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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第1章 萌芽:春来たるが如く
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24話 お詫び

 少女、改めカシャに捕らえられた男は、そのまま憲兵――おそらく彼女があらかじめ呼んでいたのだろう――に連行されて行った。


「ありがとう。俺たち騙されかけてた……んだよな?」


 事が片付いたのを見届け、ライルはカシャに言う。

 危ないところだったのは理解できたが、男がいったい何者だったのかまではわからない。


 カシャは何てことはない表情でこくりと頷く。


「そうよ。あいつ、というよりあいつらは旅人を狙った悪党。仕事を紹介すると偽ってアジトに連れ込み、人攫いに売り飛ばす最低な奴らなの」


「じゃあ最初から目を付けてたんだな」


「ええ。調べはついてて、あとは悪事の現場を押さえるだけだったわ。だから隠れて監視してたってわけ」


 なるほどそれで屋根から、とライルは納得した。


 「この町の用心棒」と彼女は自称したが、その名に負けず、日夜こうやって活動をしているのだろう。

 まだ若そうなのに立派なことだ。


 ライルが感心する一方で、カシャは何やら居心地が悪そうに視線を彷徨わせ出す。

 やがて意を決したように口を開くと、勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい! あんたたちを餌にするような真似をして」


「えっ、いいよ別に。謝らないでくれ。あいつを捕まえるために必要なことだったんだろ?」


 まさか謝罪されるとは思ってもみなかったライルは、驚いてカシャに顔を上げさせようとする。

 が、彼女は頑として譲らない。


「それでも、何も知らない人を巻き込むのは良くないことだわ。あいつは非道な悪党だったけど、私も悪いことをした。何かお詫びをさせてちょうだい」


「お詫び、って言われても……」


 助けてもらったこちらが礼をするならわかるが、なぜ助けた側が詫びをしなければならないのか。

 そもそも餌にしたとは言っても、元から途中で割り込むつもりだったのであれば、その行為は必要悪ですらない。


 男を泳がせたのは正しきを為すための手段だった。

 ただそれだけの話のはず。


 ライルはカシャの思考回路に困り果て、フゲンとモンシュの方を振り返って救援を求めた。


「あー、じゃあアレだ」


 それに応えて、フゲンは前に出て会話を引き継ぐ。


「臨時の働き手を募集してるとこって知らないか? 俺たち金欠で困ってるんだ」


「! そっか、そうよね」


 ライルたちが悪党に狙われていた理由、すなわち「仕事を探していた」ということを失念していたらしく、カシャは手を叩いた。


「そういうことなら、町長のところに行くのがいいわ。何か仕事を斡旋してもらえるかも」


「わかった。町長はどこにいるんだ?」


「ええと、ここから真っ直ぐに通りを上がって……いえ、私もついて行くわ。町長と顔見知りの人間が居た方が、いろいろと面倒が無いでしょ」


「じゃあ頼む。ありがとな」


「礼には及ばないわ。さ、ついて来て」


 カシャは踵を返し、町の中心部へと歩き出す。

 上手く話をつけたぞ、と言う代わりに、フゲンはライルたちに向かって親指を立てて示した。


 ライルは同じく親指を立てて返し、それを見たモンシュも同様の仕草――こんなジェスチャーをするのは初めてで、彼には新鮮だった――をする。


 こうして3人はカシャに連れられ、役場にまでやって来た。


 彼女は慣れたふうに正面入り口から中へ踏み込み、そのまま階段で2階に上がる。

 廊下を進んで突き当りの部屋の前で立ち止まると、扉をコンコンと叩いた。


「こんにちは、町長」


「おお、カシャか。入ってくれ」


 返って来たのは優しそうな男性の声。

 カシャは「失礼します」と言いながら入室し、ライルたちも一緒に招き入れる。


 部屋の中には小太りの中年男性が1人、椅子に腰かけていた。

 声色に違わず温和な表情で、にこにこと一行を出迎える。


「件の悪党は上手く捕えられたかね?」


「はい。憲兵に引き渡しました。あとは彼らに任せて大丈夫だと思います」


「それは良かった。……それで、後ろの彼らは?」


 必要な確認を終えた町長は一転、やや眉をひそめて見知らぬ人物たちについて尋ねる。


 どうやら少々警戒されているらしい。

 そう察したライルは弁明をしようかと口を開き書けるが、先にカシャが説明を加える。


「彼らは先ほど出会った旅人です。旅の資金が尽きかけているみたいなんですけど、何か仕事を与えてあげられませんか?」


「ほうほう、そういうことか」


 町長は事情を知るや否や元の柔和な顔に戻り、3人の「旅人」に笑顔を向けた。


「仕事……ふむ……」


 それから彼は呟きながら、机の引き出しをガタガタと開けて探る。

 しばらくあちらこちらの書類やら冊子やらをめくった後、軽く溜め息をついて顔を上げた。


「すまんがこの町では、今はこれと言って仕事が無い。だが」


 ひと息おいて、町長は言う。


「町の外には、ある」


 思わせぶりな言い方に、小首を傾げるライルたち。

 見るとカシャも不思議そうな顔をしており、彼女も町長の言わんとしていることは知らないようだった。


「少々特異な状況なのだが、やることは普通だ。報酬もきっちりこちらから出そう」


「回りくどいな。変に言いふらしたりしねえから、さっさと説明してくれよ」


 痺れを切らしたフゲンが詳細を催促する。

 カシャが「ちょっと!」と彼の不躾な言動をたしなめるが、町長は気にした様子も無く続けた。


「ここから南へ行ったところに、イシュヌ村というところがある。この町と交流の深い村だ。近頃そこで困ったことがあってな」


「困ったこと?」


「住人が数名、眠ったまま目覚めないらしいのだ。原因は不明、治療法も不明。全く未知の現象だ」


 町長は席を立ち、後ろの窓から外に目を向ける。

 見えるのは町の建物と空だけだが、その方角に件の村があるのだろうか。


「眠ったままでいるのは今のところ7名。イシュヌ村は小さな村だから、7人いないだけでも人手が足りなくて参っているとのことだ。国に調査願いを出してはいるが、調査員の到着予定日は8日後になる」


 そこまで語ると、彼はライルたちの方に向き直る。

 まるで悲惨な事故を目の当たりにしたかのような目をしていた。


「この町からも人員を送りたいところだが、それがなかなかできない。調査員が来るまでの間で良い、どうか村の仕事を手伝ってやってくれないか」


「よし、引き受けた!」


「即決!?」


 間髪入れずに首肯したライルに、思わず町長は目を見開く。


「も、もう少し考えなくて良いのか?」


「ん? 別に問題ないよな?」


「おう」


「はい」


 フゲンとモンシュもあっさりと頷くものだから、彼はますます目を丸くした。


「何か不都合でもあったか?」


「いや……驚いただけだ。なにせ今まで声をかけてきた者たちは、みんな気味悪がって行きたがらなかったものだから。しかしありがとう、大いに助かる」


 町長は目尻に皺をつくって笑う。


 「気味が悪い」。

 そういう見方もあるのか、とライルは村に行くことを拒否した者たちの思考に思いを馳せる。

 共感できない感覚だったが、理解をすることはできた。


 と、そこへカシャが手を挙げる。


「町長、私も行っていいですか? 7人の穴を埋めるのに3人じゃ、ちょっと心もとないでしょう」


「……うむ、そうだな。お前がいれば仕事はうんと捗るだろう。行って来るといい」


「ありがとうございます! 何かあったらすぐ帰って来るので、そこは安心してくださいね」


 迷う素振りを見せながらも同行を許可した町長に、カシャは太陽のような笑顔を見せる。


 ……きっと、町長とカシャの間には頑丈な信頼関係があるのだろう。

 それを想像して、ライルはなんだか微笑ましい気分になった。


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