳なさそうに首を横に振った。
「魔女がどんな手を使っているのか、残念ながら具体的にはわかっていません。ですがこれだけは確実です。この国に、外部からの助けは来ない」
だから、と彼女は続ける。
「私たちが、公国に住む私たちが何とかしなくてはならないのです」
真摯、という言葉がよく似合うだろう。
おそらくは成熟し切らない少女の身でありながら、逃げることなく誤魔化すことなく、カアラはしかと使命を背負っていた。
ライルたちは顔を見合わせ、頷く。
彼女らに協力し、必ずやこの国を救おうと、互いに決意を新たにした。
「それで、カアラ。俺たちはここからどう動けば良い?」
「このまま城に向かい、ライルさんとモンシュさんは下働きとして雇ってもらうよう交渉してください。もし断られそうになっても、その場で少し粘れば『ディーヴァ』という人物が来ます。その方も私たちの味方ですから、十中八九、仕事に就くことができます」
「オレらは」
「私が居住区まで案内します。そうですね、『調整』が上手く行ったため運び屋はその地区にはありません。ですので、その職に就きたい旨を伝えれば一番近い……すなわち、昨日言ったティオラの町の運び屋で働けるようになるはずです。後は現地の仲間と合流、彼らと連携して森の魔女と接触してください」
そこまで言い終えると、カアラは席を立つ。
「私たちの目的は魔女を打倒し、国を取り戻すこと。皆さんにはその下準備を手伝ってもらいます。――さあ、行きましょう」