40話 見え始める真実
「おはようございます、旅人さんたち」
翌朝、謎の女性改めカアラは何食わぬ顔で、再びライルたちの居る部屋にやって来た。
「町の人から聞きました。お城で働きたい方がいらっしゃるのですよね」
他人行儀に、昨夜のことなどまるで無かったかのように話すカアラ。
4人は「そういう体」であるのだとすぐさま理解し、言外に話を合わせることを確認し合う。
「ああ」
ライルが素直に頷くと、カアラは満足そうに笑った。
「でしたらちょうどお城で働いている私が、案内と紹介を務めます。身支度ができましたら一緒に役場に向かって、それからお城まで行きましょう」
「悪いな。ありがとう」
「いえいえ。あ、そうだ私だけまだ名乗っていませんでしたね。私のことはララ、とお呼びください」
名前も偽っているのか、とライルは少々驚くが、それも必要なことに違いないと納得しておく。
自分たちは偽名を使わなくて良いのか、とも頭を過ったが、まあ元より余所者なのだから構わないのだろう。
ライルたちは手早く身支度を済ませ、カアラについて部屋を後にする。
昨日、一昨日と世話を焼いてくれた宿の主人がいないことに引っ掛かりを覚えつつ、彼らは外へ出た。
すると。
「え……」
そこに広がっていたのは、信じられない光景だった。
あれだけ様々な商店があり、人も多く賑やかだった通り。
しかし今、立ち並ぶ店にはほとんど品物が無く、営業していないように見える店すらある。
建物を飾っていた花々すら、最初から無かったかのように失せていた。
道行く人も1人2人と数えられるほどしかおらず、変わらず機嫌の良さそうな彼らの表情が却って不気味だ。
華やかな町はどこへやら、眼前の通りはまるで廃墟のようになっていた。
「何これ、どうなってるの?」
「盗賊、なわけねえよな。騒ぎがあったらオレらも気付くはずだ」
「なんだか……怖い、ですね」
「いけませんよ、皆さん」
騒然とする一行に、カアラが言う。
声の調子は変わらぬようでいて、その実、怒りが滲んでいた。
「魔女様の御触れ、聞いていませんか?」
「! まさか」
あれか、とライルは思い出す。
ローズ公国に足を踏み入れた初日、居酒屋で人々が声を揃えて言っていた言葉。
『いつも笑顔で、楽しく過ごすこと』。
あの時はただ、緩い「御触れ」だなと思っていた。
だがもしかすると、あれは緩くなどない、人々の感情表現を規制する「御触れ」だったのでは?
ライルは固唾を呑み込む。
強張る肩を、カアラが優しく叩いた。
「笑ってください、旅人さんたち。魔女様は民の明るく、幸せな顔をお望みです」
「……魔女サマっていうのは、随分と良い性格をしているのね」
苦虫を嚙み潰したような顔でカシャは吐き捨てる。
気に食わないが、今は大人しくするしかない。
そんな自分への苛立ちも含まれているようだった。
「さ、役場に向かいましょう」
カアラはすたすたと歩き出し、ライルたちも彼女に続く。
ほどなくして到着した役場では、3日前と同じ役人が待っていた。
「旅人さんたち、どうぞこちらへ」
ライルたちを視界に入れるや否や、彼は4人を席に座らせる。
表情は、やはり笑顔。
しかしながら、先日より幾分か強張っているようであった。
役人は分厚い帳面を出し、後ろの方のページを開いて見せる。
「本日より、あなたたちは正式なローズ公国の市民です。魔女様の許可無く、国から出たり、仕事以外で居住区を離れたりすることは許されません。名前と年齢さえわかっていれば、魔女様はいつでもあなたたちを視ることができます」
彼の口から飛び出すのは、有り得ない、と言って差し支えない制約と情報。
それでもライルたちは、あくまで黙って話を聞く。
「――また当然のことながら、魔女様の定めた法律は絶対です。こちらの冊子に目を通し、決して法を犯すことのないようお気を付けください」
一方的に喋り続けた役人は、最後に冊子をひとつ、ライルたちに手渡した。
表紙には『ローズ公国 簡易法規集』とあり、なるほど法律が記してあるに違いない。
「説明は以上になります。本日中に指定の居住区へ移動してください」
「わかった。色々世話してくれて、ありがとう」
ライルが笑顔でそう言うと、役人は少し泣きそうな顔をした。
「行きましょう、皆さん」
カアラに促され、一行は再び通りに出る。
風景はすっかり閑散としてしまっているが、整備された道だけは健在だ。
ライルたちはなだらかな地面を踏みしめながら、城へと歩みを進める。
「あっ」
と、不意にカアラが小さく声を上げ、つんのめってその場に崩れ落ちた。
「大丈夫か!?」
ライルは慌ててカアラに駆け寄る。
彼女はしゃがみ込み、右の足首をさすっていた。
「すみません、足を捻ってしまったようです。お城に行く前に少し休憩をしても良いでしょうか」
「捻挫でしょうか……? その、詳しくはないんですけど、念のため手当てをしておいた方が良いと思います」
「そうだな、どこかで診てもらおう! 放置して悪化したら大変だ。ほら、掴まれ」
「ありがとうございます……。そこの路地に入って少し行ったところに診療所がありますので、そこまでお願いします」
ライルはカアラに肩を貸しつつ、彼女の言った通りの道を進む。
しばらくよたよたと歩いて行くと、突き当りにそれらしき建物が現れた。
「ここです」
フゲンに扉を開けてもらい、ライルはカアラと共に診療所内へと足を踏み入れる。
「誰もいないな。治療師を呼んでくるから、ちょっと待ってて――」
ライルがカアラを椅子に座らせようとした瞬間。
彼女は支えであった彼から離れ、普通に歩いてテーブルの向こう側に回った。
「よし、では現状の説明と昨夜に引き続いての指示をします。そう長くは居られないので詰め込んでお話ししますね」
あまりにも軽やかな足取りに、ライルは目を奪われる。
どう見ても、足を痛めた者の動きではない。
「え? あれ、足……ん?」
「足? 別に何ともありませんよ。自然にここに入るための演技です」
事もなげに言うカアラ。
一拍置いて、「あ」と気付く。
「……もしかして、真に受けてました?」
「うん!」
ライルは羞恥を誤魔化すように、勢いよく頷いた。
「はは、だと思った」
「言えよ!」
「言ったら意味ねえだろ」
「そうだけど! ……そうだな!」
「ま、まあそれくらい、ライルさんが良い人だってことじゃないですか」
「そうね。純粋なのは良いことだわ」
「ありがとう!」
どうやら演技だと気付いていなかったのは自分だけだったらしい。
半ばヤケクソになりながら、ライルは一応褒めてくれた仲間に礼を言った。
「えっと……なんと言うか、すみません。騙すつもりじゃなかったんです」
「いや、気にしないでくれ。怪我したわけじゃないんなら良かった。それで、ここは?」
そそくさとライルが話題を変えると、申し訳なさそうな顔をしていたカアラも切り替えて口を開く。
「反魔女派の者たちの隠れ家です。と言っても、表向きはただの診療所ですが。サンガ、いますか」
彼女が奥に向かって呼びかけると、トタトタと初老の男性がやって来た。
黒髪と白髪の混じった彼は、ライルたちを見ても驚くことなく、落ち着いた様子で会釈する。
「初めまして、サンガです。ここで治療師をしながら、反魔女派の1人としてカアラさんと共に活動をしております」
穏やかな笑みをたたえた彼の目、その深い底には、カアラと同じ怒りの炎が灯っていた。