32話 強いひと
「まったく、人の魔道具まで勝手に持ち出しやがって。ほら早く返せシンフ、グスク」
少年はローブの下からクロスボウを、少女は矢筒を出し、ファストに手渡す。
イシュヌ村での狙撃は、これを用いて行っていたらしい。
というか彼のものだったのか、とライルは半ば哀れみを込めた視線を投げかける。
「石は」
「こっちだ」
赤い石をライルが投げ渡すと、ファストはますます呆れた顔をした。
「なんでお前さんたちが持ってるんだ……」
しかしそうは言いつつも、双子に疑心の眼差しを向けることは無い。
普通ならば敵への助力を疑うところだが、身内は信じるタチなのか、はたまたその余地すらない事情があるのか。
いずれにせよ、これまでの彼の言動から考えると意外な反応である。
「おい、矢はどうした?」
「使い切った」
「はァ!?」
さらりと言う少年・シンフに、ファストは声を荒げる。
「おま、どんだけ作るの苦労したと思ってんだ!」
「別に無駄遣いしたわけじゃないし」
「無駄遣いだろ!」
「じゃあ有効活用」
「お前さんなあ……」
「おにいさまがただしい」
言い争う2人に、ほとんど喋っていなかった少女・グスクが割り込んだ。
「かわいそうなこがいたもの。わたくしたちがたすけてあげなきゃ、いまごろわるいおとなたちにひどいめにあわされてたのよ。しっていたらきみだってたすけようとしたにちがいないわ、かわいそうなファスト」
さっきまでの寡黙ぶりは何だったのかと言いたくなるほど、彼女は立て板に水を流すように言葉を連ねる。
無表情で声色も凪いでいたが、おそらくその意図はファストへの反駁、もしくは嫌味だろう。
ファストは苦虫を嚙み潰したように顔を歪め、明らかに文句ありげな様子を見せながらも、結局言い返すことなく盛大に溜め息をついた。
「わかったわかった。お前さんたちが正しいってことにしておいてやる。だがひとつ訂正しろ、俺は損得勘定でしか人を助けない。どんなガキがいたのか知らないが、俺だったら絶対見捨ててるからな」
シンフとグスクの額を人差し指で1度ずつ小突き、ファストは踵を返す。
「さあ帰るぞ。ただでさえ俺はあのクソ女のせいで、遺跡でヘマをしたと思われてるんだ。これ以上、無駄な動きをして株を下げるわけにはいかない」
双子はそれ以上なにか言うことは無く、ちょこちょこと彼の後に続いた。
「ごきげんよう、雷霆冒険団。裁きの時を震えて待つと良い」
ファストは半身で振り返り、わざとらしく強調して言う。
そうしてどこからともなく飛んで来たカラスを肩に乗せて、双子と共に去って行った。
その背中を眺めながら、ライルは己の記憶を探り、彼が「雷霆冒険団」の名を知らないはずであることを確認する。
となると、今の台詞は「お前たちの情報は得ているぞ」という脅しであろう。
無論そんなものに怯えるタマではないが、ライルは目を付けられていること自体は留意しておくことにした。
「ねえ」
と、不意にカシャが声をかけた。
「もしこれから執行団と全面的に対立することになったら、あんたたちはどうするの?」
ライルたち3人は、顔を見合わせ即座に答える。
「戦う。よな?」
「もちろん」
「彼らが『箱庭』への道を阻むのであれば、致し方無いと思います」
さも当たり前かのように返す彼らを見、カシャは満足げに笑った。
それからひと呼吸おいて、切り出す。
「さっき言いかけてたことなんだけど。私もあんたたちの……雷霆冒険団の仲間に入れてくれないかしら?」
「えっ」
ライルは予想外の言葉に、思わず間抜けな声を出した。
フゲンもモンシュも、まさに「意外」といった表情をしている。
「駄目?」
「いや……でもなんでまた急に?」
尋ねられ、カシャは少し考えてから口を開いた。
「私には越えなきゃいけない壁がある。それは自分の力で為すべきことである一方で、この数年間ほとんど進展が無い。だからいい加減、決着を付けたいの」
力強く、宣言をするように語る。
その瞳の奥では、轟々と炎が燃え盛っていた。
「私はあんたたちに同行して、『箱庭』に着くまでにこの壁を乗り越える。できなければそれまで、私は『箱庭』で決着を願い、弱虫の敗者として生きていくわ」
「俺たちを選んだのは」
ライルが言うと、カシャは「それわざわざ聞く?」と苦笑した。
「あんたたちが強いからよ。単純な力だけじゃなく、人間的な部分もね。つまり、あんたたちとなら私も強くなれそうってこと」
彼女は脳裏に、イシュヌ村でのライルの姿を思い浮かべる。
初めは時々、人を見下すようなところがあった彼。
しかしユガのために流した涙、あそこには上から目線の同情は無かった。
あの時、ライルは変わった。
彼は変われる人間、すなわちカシャの目標と合致する人間なのだ。
加えてフゲンは見かけによらず冷静なところがあり、モンシュは芯がしっかりしており己をよく理解している。
彼ら3人の持つものは、いずれもカシャが求める「強さ」であった。
「そっか。……うん、わかった」
そこまで言われれば断れまい。
ライルは彼女の言葉を咀嚼したのち、にこりと笑って頷いた。
「フゲン、モンシュ、良いよな?」
「おう!」
「はい!」
もちろん2人も快諾する。
旅は道連れ世は情け、仲間が増えるのは喜ばしいことだ。
尤も、件の秘密を抱えるライルにとっては嬉しいだけではなかったが、それでも彼はカシャの参入を歓迎した。
難しい事情を脇に置けば、彼女のような好ましい人間が仲間になってくれるのは良いことだ、と。
「ありがとう。それじゃ、これからよろしくね」
「ああ、よろしく!」
ライルとカシャは固く握手をする。
「そうだ、重ねてちょっとお願い。用心棒の仕事をやめるとなると後任に引継ぎをしないといけないから、2日だけ時間をくれない?」
「わかった。次の行き先でも決めながら待ってるよ」
「ごめんね。あ、宿はここを真っ直ぐ行って3つ目の曲がり角にあるから。北の方にもあるけど、そっちの方が安いわ」
最後にアドバイスを言い残して、カシャは役場へと戻って行った。
彼女を見送り、ライルたちは言われた通りの方向に歩き出す。
光がつくる3人分の影が、街灯の傍を過ぎるたびに伸びたり縮んだりした。
ライルはさっき握手をした時の、手の温度を思い返す。
彼女の手は暖かかった。
強く優しい、人間の手だった。
では自分はどうだったろう。
この手に人らしい温度はあっただろうか。
胸に浮かんだ少しの不安を、しかし彼は振り払う。
どちらでもいい。
冷たいならば、これから暖かく成れば良いのだ。
いつかその日が来た時に、自分は彼らの仲間だったと、心からそう思えるように。
――春来たるが如く、人の心が、数多の思惑が、ぽつりぽつりと芽吹きだす。
長い旅路は始まったばかり。
彼らの歩みが実を結ぶのは、まだまだ先のことである。