35話 不審な歓待
ライルたちは改めて、南西門に向かって足を進める。
徐々に近付く門には、両脇に番らしき兵士たちが立っているのが見えた。
「止まれ、何者だ」
一行が目前までやって来ると彼らは槍を突き出し、見知らぬ者どもを制止する。
「俺たちは旅人だ。この国に、人探しをしに来た」
端的な問いに、ライルは正直に返した。
ローズ公国が余所者に対してどのような態度をとるのかは、全く予想がつかない。
ならば小細工をして事をややこしくするよりも、堂々としていた方が良いだろう……と考えてのことだった。
さて吉と出るか凶と出るか。
緊張を隠しながら、ライルたちは相手の出方を窺う。
「そうか、旅人か」
兵士たちは頷き合い、それから眉間の皺と槍を引っ込めてにこりと笑顔を作った。
「ようこそ、ローズ公国へ」
「この国のすばらしさを、存分に満喫して行ってくれ」
そう言って、彼らは門を開ける。
どうやら怪しまれることは無かったようだ。
「ありがとう」
ライルたちは兵士たちの間を通って、そのまま門をくぐる。
全員が通り過ぎたところで門は再び閉ざされ、兵士たちの姿も見えなくなった。
ひとまず第一関門は突破できたとライルは胸を撫で下ろすが、同時に疑念が生まれる。
「あいつら、私たちが旅人だとわかった途端に好意的になったわね」
ライルが感じていた違和感を、先にカシャが口にした。
そう、先ほど門番の兵士たちが態度を変えたのは、「旅人」という単語を聞いてのことだ。
国の門を守る者ならば、旅人などという身元も目的も不確かな者、警戒するのが普通である。
ところが彼らはライルたちを警戒するどころか、特別に歓迎するような言動をとった。
良いことにしろ悪いことにしろ、「何か」があると考えるのが自然だろう。
「それによ」
フゲンが口をへの字に曲げ、門から続く通りを見やる。
「これのどこが『素晴らしい』んってんだ?」
通りには多くの商店や民家が建ち並んでおり、道も歩きやすく整備されていた。
そこだけ見れば、「とても栄えている街」といった印象だ。
しかし街自体の様子とは裏腹に、辺りには人っ子ひとりいなかった。
肉や野菜の並んだ店にも、花で飾り立てられた建物にも、なだらかで歩きやすい道にも。
どこにも人影は見当たらず、声や足音すらも聞こえてこなかった。
「不気味、ですね……。上空から人がいないか見てみましょうか?」
「いや、今は目立つことはしない方が良い」
ライルは遠くにそびえる、見るからに支配者の居住地であろう城に視線を向ける。
魔人族の上位互換、強大な力を持つという魔女。
魔女たる「ローズ」が圧制を敷いているというのなら、不審な動きをする者に対し武力を行使してくる可能性が高い。
あくまで無知無力を装っているのが、今のところは最善だ。
「じゃ、まずはフツーに歩き回るか」
「そうだな。くれぐれも警戒を――」
ライルが言いかけた、その時。
突如として、ガランガランという鐘の音が辺りに響き渡った。
「何だ!?」
ライルは咄嗟に上を見る。
と、見張り台のような建築物に設置された鐘が、せわしなく揺れていた。
だがそこにも人はおらず、鐘はひとりでに鳴っているようだった。
異様な光景にたじろぎながらも、ライルたちは臨戦態勢をとる。
まさかここで敵襲か。
死角を作らぬよう背中を合わせて警戒していると、鐘の音を聞いてであろう、そこら中の建物から人が出てきた。
その数は10や20では足りないほど。
これだけの人数を捌きつつ門まで後退するか、いやこの状況で門を開けてもらえるわけがない。
「モンシュ、飛べるか?」
「はい!」
ライルの問いかけに、モンシュは力強く頷く。
「よし。ならひとまず応戦、隙を見て離脱しよう」
「正当防衛だな!」
やたら嬉しそうなフゲンはさておき、ライルとカシャは武器を構えた。
建物から出て来た大勢の視線がライルたちに向く。
完全に、視認された。
もはや戦わずして逃れる道は無い。
いざ開戦――と、思いきや。
「おお! 旅人さんだ!」
一番ライルたちに近い位置にいた初老の男性が、パッと顔を輝かせた。
「まあ本当!」
「ようこそローズ公国へ!」
「旅人さんが来るのは久々だなあ。5ヵ月ぶりくらいか?」
「もう、そんなことはどうでもいいでしょ。まずは彼らをおもてなししなきゃ」
「小さな子もいるわ。きっとお疲れでしょう」
かと思えば、彼に続いて他の人々も口々に歓迎の意を示し始めるではないか。
ライルたちはすっかり面食い、武器を構えた姿勢のまま思考も体も固まってしまった。
「遠路はるばる、よくお越しくださった」
さらに歩み寄って来た初老の男性に話しかけられ、我に返ったライルたちは、戸惑いながらもゆっくりと警戒を解く。
それを見て男性は満足そうに、にっこりと笑った。
「ささ、こちらへどうぞ」
どこかに案内するつもりらしい彼を前に、一行は顔を突き合わせて小声で会議をする。
「ど、どうしますか?」
「信用……していいのかしら」
「ヤバそうだったら、全員殴り倒して逃げればいいだろ」
「毒とか盛られたらどうするのよ」
「じゃあ食事を出されたら俺が毒味する。耐性あるからたぶん大丈夫だ」
「ライルさん、何かと耐性が付きすぎでは……?」
ローズ公国の状況が兼ねてより聞いていた話と違うと判明したと思ったのに、これでは先ほど会った男性の話とも違う。
誰かが嘘をついているのか、どこかで勘違いがあったのか、いずれにせよいずれかの情報は誤っている。
けれどもそれを判断する材料は、無い。
「うーん……」
ライルはちらちらと人々の方を見ながら唸る。
見た限り言動からは好意しか感じられないが、疑わしさは拭えない。
けれども偽にしろ真にしろ、彼らから何かしらの情報を引き出せはするだろう。
「足踏みするよりは……進んでみるか」
捻り出した答えにフゲンたちは頷く。
虎穴に入らずんば、である。
腹を括り、ライルは男性の方に向き直る。
「えーと、歓待どうもありがとう。お言葉に甘えて、ついて行かせてもらうよ」
* * *
ライルたちが連れて行かれたのは、通りの傍にある大きな居酒屋だった。
主人はぞろぞろと入って来た群衆に驚いたようだったが、ライルたちの姿を見、男性から説明を受けるとすぐに上機嫌になり、厨房へと慌ただしげに入って行った。
ライルたちは中央の席に座らされ、一緒に来た者たちも各々好きな席へと着く。
いったい何が始まるのかとそわそわしていると、ほどなくして運ばれてきたのは山ほどの料理。
主人が下働きと共に調理しては次から次へと持って来たそれらは、あっと言う間に広い店内のテーブルを全て埋め尽くすほどになった。
「さあ旅人さん、好きなだけ食べておくれ」
「ここの主人は魔法を上手く使って料理をするんだ。美味いし早いし、見事なもんだぞ」
「良かったら後で、調理場を見せてさしあげますぜ」
あれやこれやと賑やかに喋る人々に囲まれ、ライルはぎこちなく笑顔をつくる。
「じゃあ、遠慮なく。いただきます」
言って、さっきフゲンたちと話した通り毒味をするべく、先陣を切って目の前の大皿に盛られた料理に手をつけた。
「…………」
特におかしな味も、体内で変化が起こる感覚も無い。
ライルはフゲンたちに「これは大丈夫だ」と目で合図をした。
「ようし、旅人さんたちに乾杯! ってことで、俺たちもいただこう!」
「おー!」
若い男性の掛け声で、店内は輪をかけて騒がしくなる。
が、ライルは並んだ料理を味わうこともせず、それとは気づかれないよう黙々と毒味に徹するのであった。