27話 暗転する事態
「っ行くぞ!」
「ええ!」
共鳴石が鳴ったということは、フゲンたちに異変があったということ。
ライルとカシャはすぐさま駆け出す。
彼らと別れてから、ほんの少ししか時間が経っていない。
ならば自分たちがそうであるように、あちらもそう遠くまでは行っていないだろう。
先ほどの場所へと急ぐと、村の外、草原の方に複数の人影が見えた。
ライルは足を動かしながら目を凝らす。
人影の主はユガ、フゲン、モンシュ、だけ。
現在進行形で何者かに襲われているわけではなさそうだった。
しかし。
「あ……!」
走って来るライルたちに気付いたユガが振り返る。
その傍らにいるフゲンとモンシュは、地面に倒れ伏していた。
「ユガちゃん、大丈夫!?」
「は、はい、大丈夫です……私は」
ユガは声を震わせて言い、フゲンたちに視線を落とす。
彼らに外傷は無かったが、目は固く閉ざされ身じろぎひとつする気配も無い。
「フゲン! モンシュ!」
ライルは跪いて2人に呼び掛ける。
だがやはりというべきか、少しも反応は返って来なかった。
「駄目だ、起きない。村人たちと同じ状態になってる」
まずいな、と呟き彼は立ち上がる。
ユガの護送、村人たちの状態確認、眠りの原因究明……ただでさえ手が足りていないのに、予想外のところで戦力が失われてしまった。
「何があったの?」
あくまで穏やかに、カシャはユガに尋ねる。
「え、えっと……その……」
ユガはまだ混乱から覚め切らない様子だったが、深呼吸をして心を落ち着け、話し出した。
「モンシュちゃんが竜になったすぐ後に、黒い服の人が来て……何か、たぶん魔法を使って、どこかに逃げて行きました」
「ユガちゃんは何もされなかった?」
「はい」
頷くユガに、ひとまずカシャは「よかった」と胸を撫で下ろす。
由々しき事態ではあるものの、彼女が無事であったことは不幸中の幸いと言っていいだろう。
「ライル、魔力探知はできそう?」
「ああ、だけど……」
ライルは眠るフゲンの胸に手を当て、意識を集中させる。
が、ほどなくして手を離すと首を横に振った。
「魔力の痕が『在る』ことしかわからない。それもほんの僅かにだけ……悪い、混血の俺じゃこれが限界だ」
「いいえ、ありがとう。眠りの原因が魔法だと確定しただけでも、大きな収穫だわ」
カシャはライルの背中をぽんと叩く。
「とは言え、犯人の目的はまだ不明瞭だわ。フゲンたちを村の中に運んだら、私たちでユガちゃんを町まで連れて行きましょう」
「そうだな。時間はかかるけど――」
「だっ、ダメです!」
突然大きな声を出したユガに、ライルたちはびくりと肩を揺らす。
「さっき、黒い服の人が言ったんです。私が村から出たら眠ってるみんなを殺す、って。だから私は、町に行っちゃダメなんです!」
必死に声を張り上げて訴えるユガ。
その発言がはったりという可能性もあるが、こうも切羽詰まった様子で言われては「真」と仮定して動かざるを得ない。
カシャは少し考え、またユガと視線を合わせる。
「なら私が町長に向けて共鳴石を鳴らすわ。こっちから鳴らすことは滅多にないから、緊急事態だって察して人を寄越してくれるはずよ。ライル、いいわよね?」
「ああ」
それが最善だろう、とライルは首肯した。
来てくれた人がまた眠らされるということもあり得るが、要は大事が起きていることが町、もっと言えば国に伝われば良いのだ。
犯人の魔法は厄介だが、魔力は有限。
既にこれだけの人数を眠らせているのだから、残弾は僅かだろう。
これを上回る人数の応援さえ呼べれば、勝ち筋は十分にある。
「あと、問題は相手の狙いだ。フゲンとモンシュは邪魔者だから眠らされたとして、標的はユガなのかユガ以外の村人なのか」
「前者じゃないかしら? もし何らかの理由でユガちゃん以外の村人を殺すなりしたいなら、ユガちゃんを村に留まらせる理由が無いわ」
「んー、それもそうだな……。じゃあやっぱり俺たちはユガから離れない方が良いな」
ライルは頭をよぎった「カシャをユガと共に村に残し、自分が町へ行く」という案を却下する。
自分が眠らされない自信はあるが、その隙に2人を襲われては本末転倒だ。
「よし、じゃあとりあえず共鳴石を鳴らしてくれ。応援が来るまでの間、何としてでも俺とお前でユガを守ろう」
「わかった」
鞄から共鳴石を取り出して左手に持つと、カシャは石に向かってぐっと右手の人差し指を曲げる。
と、そこへ突如なにかが飛来し、彼女の右手を弾いた。
「痛っ!?」
意識外からの攻撃に思わずカシャは悲鳴を上げる。
勢いを失い、自らが砕いた共鳴石と共に地面に落ちたそれは、1本の矢だった。
「隠れるぞ!」
ライルはユガを抱え、カシャを連れて一番近くの家に駆け込む。
幸い扉には鍵がかかっておらず、扉を蹴破ることなく中に入ることができた。
「ユガ、怪我は無いな?」
槍を構えながら追撃が来ないことを確認し、ライルは問う。
「は、はい」
「カシャはどうだ?」
「私も平気。どうやらこれは、共鳴石を狙って放たれたみたいね」
言って、カシャは矢を見せた。
場から退避する時に持って来たらしい。
「それにしても、全く気配を感じなかったわ」
彼女は悔しそうに顔を歪め、矢を傍の机に置く。
家の中はしんと静まり返っており、3人の他には少しの気配も無い。
ここの住人も例外なく、家の奥か外かで眠っているのだろう。
「認識阻害の魔法を使ったんだと思う。この矢も……うん、魔力を帯びていた痕跡があるな。犯人がやったと見て間違いない」
「だとしたら、犯人はかなり魔法の扱いに長けた人物ね」
「え、なんでだ?」
「なんでって……認識阻害の魔法を使えるんだもの。そりゃあ実力者に決まってるじゃない」
「……ああ、そっか」
ライルは顔には出さず、自分の発言を後悔する。
だが出した言葉は戻らないので、要らぬ疑念を持たれる前に話を移すことにした。
「ところで、共鳴石が壊されちまったけど、これからどうする? 調査隊が来るまで籠城するってわけにもいかないだろ」
「そうね……。起きている私たちはともかく、寝ている人たちの命が危ないわ」
「……? あ、寝てたら食事ができないからか」
「ええ。それに、置いて来ちゃったフゲンとモンシュも心配だわ。彼らは村人じゃないから、今からでも殺される可能性がある」
村からは出られない、応援は呼べない、時間の猶予もあまり無い。
持っていた手札が次々と消え、いよいよライルたちも本格的に焦りを覚え始める。
八方塞がりには至っていないものの、ほとんどそれに近い状態だ。
ライルは有する知識を総動員し解決策を探る。
重要なのは魔法の使いどころである。
犯人への攻撃に使用するか、人々の眠りを覚ますのに使用するか、はたまた移動に使用するか。
しかし犯人の姿は見えず、目覚めの魔法は知識に無く、移動は先に言われていた通り事態の悪化に繋がりかねない。
するとそこで、カシャが口を開いた。
「こうなったら、イチかバチかの短期決戦よ。ライル、あんたけっこう戦えるのよね? 遠距離……でなくとも、中距離くらいの攻撃はできる?」
「できるけど、それがどうした?」
カシャはひと呼吸置いて。
「私が囮になるわ」
そう、淀みなく言い切った。