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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第1章 萌芽:春来たるが如く
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25話 見下す

 ライルたちは役場を離れ、さっそくイシュヌ村へと向かった。


 村まではそう遠くなく、町長曰く「ゆっくり歩いても四半日かからない」とのこと。

 だが善は急げ、一行は少し早歩きで村に続く道を進んで行く。


「へえ、あんたたち冒険団なのね」


「そ。俺とフゲンとモンシュ、3人揃って雷霆冒険団! イイ名前だろ」


「うーん、まあまあ」


「まあまあ!? ていうか俺たちのことは放っておいていいのか? 非公認の違法冒険者だけど」


「いたずらに人を傷付けたりしてるわけじゃないんでしょ? それなら別にいいわ。悪と罪は違うもの」


 他愛のない話をしながらせっせと足を動かしていると、不意にフゲンが口を開いた。


「そういやお前さ」


 話しかけられたのが自分だと察し、前を歩くカシャが振り向く。


「『何かあったらすぐ帰って来る』って言ってたけどよ、どうやって連絡とるんだ? 町長が鳩でも飛ばすのか?」


「いいえ、共鳴石を使うわ。合図だけなら鳩よりこっちの方が便利だもの」


「キョーメーセキ?」


 聞きなれない言葉にフゲンは首を傾げた。

 カシャは逆に知らないことが意外だったらしく、歩む速度を落として彼の隣までやって来る。


「共に鳴る石、で共鳴石。知らない?」


 言いながら鞄から取り出したのは、河原にでも転がっていそうな丸い石。

 ある程度きれいに形が整えられ紐も付けられているが、とても特別な物には見えない。


「知らねえ、初めて見た。魔道具か?」


「そうそう、魔道具。2つ一組の石で、片方を叩いたり弾いたりするともう片方の石にもそれが響くの」


「でも落としたりぶつけたりしたらどうすんだ? 『響く』だけじゃ、そのつもりが無かったって伝えらんねえだろ」


「大丈夫、意志を持って衝撃を与えないと機能しないわ。確か魔力? 魔法? がどうとか……まあ上手いことなってるらしいわよ」


「ふうん」


 仕組みの説明を放棄したカシャを、フゲンは特段追及することはなかった。


 魔道具の構造なんて、その道に詳しくもない一般人になど、わかるはずがない。

 もしかしたらライルなら……とも思ったが別にそこまで構造に興味は無いので、わざわざ尋ねることはしないでおいた。


「そうだ、よかったら一組あげるわ」


「いいのか?」


「ええ。仕事柄、常に予備をいくつか持ってるの。ちょうどいいわ、試してみて」


 カシャは新たに2つ、これまた何の変哲もなさそうな見た目をした石を取り出し手渡す。


「じゃあモンシュ、こっち持っててくれ」


「はい」


 右隣にいたモンシュに片割れを託し、フゲンは走って彼から離れた。

 あっと言う間に話し声が聞こえないくらいの場所まで行き、手元の石を指で軽く弾く。


 すると、リィン……という金属を叩いたような、あるいは弦楽器を爪弾いたような変わった音が鳴った。

 それを確認して、フゲンはまた走ってモンシュたちのところへ戻る。


「どうだった?」


「鳴りました! フゲンさんの方からじゃなくて、この石から音が聞こえましたよ」


「ああ。かすかだけど、魔力を帯びた音だったぜ!」


 物珍しさからだろう、モンシュとライルが興奮気味に証言した。


「すげえな。距離の限度はどのくらいなんだ?」


「特に無いわ。あんまり遠いとちょっと時間差が生じるけれど、基本的にどんなに離れていても共鳴するから便利よ」


「へえ……!」


 フゲンたちは感嘆の声を漏らす。

 魔道具は用途にかかわらずお高い物が多いのだが、これならば納得であった。


 すっかりその不思議な魅力に心を奪われてしまった彼らは、今度魔道具の店に行ってみよう、こんな魔道具があったらいいな、などと夢を膨らませる。


 楽しい会話で盛り上がっていると時間や疲労を忘れるもので、そうこうしている内に、気付けば一行はイシュヌ村に到着していた。


 まばらに建つ小さな家々に、土がそのまま見えている道。

 畑には野菜が植わっており、さらさらと綺麗な水が水路を流れている。


 絵に描いたような、素朴かつ平和な村だ。

 ここで異常事態が起こっているだなんて、事情を知らぬ者は誰もそう思わないだろう。


 ライルたちはカシャに続き、静かな村に足を踏み入れる。


「まずは村長に挨拶をしに行きましょう。町長の紹介で来たことを説明して、それから手伝い、を」


 歩きながら段取りをしていたカシャの言葉が、不意に止まった。

 次いで足も止まり、辺りを見回していたライルは何事かと前に視線を戻す。


 そこには、道の真ん中、あるいは端、あるいは柵に寄りかかるようにして――倒れ込む人々の姿があった。


 いち早くカシャが駆け出し、最も近くに居た女性の上体を抱き上げる。


「大丈夫!? しっかりして!」


 呼びかけるも女性は答えない。

 ライルたちもそれぞれ倒れている人に駆け寄り声をかけるが、誰も彼も、呼吸をする以外はぴくりとも動かなかった。


「もしかして」


「……全員、眠っています」


 カシャの言葉を引き継ぎ、モンシュが言う。

 そう、今ライルたちの前で倒れ伏すイシュヌ村の住人たちは、みな眠っていた。


 原因やきっかけは不明だが、件の現象が拡大したということは火を見るよりも明らかだ。


 女性を道のわきに寝かせると、カシャはすっくと立ち上がった。


「いったん二手に分かれましょう。私はひとまず村長のところに行ってくるから、あんたたちは起きてる人がいないか探してきて」


「待て、俺も行く。この状況だ、何が起こるかわからない。行動は複数人でした方が良いだろ」


 カシャは少々考え、「そうね」と頷く。


「ひと通り見て回ったらこの場所に集合。急を要する発見があった時は、さっき渡した共鳴石で!」


「わかった!」


「気を付けてくださいね!」


 フゲンたちと別れ、ライルはカシャと共に走り出した。

 彼女は村長の家を知っているらしく、迷うことなく村の中を駆け抜けていく。


 道中にもおそらく眠っているであろう人々があちこちに居て、彼らを見るたびに2人の表情は険しくなっていった。


「着いた、ここよ!」


 他よりも大きめな家の前で、カシャは立ち止まる。

 玄関の扉をどんどんと叩きながら「村長! 居ますか、村長!」と声を張り上げるが、反応は無い。


 半ば確信を得つつ鍵のない扉を開けると、入ってすぐの部屋で老人、すなわち村長が倒れていた。

 やはり彼も村人同様、この不可解な現象に巻き込まれていたようだ。


「くそ、話も聞けないんじゃ手の打ちようが無いな……。フゲンたちと合流して、無事な人がいなければ町に戻ろう」


 踵を返そうとするライルだったが、そこへカシャが待ったをかける。


「ちょっと、話をいいかしら」


「話?」


 ライルは踏み出しかけていた足を引っ込め、彼女の方を向いた。


 何か思い当たることでもあったのだろうかと、次の言葉を待つ。

 しかし予想に反してカシャは言った。


「今それどころじゃないのはわかってるけど、今しか機会は無いだろうから、言わせてもらうわね」


「? ああ」


 どうした、何でも言ってみてくれ。

 そんな意図を込めて、ライルは笑みをつくった、が。


「気分を悪くしたらごめんなさい。……あんたもしかして、他人のこと見下してる?」


 ひく、とライルの顔が引きつる。

 笑顔がぎこちなく崩れ、瞳は動揺と恐怖に似た色に染まった。


「見下、す」


 かろうじて口の端を上げたまま保ち、笑顔らしいものを維持し、からからに乾いた喉で声を絞り出す。


 その心境は容易く言い表せるものではないが、強いて言うなれば「自己嫌悪」が最も近いか。

 しかし彼が自らに向ける感情は嫌悪と言うには及ばず、またそれほど個人的でもない。


 とにかく、酷くショックを受けた様子でライルは言った。


 カシャは彼に申し訳なく思いつつも、偽ることなく続けて見解を述べる。


「常にってわけじゃないんだけど、ふとした時に……。なんて言うか、馬鹿にしてるとかじゃなくて。ただただ純粋に上から目線、みたいな」


 紡がれる一言一句を、ライルは受け止める。

 焼け付くような事実を、現実を、身じろぎひとつせず吞み下す。


 そうして口を開き、閉じ、また開いて、やっと声を出した。


「そう……かも、しれない。……うん。そうだ、な」


「やっぱり、無意識だった?」


 油を差していない金属器機のごとく不自然な動きで、ライルは首を縦に振る。


「生まれ……のせいにするのは良くないな。ああ、俺の未熟さ……幼稚さのせいだ。ごめん」


「謝らないで。私のことはいいのよ。でもあんたがあの2人と『仲間』でいたいって思ってるなら、それは直した方がいい」


 きっぱりと言い放つカシャの声は、どこまでも真っ直ぐだった。

 悪意も傲慢も後ろめたさも無い、純粋に相手を思っての言葉。


 故にライルは……自分の罪深さと、向き合わざるを得なかった。


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