33話 次なる目的地へ
「ローズ公国?」
「ああ。色々相談したんだが、次の目的地はそこにしようってことになった」
清々しい晴天。
綿のような雲がゆっくりと流れる空の下、宿屋の前にてライル、フゲン、モンシュ、カシャの4人は集まっていた。
イシュヌ村の一件から2日が経ち、宣言通りカシャは仕事の引き継ぎを済ませてライルたちと合流した。
これで正式に雷霆冒険団の仲間入り。
さて目的地は決まったのかとカシャが尋ねたところ、ライルが口にしたのは右の通りの国の名だった。
「私あの国のことよく知らないんだけど、何か手がかりがありそうなの?」
「いや、特に何も情報は無い。あったらラッキー、くらいだ」
「? じゃあどうして」
カシャは首を傾げる。
彼らが考え無しに行動する人間ではないとわかっているだけに、その意図が汲み取れなかった。
「フゲンから聞いたんだけど、ローズ公国は魔女の国らしいんだ」
「ええ、それは知ってるわ。魔女はあの国でしか生まれないのよね」
彼女はいつ、誰からともなく聞いた話を思い返す。
ローズ公国と魔女の特異性は、少なくとも地上国では一般常識レベルに周知されていることだ。
ややこしいことだが、魔女は魔女やその子孫から生まれるのではなく、突然変異的に誕生する。
そのため理論上は、どの国どの場所で生まれてもおかしくないはず。
ところが実際は右の通り、というわけである。
しかしなぜまた……と、そこでカシャはライルの言わんとすることに気付いた。
「ユガちゃんのこと?」
ライルは首肯する。
「そうそう、もしかしたら親戚がいるんじゃないかって。ほら、ユガは施設に預けてもらうけど、一生施設で暮らすわけにもいかないだろ?」
「まあ、そうね」
「だから今のうちに、施設を出た時に頼れる大人を見つけてやりたいんだ」
力説する彼に、カシャは少し考える。
頼りにできる大人、という点では自分も一応は当てはまるだろう。
住む家もあるし、仕事も辞めはしたものの新たに職を見つけることは難しくない。
というか、町長に冒険が終わったら復帰してくれていいと言われている。
ユガを養えるだけの条件は揃っていると言えるだろう。
しかし、だ。
『箱庭』探しの冒険はいつ終わるかわからない。
数年で済むかもしれないし、はたまた何十年とかかるかもしれないのだ。
故に、彼女が施設から出るまでに拠り所を用意できる保証は無い。
彼女さえ望めば共に旅をするのもやぶさかでないが、まあ選択肢は多い方が良かろう。
「うん、良い案だと思うわ」
諸々の思考の結論として、カシャは頷く。
「じゃあ早速、出発するか!」
「任せてください! たくさん休んだので、いっぱい飛べますよ」
待ってましたとばかりに、モンシュは笑顔で胸を叩いた。
地上国の建物は羽ばたきで巻き起こる強風により破損してしまう可能性があるため、一行は町の外れの開けた場所まで移動する。
それからモンシュは周囲を確認していつものように竜態に変じ、3人を乗せてゆっくりと飛び立った。
さほど速度が出ていないこともあってか、一行の間を吹き抜けていく風は柔らかい。
広大な大地を見渡せば、遠くの山脈が青白く霞んでいるのが見える。
腕と背をぐっと伸ばして、ライルは気持ちの良い空気を吸い込んだ。
後ろではフゲンが背を向けて座り、前ではカシャが竜の翼や鱗を興味津々に見ている。
「竜態って凄く綺麗なのね。初めて見たけれど、想像以上だわ」
目を輝かせて褒めるカシャに、モンシュは「恐縮です」と返す。
彼女の視界の外で、竜の尻尾が照れくさそうにうねった。
「天竜族が地上国にあまりいないのが惜しいわね」
「いたとしても、天上国以外ではあまり竜態にはなりませんからね」
モンシュは首をちょっと後ろに向けて、そう補足する。
「竜の体は寒さに弱いから、だったかしら?」
「それもありますが、地上国には『雪』や『雷』があるでしょう? あれが一番の理由です」
「天上国には無いの?」
「はい。天上国は1年を通して穏やかな気候をしています。風災だけは、別ですけど」
故郷のことを思い出し、やや憂いを帯びた声で彼は言った。
天上国は、言い表すならば「空に浮かぶ群島」だ。
ある一定の高度を流れる暖かい特殊な風・「天上風」に乗って、帯のように世界をぐるりと1周している。
その上下には雲があるのだが、天上国周辺に発生する雲は雨を降らせるだけで、雷や雪を呼ぶことは無い。
どういう仕組みでそうなっているかは判明いていないが、おそらく天上風が要因だろうと見られている。
「実際に地上国に行く人は少ないけれど、知識としてはみんな知っています。なにせ命にかかわることですから。もし何も知らず不用意に地上国で竜態になって、『雷』に打たれたり『雪』に襲われたりしたらと思うと……」
ざわりと、鱗が僅かに波立つ。
恐ろしい想像をして鳥肌が立ったらしい。
鱗をなだめるように撫でながら、カシャは「ああ」と納得する。
「だからフゲンが後ろを見てるのね」
「おう。雲が怪しくなってきたらすぐ伝えるから、安心してくれ」
フゲンは目線を変えないまま、親指を立てて応えた。
「この天気が続くなら、休み休み行ってもローズ公国までは5日かからないだろうな」
進行方向を眺めてライルが言う。
「ただ問題は国の近辺に辿り着いてから、だな。周辺の地帯を迂回するか、飛んで通り過ぎるか……」
「ん? 何の話だ?」
「え?」
反射的にライルはフゲンの方を見た。
何の話、とはいったい何のことだろうか。
フゲンもまた上半身を捻って彼の方を向き、両者は見つめ合う。
その頭の上には疑問符が乗っかっており、「意思疎通ができていない」とだけ理解した2人は同時に首を傾げた。
「……ローズ公国の周りに何かあるのか?」
数秒の沈黙の後、フゲンが尋ねる。
「何かっていうか、ほら、あの辺り治安悪いだろ? 普通に町を通過するのは危ないかなって」
他に変わったところがあったろうか、もしやまた知識不足でおかしなことを言ってしまったのか、とライルは内心冷や汗をかいた。
が、フゲンの反応はというと。
「初耳」
「マジで!?」
ライルは素っ頓狂な声を上げる。
完全に予想外の展開だ。
「私も初めて聞いたわ」
「僕もです」
ついでにカシャとモンシュもそうらしい。
「え、あ……えーと、悪い! 隠してたとかじゃなくてだな、フゲンはローズ公国のこと知ってるんだから周りの地域のことも知ってるもんだと……」
「むしろこっちが聞きてえよ」
慌てふためくライルに、冗談めかしてフゲンは言った。
「国のこと知らなくて国周辺のこと知ってるとか、どんな知識の偏り方してんだ?」
「いやあ……はは……」
「まあまあ、早いうちにわかって良かったですよ。話が食い違ったままだと、無用な混乱が起こっていたかもしれませんし」
モンシュはそう言って、気まずそうに縮こまるライルをフォローする。
あちこち虫に食われているような己の知識に、ライルは少しだけ嫌気がさすのであった。