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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第1章 萌芽:春来たるが如く
30/216

29話 大人

「しかし驚いたわね……」


 カシャは軽く溜め息を吐き、ユガの横にしゃがむ。


「ユガ、本当にあなたが?」


「……はい。私が村の人たちや、モンシュちゃんたちを眠らせました」


 言い逃れはできないと思ったのか、そもそもする気が失せたのか。

 いずれにせよ、観念したように少女は白状した。


 それから一瞬だけカシャの目を見て、すぐに逸らす。

 今のユガにとって彼女の視線は、耐え難いものだった。


「ライルさん」


 やや沈黙を挟み、今度はライルの方に少しだけ顔を向けて問う。


「『構えていれば、対処はそう難しいことじゃない』……あなたは、そう言いました。私が犯人だって、元から疑ってたんですか」


「まあな。最初から容疑者に数えてたのと、フゲンたちの件で疑念が強まったのと……まあ決め手はさっき言った通り、魔法を使われたことだけどな」


 言いながら、ライルは床に腰を下ろした。

 槍からも手を離し、右手に置く。


 事もなげに話すその様子にカシャは嘆息した。


「あんた、よくこんな小さな子を疑えたわね。皮肉じゃなく、本当に凄いわ」


 そう、カシャは無意識のうちにユガを容疑者から外していたのである。

 彼女だけでなく、フゲンもモンシュも、この幼い少女が元凶だとは毛ほども考えていなかった。


「無害そうな人でも嘘を吐くってこと、身をもって学習したからな。過去の経験を活かすのが人間だ」


 ある意味お前のおかげだな、とライルは笑う。


 彼が指す「経験」が自分と出会った時の一件だと、カシャはすぐに理解した。


 確かにあの時、親切そうな男を疑わなかったために、彼らは危うく騙され酷い目に遭うところだった。

 尤も、あれはカシャが助けに入る算段だったし、仮に彼女がいなくとも力技でなんとかなった可能性もあるが、それは別として。


「ちょっと複雑だけど、まあ役立ったなら良かったわ」


 カシャは苦笑する。

 と、そこへガチャリと扉の開く音が飛び込んだ。


 玄関の扉ではない。

 ライルとカシャは振り返る。


 開いたのが奥の部屋に繋がる扉で、そこには開けた張本人であろう初老の男性が立っていた。


「ユガ! やっぱりお前か! よくもやりやがったな!」


 男は随分いきり立っており、ユガを認めるや否や一も二も無く罵声を浴びせる。


 村人はみんな眠っているはずでは? と疑問に思い、ライルはひとまず男は放っておいてユガに尋ねた。


「もう魔法を解いてくれたのか?」


「い、いえ……」


「あー、じゃあ俺か」


 ライルの《晩鐘》は相手の体に衝撃を与え、動きを鈍らせる、あるいは封じる技。


 先ほどは極力弱めて使ったが、それでも小さなユガには十二分な効果があったのだろう。

 体の力が抜けた拍子に魔法が解けてしまった、といったところか。


 合点がいった、とライルが頷いていると、カシャが「ちょっとなに1人で納得してるのよ」と彼を小突く。

 それにライルが返答するより先に、男がまた口を開いた。


「見ない顔だな……さてはお前たちがユガを唆したのか!? ユガはイシュヌ村のものだ、絶対に渡さないぞ! 出て行け!」


 彼は大声で吐き散らししながら、ずんずんと近付いて来る。


「……うーん」


 ライルは怒り狂った男の様子をじっくりと見て。


「場所を変えるか」


 すっくと立ちあがり、ユガを抱えてさっさと玄関の扉から出て行った。


「え? あ、ちょっと!」


 慌ててカシャも後を追う。

 かなりの速度を出すライルに、しかし難なく追い付き、並走した。


 後ろから男の怒号が聞こえてくるのもお構いなし、ライルたちはどんどん先の家から離れて行く。


 ふと見ると道端の人々は眠ったままで、どうやら魔法が解けたのはさっきの男だけのようだった。


「よっと」


 しばらく行ったところで、ライルは槍を支柱代わりにして適当な家屋の屋根へと昇る。

 続いてカシャも軽く跳び、屋根のへりを掴んで上にあがった。


「よし、ここなら邪魔は来ないだろ。ユガ、そろそろ座れるくらいにはなったか?」


「は、い」


 ユガを慎重に座らせ、ライルとカシャはその両脇に腰を下ろす。


「じゃあ話してもらおう。なんでこんなことをしたのか、村人たちを眠らせて何をしようとしていたのか。あと残りの人たちの魔法も解いてほしいな」


「……嫌だって言ったら、どうしますか」


 俯いて、か細い声でユガは言った。

 膝の上にお行儀よく乗せられた手は、僅かに震えている。


「別に、どうもしない」


 反してライルは、あっけらかんと返した。


「町まで行って、魔法を解ける人を連れて来るだけだ。お前が思ってるような怖いことはしないよ。悩みを抱えた女の子を、さらに追い詰めるようなことはしたくないからな」


「え……」


 最後の言葉に、ユガはぱっと顔を上げる。

 どうしてそれを、と顔に書いてあるようだった。


「ん、やっぱり何か困り事があるんだな。まあこれだけのことをするんだから、何かしらあって当然だが」


 ライルは体を90度回転させ、彼女の方を向く。


「なあユガ、今なら俺とカシャしか聞いてない。この際ぜんぶ吐き出しちまえば良い」


「そうよ。他の人には秘密にしておきたいなら、私たちは絶対に喋らないって約束する。あなたがどんなことを言っても、怒ったり嫌いになったりしないわ」


 カシャも上体をユガに向け、そう語りかけた。

 言葉に違わず、怒りも嫌悪も無い声色で。


 自分の所業を知ってなお少しも態度を変えない2人を、ユガは交互に見る。

 同時に記憶の中の「大人」と彼らを比べ、悔恨のような、羨望のような感覚を覚えた。


「……あなたたちみたいな人が、いてくれたら……」


 ぽつりと呟き、深呼吸をひとつする。

 そして。


「わかりました。ぜんぶ、話します」


 ユガは語り始めた。



 ――私には、家族がいません。


 最初からいなかったんじゃなくて、前はお母さんがいました。


 私とお母さんは、4年前にこのイシュヌ村にやって来ました。

 私は覚えていないけど、その前は別の村にいて、その前にもまた別の村にいたそうです。


 なんであちこち移動するのか、お母さんは教えてくれませんでした。

 でも私は気にしていませんでした……だって、それが普通だと思っていたから。


 村に来て少しした後、お母さんが死にました。

 1人になった私に、村の人たちはお前を村で育てると言いました。


 正直、その時は嬉しかったです。

 お母さんが死んだのは悲しかったけど、優しい人たちで良かったって。


 それから私は村長さんの家で暮らし始めました。

 村長さんがいない時でも、他の人が私の面倒を見てくれました。


 毎日毎日、朝でも昼でも夜でも、誰かが私の傍にいたんです。

 ……いてくれたんだと、思っていました。


 けど、去年の秋のある日、私は聞いてしまいました。

 夜遅く、村長さんたちが家の外で話をしているのを。


 あの人たちは言っていました。

 「上手くやっているか」「ちゃんと見張っておけ」「心身共に逃さぬよう」


 私は彼らが何を言っているのか、呑み込めませんでした。

 何か嫌な感じだけはしていて、そのまま耳を澄ませて会話を聞いていました。


 そうしていたら、村長さんが言ったんです。


 「親を亡くした子どもほど、手駒にするに適したものは無い」

 「なにせ貴重な魔女の血筋だ。飼いならせば何より上等な武器になる」


 「やはり、()()()()()()()()()()()()()()()()


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