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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第2章 新生:悪を断ち斬る刃
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34話 話が違う

 それからライルたちは進路について相談し、迂回を選択することにした。

 上空を通り過ぎる案も検討されたが、良からぬ者に攻撃でもされたら()()だ。


 いくらライルたちが強くとも、モンシュの「上」に乗っている状態では、「下」からの攻撃を防ぐのは難しい。

 というわけで、安全第一との方針で一致したのであった。


「お、見えた。あれが南西門だな」


 町を出て移動すること3日。

 竜態のモンシュの背に揺られながら、ライルは遠方に目的地である公国の門があるのを認める。


 ローズ公国は周りをぐるりと壁に囲まれた国だ。

 壁には八方位のうち北と西を除く箇所に門があり、今回、雷霆冒険団が入り口に選んだのが南西門だった。


「人里は無し、林を通る道が1本」


 眼下に広がる景色を言語化し、口に出して確認するライル。

 ここまで来たなら、そしてこの様子なら道に迷う心配は無かろうと判断し、モンシュに声をかける。


「よし、そろそろ降りよう」


「わかりました!」


 元気の良い返事と共に、モンシュはゆるやかに下降を始めた。

 ほどなく林を超えた辺りに着地し、3人を降ろして人間態に戻る。


「もうひと踏ん張りね」


 カシャは座りっぱなしで固まった体をほぐしながら、遠くの門を見据えた。


 天気は変わらず晴れ、空を見渡しても怪しい雲は無い。

 驚くほどに順調だ。


「じゃ、行くか。モンシュ」


 その場にしゃがみ、フゲンはモンシュに背中を向ける。


「え、どうしたんですか?」


「長いこと飛んで疲れたろ。ここから先はオレがお前の足になる」


「いえいえ、そんな!」


「ん」


 モンシュが断ろうとするも、彼は後ろに回した手をちょいちょいと動かし、自分に乗るよう促す。

 有無は言わせないようだ。


「……ほ、本当に良いんですか……?」


「良いっつったら良いんだよ。ていうかさっきまではお前がオレらを乗せてたんだから、これくらい遠慮すんな」


 ほら早く、と急かされ、モンシュはおずおずと彼の背に抱きつく姿勢をとった。


 こうして一行は、ローズ公国へと続く道を歩き出した。


 目的の南西門は見えてはいるものの、それは道が平坦で遮蔽物が無いからにすぎず、実際の距離はかなりある。


 さすがに日が落ちるまでには着くだろうが、代わり映えのしない風景に早々に飽きた彼らは誰からともなく会話を始めた。


「――で、まずは情報収集から始めなきゃだよな」


「そうですね。人の所在となると、まず訪ねるべきは役所でしょうか」


「魔女ってそんなに数いねえんだろ? 意外とその辺の奴でも知ってるかもな」


「役所を探すか直接探すか、どちらにせよまずは聞き込みね」


 と、そんな具合で喋っていると、前方から3つの人影――男性、女性、そして男性に抱えられた赤子――が歩いて来るのが見えた。


 この道は分岐が無く、先に見える門へと続く一本道。

 彼らはローズ公国から来たと考えて良いだろう。


「丁度いい、あの人たちに聞こう」


 ライルは手を振り、おそらく家族であろう3人組にこちらの存在をアピールする。

 そうして表情が見えるくらいまで近くに来たところで、駆け足で距離を詰めた。


「ちょっといいか」


 努めてにこやかに声をかけるライル。

 しかし父親と思しき男性は見知らぬ青年に警戒の色を示し、子を抱く腕の力を強めた。


 まあ当然と言えば当然だろう。

 何せライルとカシャは武装しているし、フゲンはチンピラ然とした雰囲気を醸している。


 子どもと妻を連れた男性が警戒対象と判断するのも納得だ。


「大丈夫です、怪しい者ではありません」


 だがあらぬ誤解で会話を拒否されては困る。

 そうなる前にと、モンシュはフゲンの背から降りて弁明した。


 男性は青年に隠れて見えなかった子どもの姿を認め、少々戸惑いながらも警戒を解く。


「何の用だ?」


「俺たち、今からローズ公国に行って人を探すんだ。それで、魔女とその親戚がどの辺りに住んでるのか知ってたら教えてほしいんだけど」


 ライルが詳細は省きつつそう説明すると、しかし男性は顔をしかめた。

 少しの沈黙を挟み、彼は答える。


「悪いことは言わない。あそこに行くのはやめておけ」


 見ると、男性だけでなく後方の女性も神妙な顔をしていた。

 なぜそんなことを言うのか、怪訝な視線を送るライルたちに彼は続ける。


「……お前たちは、あの国の名前も知らないんだろう。だからそんなことが言える」


「知ってるよ。さっきも言っただろ、ローズ公国って」


 合ってるよな? とライルは同意を求め、フゲンたちは各々頷く。

 けれども男性は重苦しく溜め息を吐いて首を横に振った。


「いいや、違う。あの国はそんな馬鹿げた名前ではない。……では、なかったんだ」


 何やら意味深な言い方である。

 腕の中の赤子をあやすように撫でながらも、その指先は僅かに震えていた。


「今、あの国を支配しているのは貴族ではない。1人の魔女だ。80年前に国を乗っ取った、恐ろしい魔女……名は『ローズ』」


 ライルたちは顔を見合わせる。

 ローズ公国の「ローズ」とは、どうやら支配者たる魔女の名だったらしい。


「あそこは地獄だ。一度足を踏み入れたが最後、一生あの魔女に囚われ続けることになる」


 質問の隙を与えないまま、男性は恐れと怒りの混じった声で続ける。


「悪いがこれ以上、話をしてはやれない。私たちは何年も計画を練って、やっとのことで脱出して来たんだ。お前たちがどうしても行くというのなら止めないが……後悔の無いようにな」


 最後にそれだけ言い残すと、彼は女性と共に去って行った。


 あまりの情報量に、一行は彼らの後ろ姿をしばらく呆然と見つめる。

 彼らに話しかけた当初の目的すら、遥か彼方に飛んで行ってしまっていた。


「ど、どういうことだ?」


 ややあってライルは我に返り、改めて困惑を表す。


 支配者が貴族ではなく魔女、住人をして「地獄」と言わしめる状況、そして昔は国の名前が違ったらしいこと。

 どれもこれも、聞いていた話とまるで違う。


「ええと……とりあえず考えられるのは、やっぱり情報統制でしょうか……」


「そうね。女王が圧制を敷いていて、でもそれを外部に知られたくないから隠してるってとこかしら」


 カシャは非道を隠蔽していたイシュヌ村のことを思い出し、余計に眉間の皺を深くする。


「にしても異常じゃねえか? 国内の様子はともかく、国の歴史とか統治者の情報とかまで捏造されてるなんてよ」


「それだけローズって魔女が強大な力を持ってるんだろ。さっきの話からして脱出も容易じゃないんだろうし、人も情報も徹底的に支配されてるんだ」


 諸々の前提がひっくり返され、ライルたちは戸惑いを隠せない。

 そんなに酷い状態なら、人探しなどとてもできないという可能性もある。


 行くか行くまいか迷っているうちに、にわかに空が陰ってきた。

 さっきまで曇る気配なんてなかったのに、とライルは内心溜め息を吐く。


「どうする? 今なら引き返せるわよ」


「いや、行こう」


 言ってから、ライルはハッとした。

 全くの無意識下で、つるりと言葉が滑り出したことに気付く。


 仲間の意見も聞かぬままに……と慌てて撤回しようとするが、それより早くフゲンが口を開いた。


「わかった。じゃ、そうしよう」


「異議なしです」


「満場一致ね」


 さらにモンシュとカシャも続いて同意を示す。

 とんとん拍子が過ぎる展開に、思わずライルは「えっ」と声を漏らした。


「どうした、行かねえのか」


「い、行く。行くけど……良いのか? どう考えても危険に首突っ込むことになるんだぞ?」


 ライルに心配そうに言われたフゲンは、少しムッとした表情をする。


「オレが危険を怖がるように見えるか?」


「全然」


「それで十分だろ」


 言って、フゲンは不敵に口角を上げた。


 ライルはモンシュとカシャの方に視線を向ける。


「僕も故郷を出た時から、どんな危険も承知の上です」


「公国の人たちが苦しんでるなら、放ってはおけないわ」


 さっぱりと言い切る2人。

 その目に迷いは、一粒たりとも無い。


「……いい奴だな、お前ら」


 ライルは彼らを見くびっていた自分を恥じ、少し困ったように笑って、呟いた。


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