39話 旅人と抵抗者
翌日、すなわち謎の女性との約束の日。
初日と同じ宿屋の、同じ部屋にて、ライルたちは彼女を待っていた。
既に日は沈み、月明かりが窓から差し込んでいる。
ひゅるりひゅるりと風の音がいやに耳をくすぐる中、コンコン、と扉を叩く音が転がり込んだ。
4人の視線が一斉にそちらを向く。
「こんばんは、旅人さんたち。差し入れを持って来ました」
「ありがとう。入ってくれ」
聞えて来た女性の声に、ライルは待っていましたとばかりに返事をした。
扉が開き、また部屋の隅に火が灯る。
「どうも、2日振りですね」
予想に違わず、入って来たのは相変わらずフードとマントで身を隠した女性。
彼女は口元に笑みをたたえ、また後ろ手に扉を閉めた。
「さて……。どうでしたか、この2日間は」
軽く部屋の中を見回したのち、女性はさっそく話を始める。
「色々知れた、けどわからないことだらけだ」
ライルはかぶりを振って返答した。
「役場には行きましたか?」
「ああ。お前に言われた通り、この国に住む手続きをした」
「それは重畳」
女性はゆっくりと頷く。
それからマントの下にしまっていた右手を出し、ライルの前に差し伸べた。
「では私に協力してくれるのですね」
「いや」
奥のベッドに腰かけていたフゲンが口を挟む。
「その前によ、はっきり話してくれ。なんでオレらは歓迎されるんだ? 魔女は良い奴なのか? 悪い奴なのか? お前のことは信じたいけど、そこがわかんないんじゃ協力はできねえ」
毅然とした態度で言い放つ彼に、女性はしばし黙り込んだ。
静かな室内に彼女が深呼吸をする音が、かすかに響く。
「申し訳ありません。さすがに情報が少なすぎましたね。……それでは、まず結論からお答えしましょう」
彼女は差し出した右手をしまい、再び語り始めた。
「魔女は『悪』です。そしてあなたたちが歓迎されるのは、何のことはありません、『資源』が増えるからです」
「『資源』?」
カシャが怪訝な顔で聞き返す。
国の労働力という意味、にしては微妙にズレた表現だ。
違和感を抱いたのは彼女だけではなく、ライルたちも不思議そうに首を傾げた。
「順を追って説明しましょう。事の始まりは80年前、この国がまだエトラル公国という名だった頃です。当時、国にいた魔女は2人。その一方が『赤の魔女』ローズでした」
ライルは女性の話を聴くのと並行して、自分の知識を漁る。
人間の寿命はだいたい80年。
とすると、魔女ローズはかなり高齢であり、普通に考えればじきに老衰で死ぬ運命にある。
それでも目の前の女性が、おそらく「反魔女」として活動しているのは、魔女が寿命を引き伸ばす術を持っているからだろう。
否、もしくは……もしくは……。
何か他にもあったはず、と必死に思い出そうとするも、記憶の引き出しは開かない。
ライルはひとまず探求を諦め、再び女性の話に耳を傾けた。
「寒い冬の日のことです。ローズは1人の使い魔と共に、突如として国に反旗を翻しました。時のエトラル公は魔女の凶行を止めようと兵士たちを立ち向かわせましたが、結果は惨敗。エトラル公とその一家も惨殺されてしまったのです」
「たった2人に、公国ひとつが?」
信じられない、といったふうに聞くカシャに、女性は重々しく頷く。
「ローズはもう一方の魔女をも殺し、支配者の座につきました。屈強な兵士も、同じ魔女でさえも敵わなかった奴に歯向かえる者などいません。民衆は恐れおののき、以降、ローズの悪逆非道を耐え忍ぶことしかできなくなりました」
以上がおおまかな経緯となります、と女性は話をいったん締めくくった。
ライルは黙ったまま、先ほどから密かに発動させていた魔法を引っ込める。
「やっぱり、魔女さんは圧制を敷いているんですね」
「はい」
「でもこの2日間見た限りでは、暮らしに不自由している様子は無かったわ。この区域だけ優遇されてるの?」
「それは……明日になればわかります。おそらく見た方が早いので、ここでの説明は省いておきますね」
それより、と女性は続ける。
「どうです? 私に協力してもらえますか?」
「する」
「早っ!?」
食い気味に返答したライルに、女性は思わず素っ頓狂な声を出す。
「……失礼。私が言うのも何ですが、皆さんで吟味しなくてよろしいので?」
「ああ。事前に決めてたからな」
「と言うと」
ライルは手のひらを彼女に向け、そこに魔力を少し表出させて見せた。
「お前の話の真偽を俺の魔法で確かめて、本当なら協力するってことにしてたんだ。勝手に人の心を覗くのは気が引けるけど、情報が錯綜しすぎてもう魔法に頼るしかないなって」
女性はそれを聞き、軽く数度、首を縦に振る。
「悪い、やっぱやり方が下品だったか?」
「いいえ。的確な手段です」
至極穏やかな声で言って、彼女は深々とお辞儀をした。
「……ありがとうございます。これでまた1歩、前進することができます」
僅かに震える言葉尻に垣間見えるのは、確かな憤怒、そして決意。
己は断固として闘う。
彼女からは、そんな意志がひしひしと伝わって来るようであった。
「ではこれからの動きについてお話ししましょう。就く仕事はもう決めましたか?」
「おう。オレとこのカシャが配達屋、そっちのライルとモンシュが城の下働きだ」
「なるほど、良い選択――え?」
頷きかけ、女性は留まる。
「すみません、ライルさんというのは?」
「俺だ。で、こっちがモンシュ」
「……モンシュさんはともかく、ライルさんは男ですよね? 城は男子禁制って聞いてないんですか?」
「大丈夫、モンシュも男だ」
「何が大丈夫なんです?」
答えになっていない答えに女性は若干の苛立ちを見せた。
妥当な反応である。
「仕方ないだろ、城には入りたいけどモンシュを1人で行かせるわけにはいかないんだから」
「いや……だからといって……ええ……?」
額を押さえる女性。
言葉に出して強くは言えないのだろうが、「協力者を選び間違えたかもしれない」と顔に書いてあった。
「まあまあ。モンシュは見ての通り、女子顔負けの可愛さだ。俺も女装すれば何とかなるだろうし、とっておきの秘策もある」
「はあ……」
女性は溜め息を吐き、気を取り直して口を開く。
「まあ、いいでしょう。信用には信用を返します。ではライルさんとモンシュさんはそのように。城には私と、もう1人協力者がいますから、都度指示に従って行動してもらえると助かります」
「魔女に対抗しようとしてるのって、お前だけじゃないのか?」
「ええ。国中に散らばる仲間たち、私含めて計58人がいます」
ライルはそうだったのか、と思うと同時に、それもそうか、と納得した。
兵士たちも別の魔女も破れたローズにたった1人で立ち向かうのは、さすがに無謀がすぎる。
謀略で戦力の差を埋めるにしても、それなりの数が揃っていなければ勝算は低いだろう。
「ともあれ、あなたたちが城で働き始めたらこちらから接触します。それまでは自然に、ただの一般人として振舞っていてください」
「わかった」
「はい!」
「そして残りのお二方」
女性はフゲンとカシャの方を見る。
「あなた方には、森の魔女に会いに行ってもらいます」
「森の……ってーと、まだ若い奴か」
「そうです。運び屋でしたら、ティオラの町に配属してもらえるよう頼んでください。そこが最も東の森に近いですので。細かい指示は明日出します」
「おう、ティオラの町、な」
「わかったわ」
特に反発されることなく、方針を伝えられた女性は安堵したように小さく息を吐いた。
「今晩はここまでにしましょう。朝になったらまた来ます。……では、最後に」
女性はおもむろにフードを脱ぎ、灯りの下に素顔を晒す。
肩の上で整えられた明るい茶髪に、鮮やかな紫色の瞳。
声や口調から醸される雰囲気に反して幼さの残る顔つきは、女性というより少女のそれであった。
「私の名前はカアラ。これからどうぞよろしくお願いします、勇気ある旅人さんたち」