23話 渡る世間に
一行はカラバン公国を出たあたりで徒歩に切り替え、次の人里を目指すこととした。
モンシュは「まだ飛べますよ」とのことだったが、あまり酷使するのも気が引ける。
もうそろそろ追手が来るかもしれないから、ということでライルとフゲンは彼を説得したのであった。
「次はどうやって手がかりを探す? また遺跡に行くか、聞き込みをしてみるか」
「そうだなあ、オレはやっぱ遺跡探るのが早えと思うけど……この辺りにはもう無かったよな?」
「はい。調べた限りでは、一番近いところでも1日や2日で行ける距離にはありません」
「じゃ、地道に情報収集だな」
3人は道を頼りに草原を抜け、林に入り、丘を越えて歩いて行く。
行商人が使っているのか、幸いにも道は途切れずくっきりと続いており、おかげで迷わず行くことができた。
獣もさほど見かけず、難なく進む一行。
途中で日が暮れてきたので野宿を挟み、翌日、ようやく町に辿り着いた頃にはまた日が傾き始めていた。
「はー、やっと着いたな! お前ら、足は大丈夫か?」
「おう!」
「平気です!」
元気よく答える2人によしよし、と頷き、フゲンは鞄から財布を出す。
「なら飯食って――っと、そうだ忘れてた」
彼は財布を開き、中の硬貨を数えて少々苦い顔をした。
「金がもうじき底をつくから、仕事探さねえと。今日の飯代くらいはあるが、明日の分はまず足りねえ」
「あ……そういえば僕も」
次いでモンシュも自分の財布を確認し、苦笑いする。
「お金ってすぐ無くなっちゃいますね」
「はは、だろ?」
フゲンたちのやり取りを尻目に、ライルは辺りをぐるりと見渡す。
今いる町の入り口から見えるのは、おおよそ住宅ばかり。
だが荷車を引く者や籠を背負って行き来する者が見えるため、店は向こうの方に並んでいるのだと思われる。
都会というほどではないが、雰囲気からしてそれなりに栄えていそうだ。
仕事探しの望みは十分にあるだろう。
そうこうしていると、中心部から帰って来る者の1人がライルたちの方へとやって来るのが見えた。
大きな鞄を背負ったその人物は、有角族の男性。
人当たりの良さそうな笑みを浮かべた彼はそのままライルたちに歩み寄り、声をかけた。
「よう兄ちゃんたち! お困りかい?」
はつらつとした声で、彼は言う。
ライルはフゲンたちと顔を見合わせ、それから素直に答えた。
「ああ。お金が無くて、仕事を探してる」
「ほほう、さては旅人か」
「そうだ」
「じゃあちょうどいい、俺んとこの荷運びを手伝ってくれよ」
男は流れるように話を持ち掛ける。
近付いて来た時点で見当は付けていたのであろうか。
相手から是非の回答を聞く前に、彼は続ける。
「旅人なら体力には自信があるだろ? 肩書きも何も問わねえ、とにかく人数が要るんだ。1人につき1日銀貨9枚で、日数は……遅くとも4日くらいで終わるだろう。どうだい?」
男がどうこうはさておき、これはライルたちにとっては願ってもみない話だ。
肩書き不問、報酬もちゃんと出る、長期間拘束されることはない。
こんなに早く、しかも理想的な仕事が見つかるとは! とライルは偶然に感動する。
「あ、でも僕……」
一方で、モンシュはやや浮かない顔で声を上げた。
体力が必要な仕事だと自分は役に立てそうにない、と言いたいのだろうと、場の全員が察する。
だがそんな憂鬱を晴らすように、男は笑って言った。
「なあに、こんな可愛いお嬢ちゃんに力仕事なんかさせねえさ。そうだな、しっかりしてそうだから荷を数えるのを任せようかな!」
「! はい、それならできます」
こくこくとモンシュは笑顔で頷く。
それを見て、ライルとフゲンもほっと息を吐いた。
「じゃ、ついて来てくれ」
つくづく良い人と機会に恵まれたものである。
3人は意気揚々と、男の後に続いて歩き出した。
すると。
「待ちなさい!」
凜とした声と共に、1人の少女が降って来た。
彼女はそのまま華麗に着地をして、男の前に仁王立ちで立ちふさがる。
ライルはパッと上を見上げた。
列を成して建つ住宅、その連なった屋根。
推測するに、少女はあそこから飛び降りたのだろう。
「急になんだい、お嬢ちゃん。びっくりしたじゃねえか」
男の言葉には応えず、険しい顔で彼を見据える少女。
淡い青緑の髪をサイドテールにし、袖の無いトップスと短いズボンを身に付けたその姿は、活発な印象を与える。
頭には鹿のような角、つまり有角族だ。
加えて腰には左右に1本ずつ、短剣を下げている。
頻繁に戦闘をしているだろうことは想像に難くない。
しばらく黙ったまま男とライルたちを見比べた後、少女は口を開く。
「あんたどこの店のモンよ」
「ジャルダ商店だが」
「ジャルダ商店?」
彼女はギロリと男を睨み付ける。
「おかしいわね、聞いたことが無い名前だわ。本当にある店なら、このリストに載ってるはずだけど。町長の許可なしに営業してるんじゃないでしょうね?」
言って、ポケットから紙切れを出し、上から下まで目で文字をなぞった。
「まさか! 許可ならちゃんと貰ってる。最近開業したばっかだから、まだそこには載ってねえんじゃねえか?」
「じゃあ許可証を出しなさい。店にあるっていうなら、そこに私を案内して」
ぐ、と男が言葉に詰まる。
少女はそれを見逃さず、追撃をしにかかった。
「許可証、無いのね? なら今からでも町長のところに行って、正規の手続きを済ませなさい。多少の処罰はあるでしょうけど、許可は出してもらえるはずよ――あんたたちがちゃんとした商人なら、ね」
「! てめえ……」
見透かしたような台詞に、男は歯ぎしりをする。
何が何やらわからず2人の会話を傍観していたライルたちだったが、男の反応にそれとなく事情を察知した。
少女が「秩序側」の人間であるなら、男はおそらく。
「商売の、邪魔すんじゃねえ!」
ライルたちが疑いを持ち始めた矢先、男が懐から刃物を取り出して少女に襲い掛かった。
反射的にライルとフゲンが一歩を踏み出すが、それより早く少女が動く。
素早く2本の剣を抜いたかと思うと、刃先で男の刃物を絡めとり弾き飛ばした。
さらに男が次の挙動に移る前に、彼の側頭部に強烈な蹴りをお見舞いする。
たまらず地面に倒れた男を片足で踏みつけ、少女はその喉元に双剣を突き付けた。
目にも止まらぬ早業にライルとモンシュは唖然とし、フゲンは口元に笑みを浮かべる。
「どうも、はじめまして」
彼女は足の力は少しも緩めぬまま、身動きを封じられた男へ向かって挑発的に口角を上げた。
「私はこの町の用心棒、カシャ。私の前で悪事をはたらけるなんて思わないことね」