24話 お詫び
少女、改めカシャに捕らえられた男は、そのまま憲兵――おそらく彼女があらかじめ呼んでいたのだろう――に連行されて行った。
「ありがとう。俺たち騙されかけてた……んだよな?」
事が片付いたのを見届け、ライルはカシャに言う。
危ないところだったのは理解できたが、男がいったい何者だったのかまではわからない。
カシャは何てことはない表情でこくりと頷く。
「そうよ。あいつ、というよりあいつらは旅人を狙った悪党。仕事を紹介すると偽ってアジトに連れ込み、人攫いに売り飛ばす最低な奴らなの」
「じゃあ最初から目を付けてたんだな」
「ええ。調べはついてて、あとは悪事の現場を押さえるだけだったわ。だから隠れて監視してたってわけ」
なるほどそれで屋根から、とライルは納得した。
「この町の用心棒」と彼女は自称したが、その名に負けず、日夜こうやって活動をしているのだろう。
まだ若そうなのに立派なことだ。
ライルが感心する一方で、カシャは何やら居心地が悪そうに視線を彷徨わせ出す。
やがて意を決したように口を開くと、勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい! あんたたちを餌にするような真似をして」
「えっ、いいよ別に。謝らないでくれ。あいつを捕まえるために必要なことだったんだろ?」
まさか謝罪されるとは思ってもみなかったライルは、驚いてカシャに顔を上げさせようとする。
が、彼女は頑として譲らない。
「それでも、何も知らない人を巻き込むのは良くないことだわ。あいつは非道な悪党だったけど、私も悪いことをした。何かお詫びをさせてちょうだい」
「お詫び、って言われても……」
助けてもらったこちらが礼をするならわかるが、なぜ助けた側が詫びをしなければならないのか。
そもそも餌にしたとは言っても、元から途中で割り込むつもりだったのであれば、その行為は必要悪ですらない。
男を泳がせたのは正しきを為すための手段だった。
ただそれだけの話のはず。
ライルはカシャの思考回路に困り果て、フゲンとモンシュの方を振り返って救援を求めた。
「あー、じゃあアレだ」
それに応えて、フゲンは前に出て会話を引き継ぐ。
「臨時の働き手を募集してるとこって知らないか? 俺たち金欠で困ってるんだ」
「! そっか、そうよね」
ライルたちが悪党に狙われていた理由、すなわち「仕事を探していた」ということを失念していたらしく、カシャは手を叩いた。
「そういうことなら、町長のところに行くのがいいわ。何か仕事を斡旋してもらえるかも」
「わかった。町長はどこにいるんだ?」
「ええと、ここから真っ直ぐに通りを上がって……いえ、私もついて行くわ。町長と顔見知りの人間が居た方が、いろいろと面倒が無いでしょ」
「じゃあ頼む。ありがとな」
「礼には及ばないわ。さ、ついて来て」
カシャは踵を返し、町の中心部へと歩き出す。
上手く話をつけたぞ、と言う代わりに、フゲンはライルたちに向かって親指を立てて示した。
ライルは同じく親指を立てて返し、それを見たモンシュも同様の仕草――こんなジェスチャーをするのは初めてで、彼には新鮮だった――をする。
こうして3人はカシャに連れられ、役場にまでやって来た。
彼女は慣れたふうに正面入り口から中へ踏み込み、そのまま階段で2階に上がる。
廊下を進んで突き当りの部屋の前で立ち止まると、扉をコンコンと叩いた。
「こんにちは、町長」
「おお、カシャか。入ってくれ」
返って来たのは優しそうな男性の声。
カシャは「失礼します」と言いながら入室し、ライルたちも一緒に招き入れる。
部屋の中には小太りの中年男性が1人、椅子に腰かけていた。
声色に違わず温和な表情で、にこにこと一行を出迎える。
「件の悪党は上手く捕えられたかね?」
「はい。憲兵に引き渡しました。あとは彼らに任せて大丈夫だと思います」
「それは良かった。……それで、後ろの彼らは?」
必要な確認を終えた町長は一転、やや眉をひそめて見知らぬ人物たちについて尋ねる。
どうやら少々警戒されているらしい。
そう察したライルは弁明をしようかと口を開き書けるが、先にカシャが説明を加える。
「彼らは先ほど出会った旅人です。旅の資金が尽きかけているみたいなんですけど、何か仕事を与えてあげられませんか?」
「ほうほう、そういうことか」
町長は事情を知るや否や元の柔和な顔に戻り、3人の「旅人」に笑顔を向けた。
「仕事……ふむ……」
それから彼は呟きながら、机の引き出しをガタガタと開けて探る。
しばらくあちらこちらの書類やら冊子やらをめくった後、軽く溜め息をついて顔を上げた。
「すまんがこの町では、今はこれと言って仕事が無い。だが」
ひと息おいて、町長は言う。
「町の外には、ある」
思わせぶりな言い方に、小首を傾げるライルたち。
見るとカシャも不思議そうな顔をしており、彼女も町長の言わんとしていることは知らないようだった。
「少々特異な状況なのだが、やることは普通だ。報酬もきっちりこちらから出そう」
「回りくどいな。変に言いふらしたりしねえから、さっさと説明してくれよ」
痺れを切らしたフゲンが詳細を催促する。
カシャが「ちょっと!」と彼の不躾な言動をたしなめるが、町長は気にした様子も無く続けた。
「ここから南へ行ったところに、イシュヌ村というところがある。この町と交流の深い村だ。近頃そこで困ったことがあってな」
「困ったこと?」
「住人が数名、眠ったまま目覚めないらしいのだ。原因は不明、治療法も不明。全く未知の現象だ」
町長は席を立ち、後ろの窓から外に目を向ける。
見えるのは町の建物と空だけだが、その方角に件の村があるのだろうか。
「眠ったままでいるのは今のところ7名。イシュヌ村は小さな村だから、7人いないだけでも人手が足りなくて参っているとのことだ。国に調査願いを出してはいるが、調査員の到着予定日は8日後になる」
そこまで語ると、彼はライルたちの方に向き直る。
まるで悲惨な事故を目の当たりにしたかのような目をしていた。
「この町からも人員を送りたいところだが、それがなかなかできない。調査員が来るまでの間で良い、どうか村の仕事を手伝ってやってくれないか」
「よし、引き受けた!」
「即決!?」
間髪入れずに首肯したライルに、思わず町長は目を見開く。
「も、もう少し考えなくて良いのか?」
「ん? 別に問題ないよな?」
「おう」
「はい」
フゲンとモンシュもあっさりと頷くものだから、彼はますます目を丸くした。
「何か不都合でもあったか?」
「いや……驚いただけだ。なにせ今まで声をかけてきた者たちは、みんな気味悪がって行きたがらなかったものだから。しかしありがとう、大いに助かる」
町長は目尻に皺をつくって笑う。
「気味が悪い」。
そういう見方もあるのか、とライルは村に行くことを拒否した者たちの思考に思いを馳せる。
共感できない感覚だったが、理解をすることはできた。
と、そこへカシャが手を挙げる。
「町長、私も行っていいですか? 7人の穴を埋めるのに3人じゃ、ちょっと心もとないでしょう」
「……うむ、そうだな。お前がいれば仕事はうんと捗るだろう。行って来るといい」
「ありがとうございます! 何かあったらすぐ帰って来るので、そこは安心してくださいね」
迷う素振りを見せながらも同行を許可した町長に、カシャは太陽のような笑顔を見せる。
……きっと、町長とカシャの間には頑丈な信頼関係があるのだろう。
それを想像して、ライルはなんだか微笑ましい気分になった。