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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第1章 萌芽:春来たるが如く
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3話 結成

「追うぞ!」


 慌てて裏口に駆け寄り扉を開け放つライルと、後に続くフゲン。


 外を見ると、一本道の向こうの方で走り去る男がいた。

 まだ視認できる距離ではあるが、突き当りの角を曲がられたらその先は複雑な路地だ。


「クソがッ」


 見失う前にと走り出そうとするフゲンを、しかしライルが手で制止する。


「射程圏内だ」


 彼は言って、不敵に笑うと槍を構えた。

 先ほどとは違い、しかと刃を前に向けた投擲の構えだ。


 一体何のつもりだ、とフゲンは訝しげな視線を送る。


 ここから槍を投げて突き当りまで到達させるのは至難の技。

 屈強な兵士や手練れの戦士ならまだしも、この青年は見るからに普通の人間だ。


 大体、槍が上手く届いたところで、その頃にはもう男は角を曲がってしまっているだろう。


 だがライルは至極冷静な視線で、遠くの男を捉える。


天命槍術(てんめいそうじゅつ)


 呟くような、それでいて力のこもった声。


 空気がひりつく。


 パリ、と槍に電流が走った、ように見えた。


「《雷霆》!」


 雷鳴のごとき轟音と共に、槍が打ち出される。

 一拍、遅れて風が吹く。


 かと思えば、次の瞬間には突き当りの壁が粉々に砕けていた。


 壁だったものが崩れ、転がる音が辺りに反響する。

 土煙はもうもうと立ち込め、あっと言う間に周囲の景色を覆い隠した。


 一部始終を真横で見ていたフゲンは、目を丸くしてライルを見る。

 彼らからは見えないものの、店員たちと少女も同じ反応をしていた。


 ライルはその視線を疑念と解釈し、来るであろう質問に先んじて答えを出す。


「安心しろ、当ててはいないからな! 俺には人殺しなんてできないし」


 ほら、とぶち壊した壁の方を指し示すライル。

 土煙が晴れつつあるそこでは、男が倒れているのが確認できた。


「回収しに行くぞ」


「……おう」


 物言いたげなフゲンの顔に気付いているのかいないのか、ライルは軽い足取りで裏口から出て行く。

 残された面々はその背中を呆然と見送りながら、やはり「違和感というには不快さに欠ける何か」を覚えていた。



* * *



 今度こそ暴漢を縛り上げたライルたちは、後のことを店員たちに丸投げして場を後にした。


 てくてくと町を、憲兵の詰所とは反対方向に歩く2人の間に沈黙が流れる。


 ライルは自分の隣にいる青年について考えていた。


 ――不思議な人間だ。

 出会いという名の衝突事故からまだごく僅かな時間しか経っていないのに、もう共闘も喧嘩も仲直りも経験してしまった。


 馬が合う。

 波長が合う。

 相性が良い。


 知っている言葉をぽこぽこと思い浮かべて、自分たちは「それ」かもしれないと推測する。


 ともすると、この青年のもつ性質は自分の求めるところに合致するのではないか。


 思考を巡らせては、ライルは自分の中の希望が確信に変わっていくのを感じた。


 一方でフゲンの方も、自分の隣にいる青年について考えていた。


 ――おかしな奴だ。

 さっき会ったばかりなのに、妙な親しみを覚える。

 まるで、以前からの友だちのような。


 度胸があり、ノリも良い。

 でも変なところで真面目。

 それでいて戦闘能力には目を見張るものがある。


 先ほどまでのことをアレコレと振り返って、自分がこの青年に好感を持っていることを改めて認識する。


 もしかしたら、この青年が自分の求めていた人物なのかもしれない。


 思考を巡らせては、フゲンは己の抱く期待が徐々に膨らんでいくのを感じた。


 夕方は過ぎ去り、町は夜の幕に覆われていた。

 立ち並ぶ街灯によってつくられる2人の影が、地面の上で伸び縮みする。


「なあ」


 どのくらい経っただろうか、先に口を開いたのはライルだった。


「お前……『箱庭』に興味は無いか?」


 フゲンはそれを聞き、立ち止まって少し考え、にやりと笑って答える。


「ある」


 試すような視線。

 さあ言ってみろ、と挑発するような表情だ。


「じゃあ」


 小さく息を吸い、ライルは次の言葉を放つ。


「俺と冒険団を組んでくれ」


 街灯の火が瞬くように揺れる。

 フゲンはガバリと勢いよくライルの肩に腕を回した。


「いいぜ!」


 心底嬉しそうに言うフゲン。

 気に入った、と顔に書いてあるようだった。


「よかった。断られたらどうしようかと」


 申し出を受け入れられたライルはほっと息を吐く。

 フゲンはそんな彼を見て、けらけらと笑った。


「ハハ、よく言うぜ。オレが断らねえってわかってたろ?」


「そういうお前も、俺から言い出すのを待ってただろ」


 ささやかな山場を乗り越えた2人は、体をくっつけたまま愉快そうに小突き合う。

 その様子はさながら旧友が再会を喜び合っているようであった。


「オレさ」


 ひとしきりじゃれあった後。

 フゲンは不意に声のトーンを落として言った。


「妹がいたんだ」


 ぴくりとライルの肩が揺れる。

 腕は彼の肩に回したまま、フゲンは重心を自分の方に戻す。


「でも死んじまった。その日は朝から喧嘩して……ほんと、くだらないことで喧嘩してさ。オレはそのまま仕事に行ったんだが……帰ってきたら家ごと燃えてなくなってた」


 淡々とした声だった。

 深い悲しみも強い怒りも無く、ただ凪いだ後悔だけが僅かに滲んでいた。


「だからオレ、『箱庭』にいる神サマには『ちょっとだけ妹と話させてください』って言うつもりなんだ。そんで妹に謝って、兄ちゃんはお前が大好きだぜって伝える」


「…………」


「……急にこんな話して悪いな。でもお前とはこれから一緒に『箱庭』を目指すわけだから、願いくらい共有しとこうかと」


 フゲンは声の調子を戻して、しかしライルの方を見てぎょっとする。


 先刻までじゃれ合っていた青年が、なんとダバダバと滝のように涙を流して泣いているではないか!


「え、なん、何? どうした? てかその量ヤバくねえか脱水になるぞ?」


 決して軽い気持ちで自分の思いを語ったわけではないが、さすがにここまで号泣されるとは、とフゲンは困惑する。

 他人の身の上話を聞いて、ここまで本気で泣くなんて人が好すぎないか。


 というか本当に涙の量が尋常じゃない。

 この有り様を見れば、「泣く」ってこんな感じだっけ? と誰もが首を傾げるだろう。


「気にしないでくれ、俺ちょっと涙もろいんだ」


「お、おう……後でちゃんと水分とっとけよ」


 後から後から溢れる涙を、ライルは上着の袖で拭う。

 しかし量が量なので袖はすぐにびしょびしょに濡れ、変色して見るも無残なことになってしまった。


「あー、そうだ。名前決めねえとな」


 しばらくしてようやくライルの涙が止まると、フゲンはちらちらと様子を窺いつつ切り出した。


「名前?」


「冒険団の名前だよ」


 ライルの反応を見て、よしもう大丈夫だなとひっそり安堵し、話を続ける。


「別に無くても支障はねえけどよ、あった方が締まるだろ」


「お、確かにそうだな!」


 うんうんと頷き賛成するライルだったが、「でもなあ」と少し顔を曇らせる。


「俺、名付けは苦手なんだよな……お前に任せていいか?」


「おう、任せろ! スゲーのを考えてやる」


 命名権を託されたフゲンは張り切って頭を捻る。

 この青年は今年で18になるが、こういうのはいくつになっても心躍ることのようだ。


 ややあって、「あ」とフゲンは顔を上げる。

 どうやら案が出たらしい。


「雷霆……雷霆冒険団、はどうだ?」


 イイのを思い付いた! と言わんばかりの表情。

 反して、ライルは目を丸くする。


「雷霆って」


「ああ。さっきお前が使った技だ」


「なんであれを冒険団の名前にするんだ?」


「そりゃオレたちにピッタリだからだよ。誰にも邪魔なんてできないような力と速さで、目標に向かって一直線! 『箱庭』を目指す意気込みを表すには丁度だろ」


 フゲンはとん、と拳をライルの胸に当てて言う。


「なるほど、そういうことか。うん、いいな、『雷霆』!」


「だろ?」


「それに神様の落とす『雷霆』を名乗った俺たちが神様のところまで行くってのも、なんかロマンがあるもんな」


「あ? 雷霆って神サマが落とすモンなのか?」


「聖典にそう書いてなかったっけ」


「聖典とか開いたこともねえわ……。お前ちゃんと勉強してて偉いな」


「よせやい」


 予想外のタイミングで褒められ、ライルはくすくすと笑う。

 次いで、少し目を伏せて口元に手をやった。


 しかし彼はすぐ表情を元に戻し、代わりに右手を差し出す。


「ともあれ、これからよろしくな」


 ライルの仕草に何かを垣間見そうになったフゲンだったが、彼が次の行動に移ったことによりその思考は霧散した。


 フゲンは一瞬の違和感を捨て置き、差し出された手に素直な心持ちで応える。


「おう、よろしく!」


 固く握手をする2人。

 かくして、波乱の旅は幕を開けたのであった。


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