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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第1章 萌芽:春来たるが如く
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28話 犯人

 ライルは一瞬たじろぐも、しかし否定の語は口にせず、続く言葉を待った。


「私が姿を現わせば、相手は必ず仕掛けてくる。得物は矢だから相手の位置を掴みやすいわ。方向の見極めは私がやるから、あんたには反撃をしてほしいの」


「……お前自身は大丈夫なのか? 自己犠牲はお断りだぞ」


「安心して、伊達に用心棒を仕事にしてないわ。構えてさえいれば、対処はそう難しいことじゃない。さっきの攻撃も、魔法の限界か知らないけど当たる直前で『認識』できたから、なんとかなるはずよ」


 にこ、とカシャは笑う。

 真っ直ぐな瞳には驕りや侮りは無く、ただ確固とした自信のみが見て取れた。


「わかった。その作戦で行こう」


 ならば信頼で応えるのが筋というものだろう。

 そう考え、ライルは彼女の案に乗ることにした。


 しかし傍らで話を聞いていたユガの顔は、未だ晴れないどころかいっそう暗くなる。


「ごめんなさい、私のせいで……」


 本来無関係であったライルたちを巻き込んでしまったことに、少なからず罪悪感を覚えているらしい。

 彼女はうなだれ、服の裾を握り、蚊の鳴くような声で言った。


「謝らないで、ユガちゃん。あなたが悪いことなんてひとつも無いわ」


 カシャはユガの頭を優しく撫でる。

 幼い少女の不安を取り払うように。

 いつか自分がそうしてもらったように。


「何も心配はいらないわ。今から私とライルで犯人をやっつけるからね。そしたらみんな元通りになるはずよ」


 最後にぎゅっと小さな体を抱きしめ、カシャは立ち上がる。


「それじゃ、よろしくね」


「ああ。10数えたら出て行く」


「了解」


 ライルは槍を持ち直して、踵を返し外へ出て行く彼女を見送った。

 それからすぐに、ひとつ、ふたつ、と心の中で数を数え始める。


 シンと静まり返る室内。

 外からはカシャが宣言通り矢を対処しているのであろう、金属音がかすかに聞こえてくる。


 みっつ、よっつ……と、そこで不意に、ユガがライルの左手を引いた。


「……ごめんなさい」


 まだ割り切れないでいるのか。

 ライルは彼女を慰する言葉を発しようと、口を開く。


「ユガ――」


 しかし、彼女の名を呼んだところで。


「ごめんなさい……本当に」


 にわかにライルの体から力が抜ける。


 何か支えを、と近くの椅子に手を伸ばすも、彼は椅子もろとも大仰な音を立てて床に転げた。

 受け身もとらずに倒れたため、膝や肩をしたたかに打ち付ける。


 ユガは巻き添えにならないよう、寸前で彼からぱっと手を離した。


 かろうじて槍の柄に振れ、ぐったりとした様子で床に横たわりながら、彼女の手が魔力を帯びているのをライルはしかと感じる。

 だがそれについて何かを言うことはなく、間もなく彼は目を閉じた。


 部屋に響いたけたたましい音の余韻も、ほどなく消える。

 そうして、後にはライルの安らかな呼吸音だけが残った。


 ユガはライルを見下ろす。

 自分の中に残る魔力を量り、()()1()()()()()()()は足りそうだと安堵した。


 ――ごめんなさい。


 心の中で、もう一度ユガは謝る。

 ライルたちを自分の計画に巻き込んでしまったことを謝罪する。


 心優しい彼らを犠牲にするのは本意ではなかった。

 けれど事を成功させるには、もうなりふり構っていられない。


 ユガはそういう計画を行っていたのである。


 起き上がる気配の無いライルを横目に見て、彼女は扉へと向かった。

 「彼ら」と外で戦っているであろうカシャの元へ行くために。


「あと1人……」


 もう戻れないし、戻る気は無い。

 呟き、扉に手をかけた。


「――惜しい、まだ2人だぜ」


 耳に飛び込んで来た声に、ユガは驚いて振り返る。


 立っていたのは、ライル。

 先ほど魔法で眠らされたはずの青年だった。


 ユガは息を呑む。

 これは全く予想していなかった事態だ。


「ど、どうして……! 魔力はまだ……魔法、使ったのに……」


 わけがわからず、ユガは混乱し立ち尽くす。

 一方のライルは余裕そうに、倒れたとき服に付いた汚れをはたき落としていた。


「カシャも言ってたろ。構えていれば、対処はそう難しいことじゃない」


 肩をすくめ、笑う。

 嬉しいとか楽しいとか、あまりそういう顔ではなかった。


「悪いな、大人しくしててくれ」


 ライルは槍を持ち、ゆっくりとした足取りでユガに近付く。


「天命槍術、《晩鐘》・弱」


 こつん、と柄がユガの額に当てられた。

 途端に小さな体が弛緩し、彼女はその場にへたり込む。


 意識はハッキリしているが体はまるで動かない。

 いったい何をされてしまうのか、とユガは痛みに備えることもできずに怯える。


 だがライルが無抵抗の少女に危害を加えるわけもなく、ユガを適当な位置に横たえると、彼はそのまま外に出た。


「ライル!」


 家屋から1歩踏み出すや否や、カシャの声が飛んでくる。


「遅いじゃない、何かあったのかと思っちゃったわ!」


 彼女は少し離れたところで務めを果たしていたようで、剣を持ったままライルの元へとやって来た。


「ごめんごめん。でも朗報だ、眠りの魔法をかけてた奴の正体がわかった」


「本当!? っと」


 カシャは背後から飛来した矢を、後ろ手に剣で叩き切る。

 こうやって応戦していたのだろう、先ほどまで彼女がいた場所にも矢の残骸が散乱していた。


 彼女が切るギリギリまで、ライルには矢が認識できなかった。

 本当に当たる直前で、認識した瞬間に対応しているのだなとライルは密かに感心する。


「それはこの、いま攻撃してきてる狙撃手とは別?」


「ああ」


「複数犯だったのね。で、どんな奴だったの?」


「ユガだ」


「はあ!?」


 それまで冷静に話していたカシャが、素っ頓狂な声を出した。

 さもありなん、である。


「詳しいことは後で。カシャ、狙撃手の位置はわかったか?」


「え、ええ。今のはあっちから撃って来たわ」


「ありがとう。――狙撃してきてる奴! 聞こえるか!」


 ライルはそう呼びかけると、槍ではなく足元に落ちていた細い枝を拾って、カシャが示した方向に投擲した。

 枝は枝らしからぬ速さで、家屋の屋根を越えて飛んで行く。


「俺はユガを無力化した! あとお前の位置もカシャが特定できる! まだやるって言うなら、次は槍を投げるぞ!」


 しばしの沈黙の後、新たな矢が飛来し、しかしライルたちからは離れた地面に刺さった。

 全く見当はずれのそれに、カシャは剣を下ろす。


「わざと外したわね」


「わかってもらえたみたいだな」


 ライルは満足げに頷く。


 狙撃手もゆくゆくは捕まえなければならないが、今はそれよりやるべきことがある。

 ひとまず邪魔をさせないようにしておけば良い。


「寝てる人たちにも手を出すなよ! いいな!」


 そう付け加えて、ライルはカシャと共に家屋へ戻る。

 扉を開けると、変わらず床に横たわった状態のユガがいた。


「あんた、手荒なことはしてないでしょうね?」


「してないよ。ちょっと動けなくしただけだ」


「ならいいけど。……それで、どういうことなのか説明してくれる?」


 カシャはライルに尋ねる。

 ユガは2人の声を聞きながら、ただ口を閉ざし宙を見るばかりだ。


「カシャが出てって俺たち2人きりになったところで、ユガに眠りの魔法をかけられた。だからユガがみんなを眠らせた張本人だと確信したって感じ」


「え、あんた魔法食らったの?」


「うん」


「なんで効いてないのよ。それとも眠ってから何とかして起きたの?」


「あー、なんかこう、耐性がある……みたいな?」


 なによそれ、とカシャは呆れて言う。

 ライルははぐらかすように、曖昧に笑った。


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