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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第1章 萌芽:春来たるが如く
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31話 別れのち遭遇

 その後、ライルとユガは、カシャに頼まれた通りフゲンたちを起こした。


 フゲン――眠らされる直前に共鳴石を鳴らした、つまり騒動がユガの仕業だと気付いている――は目覚めるや否やライルをユガから庇う体勢をとったが、事のいきさつを説明してやるとすんなりと警戒を解いた。


 曰く「最初からそう言ってくれれば、オレが村の奴らをぶん殴ってやったのに」。

 どうやら彼は復讐というものに造詣が浅いらしい。


 モンシュの方も知らされた事情に理解の色を示し、最後にユガが謝罪をするとこれを素直に受け入れた。


 と、そうこうしている間にカシャが憲兵たちと共に帰還。

 村人にかけた魔法をユガに解除してもらい、村のことはひとまず彼らに一任してライルたちはユガを連れて町へと戻った。


 役場に足を踏み入れると、先にカシャから話を聞いていた町長がライルたちを温かく迎えてくれた。

 まず町長により報酬――当初の話とはかなり異なるが、成果としては十二分だと彼は言った――が支払われ、一同は話を始める。


 村人への裁きは調査待ちとして、ユガの処遇については「事情と行いを鑑み、軽い監視も兼ねて施設に入れる」という結論に。

 本人も異を唱えることは無く、あとは憲兵に首を縦に振ってもらうだけとなった。


「では町長、ユガちゃんのことをお願いします」


「うむ、任せておけ。いやはや、イシュヌ村の者たちがそんなことをしていたとは……」


 深く溜め息を吐き、町長はかぶりを振る。


「交流を持ちながら気付けなかった私にも非がある。憲兵を説得し、この子は私が責任を持って信頼のおける施設に預けよう」


 これでひと安心だと胸を撫で下ろして、カシャはくるりとユガの方を向く。

 鞄から共鳴石を取り出すと、彼女の前にしゃがみ込んだ。


「もしもまた嫌な目に遭ったら、これで私を呼んで。どこにいても、いつでもすぐに駆けつけるわ」


 石をユガの手に握らせ、にこりと笑う。

 予備の分はこれで最後だったが、構わなかった。


 ユガは手の中の共鳴石をじっと見つめ、しばし沈黙する。

 それから石を胸に抱き、頭を下げた。


「皆さん、本当にごめんなさい。それと……ありがとうございます」


 再び顔を上げたユガの表情は、泣きそうでありながら、晴れやかであった。


 そうしてユガと別れ、ライルたちは役場の外へ出た。

 辺りはすっかり暗くなり、街灯と建物から漏れる光がぽつぽつと道を照らしている。


「今日のところは宿をとるか」


「そうですね。休める時には休んでおくのが良いと思います」


 また野宿が続く可能性があるし、懐に余裕ができた。

 モンシュの言う通り、この機会を見送ることはなかろう。

 2人の提案にライルは「賛成!」と首肯した。


「そういうわけで、俺たちもう行くよ。ありがとな、カシャ」


 二重の意味で世話になった彼女に礼を言い、そのまま踵を返す。

 が、カシャはライルたちが足を踏み出す前に口を開いた。


「あ、そのことなんだけど……」


 どうしても言わねばならないことがある。

 ひとつ、いやふたつだけ。

 一度逃せば二度とは訪れない「時」が、今ここにあると彼女は直感的に思っていた。


 彼らが振り向き、カシャは続きの言葉を発しようとする。


「愚かな子」


 しかしそれを遮るように、どこからか声が飛び込んだ。

 ライルたちは咄嗟に構え、周囲に視線を巡らせる。


「だから言ったんだ、眠らせるなんて回りくどい真似をせずに、直接殺した方が良いって」


 声の出所は建物と建物の間、細い路地。

 そこに佇んでいたのは幼い双子だった。


 一方は少年、一方は少女、黒いローブに身を包み、彼らは肩を並べて光の元へと歩み出る。


 年のころはモンシュより少し上くらいか。

 幼さと成長の兆しが体の線や顔付きに現れている。

 また背格好からして、彼らは双子のようだ。


 フードから覗く金髪と碧眼からは上品さが垣間見えるが、少年は顔の中央に、少女は左目に傷痕があり、剣呑な雰囲気が拭えない。


 だが最もライルたちの目を奪ったのは、彼らのローブに付されたマーク。

 見覚えのあるそれに、ライルは思わず声を上げた。


「執行団!?」


 一行に動揺と緊張が走る。


 執行団が警戒すべき団体であることは、全世界で周知の事実だ。

 「人前に姿を現わす」は「よからぬことを企んでいる」に等しい。


 それは例え子どもであってもそれは変わらない……外見や年齢はあてにならないと、彼らは学んだばかりだ。


 だが警戒心をあらわにするライルたちとは裏腹に、双子はすました顔をしている。

 やがて少年の方が、軽く息を吐いて口を開いた。


「争う気は無い。俺たちはただ、魔道具を返してもらいに来たんだ」


「魔道具……」


 呟き、フゲンは鞄の中の赤い石のことを思い出す。

 魔力を増幅させるあの魔道具を、彼はイシュヌ村を発つ時にユガから渡されていた。


「そうか、お前らがウワサの狙撃手か」


 事を察した彼の言葉に、双子は同時にこくりと頷いた。


「返してくれないなら、それなりの対応をさせてもらう」


 淡々と喋る少年と黙りっぱなしの少女に若干の不気味さを覚えつつも、フゲンはライルたちに意見を仰ぐ。


「どうする? 敵に渡しちゃ厄介だろ、これ」


「いや。素直に返しておこう。ここで争いを起こすのは得策じゃない」


 ちら、とライルは役場を見やる。

 フゲンはその視線の意味するところを理解し、石を彼に手渡した。


「ひとつだけ聞かせてくれ。お前たちはどうしてユガに手を貸したんだ?」


 石を片手にライルが問いかけると、双子は顔を見合わせてから答える。


「彼女は俺たちと同類だったから。それだけ」


 いったいどういう意味だ、とまたライルが問うより先に、反対側の路地から黒い影が飛び出して来た。


「やっと見つけた! クソガキ共、どこほっつき歩いてやがった、んだ……」


 影の主はライルたちを認識した途端、急速に言葉尻を減速させる。


 黒い目を驚愕に見開き、長い赤髪をやや乱したまま、絶句する長身痩躯の男性。


「あ、性格悪い奴」


 あまりにも見覚えのある彼……ファストの姿にフゲンは思わず指をさす。


「知り合いですか?」


「前に戦ったことがある奴だ」


 危ない奴だからちょっと下がってろ、とライルはモンシュを後ろにやり、フゲンと並んでファストと対峙した。


「なーんでお前さんたちがいるんだよ」


「それはこっちの台詞だ。また悪事を企んでるんじゃないだろうな」


 槍を構えて敵対心を表すライルを、ファストは鼻で笑う。


「悪事じゃなくてカミサマへの奉仕だよ」


 いっそ清々しいほどの虚言である。

 心にも思っていない言葉だと、初対面のモンシュやカシャですらもわかった。


 明らかに信仰心に欠ける台詞だが、しかし双子は彼を非難する素振りを見せない。

 遺跡で会ったファストの部下、ゼンゴと同じような感じなのだろう。


 だとしたら執行団としてはかなり問題だが、とライルはつい敵対組織を心配してしまう。


「まあ安心してくれ。俺はこの町自体に用があるわけじゃない」


 そんな彼の心情など知る由も無く、ファストは引き続き胡散臭い笑みを浮かべて言った。


「昨日から姿が見当たらない、どっかのガキ共を探しに来ただけだ」


「ガキじゃない」


 声を揃えて反論する双子を、ファストは「ガキだろ」と一蹴する。

 その様子に緊張感らしきものは皆無であり、何かを急いているようにも時間を稼いでいるようにも見えない。


 彼らの言う通り、本当に悪さをしに来たわけではないのだろうか。

 敵の言うことだから鵜呑みにはできないが、ライルはいったん槍を下ろすことにした。


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