22話 贈り物
3人は腑に落ちないながらも、場を離れるということで合意する。
立ち去るついでに黒マスクの手当てだけ軽くしてやろうと彼に近付くと、リンネたちと同じく安らかに寝ていた。
やはり「何者か」は、意図的に捜索隊だけを狙って眠らせたのだろう。
モンシュの持っていた救急セットで黒マスクの止血を済ませ、彼らは軍人たちから離れる。
飛び立ちやすい場所まで移動したところで、モンシュはくるくると辺りを見回しながら問うた。
「どちらに向かいますか?」
「そうだな、とりあえずこのまま東の方に抜けて進もう」
「わかりました!」
彼は元気よく返事をする。
戦闘に参加できなかった分、ここで役に立とうと張り切っているらしい。
ライルたちは仲間が役に立つ立たないを気にするたまではないし、既に2人を窮地から救ったうえ古代文字の解読という仕事もやってのけたのだから、客観的に見ても引け目を感じることは無いだろう。
が、それでも本人としては、己が戦えないことをかなり申し訳なく思っているようだった。
「では、出発しましょう」
そうして竜態になろうとしたところで、しかし彼はふと変身を取りやめて街の方を見た。
誰だろうか、駆け足でこちらに近付いて来る者がある。
だんだん大きく見えてくるその人影には、敵意の類は無さそうだと遠目にもわかった。
一定の速さで、やがて表情がはっきりわかるくらいのところまで接近してくる。
「お兄さんたちー!」
それは長い黒髪を三つ編みにした青年……先の飲食店で、ライルたちに話しかけて来た人物だった。
彼はぶんぶんと手を振り、笑顔で駆けて来る。
「あ、お前さっきの」
青年の姿を認め、フゲンはぽんと手を叩く。
「えへへ、どうも。私だけ逃げちゃってすみません、あの軍人さんが怖くてつい……。お2人とも大丈夫でしたか?」
「おう。こいつが助けてくれたおかげでな」
すまなそうに尋ねてくる青年へ、彼はモンシュの肩に手を置いて示した。
「わあ、可愛らしい子ですね。こんにちは」
青年は中腰になり、にこにことモンシュに挨拶をする。
「こ、こんにちは」
「可愛い」と言われて嬉しそうな顔をしつつ、モンシュは頭を下げた。
同時にライルとフゲンも、うんうんと満足げに頷く。
まるで弟を褒められた兄のような反応をする2人を見、青年はくすりと笑った。
「すっかり仲良しになったみたいですね。お2人に良い仲間が増えて、私も喜ばしいです」
「そうだ、お前は『箱庭』を探したりしないのか?」
ライルの問いに、青年は首を横に振る。
「いえ、私は、特に。危険を冒してまで叶えたいと思う願いはありませんし、他にやるべきことがあるので」
「やるべきことって?」
「うーんと……まあ、仕事みたいなものです」
曖昧な表情ではぐらかされ、ライルは追及をやめることにする。
彼に悪意や敵意は全く感じられない。
「やるべきこと」も、おそらく自分たちが不利益を被るようなものではないだろう。
であれば、何もしつこく聞くことはない。
「そっか。頑張れよ!」
ライルは応援の言葉と共に、青年の背中を軽く叩く。
往く道は違えど、彼とはもう「友人」であるように感じていた。
「じゃ、そろそろ行くか」
「そうだな。モンシュ、頼めるか」
「は――」
「ああそうだ、すみません! ちょっと待ってください」
モンシュの声を遮り、青年は自分の肩かけ鞄を漁り出す。
「お2人を放って逃げたことへのお詫び……と言っては何ですが、これをどうぞ」
言って、彼は小さめのネックレスを差し出した。
細いチェーンに、一対の翼をかたどったチャーム。
彩色はこれといってされておらず、金属の色がそのままに鈍く光っている。
豪華ではないが、高価そうな雰囲気のある品だ。
「お守り、みたいなものです」
ライルにネックレスを握らせ、青年は目を細めて微笑んだ。
首を少し傾けた拍子に三つ編みが揺れる。
その様子に、視線に、思わずライルは「何か」を感じて息を呑んだ。
「あなたたちの旅路はこの先も困難なものになるでしょうが、きっと上手く行くと信じています。頑張ってくださいね。神の御加護がありますように」
彼はすらすらと激励の文句を並べ、最後に手を組んで祈りのポーズをとった。
ごく自然で流れるような、それでいて丁寧な一連の動き。
さすがカラバン公国の住人だ、とライルは感心した。
「ありがとう。大事にするよ」
手の中のネックレスをぎゅっと握りしめ、礼を言う。
青年はそんな彼の瞳をじっと見つめて、ほんの少しだけ耐えるような表情をした。
が、それもすぐにしまい込んで、にこやかな笑顔を3人に向ける。
「ではライルさん、フゲンさん、モンシュさん、お気を付けて!」
相も変わらず、無邪気な様子で。
来た時のようにまた手を振り、青年は街の方へと帰って行った。
彼を見送ってから、今度こそモンシュは竜態に変化し、ライルとフゲンを乗せて空へと飛び立つ。
もう慌てる必要は無いので、ゆっくりと、安全第一に羽ばたいた。
「いやあ、随分と良い奴だったな」
心地良い風を受けながら、ライルが言う。
リンネというおっかない軍人に遭遇したせいか、彼は余計にあの青年を優しい人間に感じていた。
「それ付けねえのか? あいつ、お前に付けてほしそうだったぞ」
フゲンはライルが手に持つネックレスを指す。
「うーん、そうしたいのは山々だが……戦ってる時にうっかり千切れたりしたら嫌だしなあ……」
ライルは近接戦闘が主な上、長い槍を振るうためチェーンを引っかけてしまう可能性が無視できない。
せっかく贈られた物なのだから身に付けたいものだが、それで壊してしまうのでは本末転倒だ。
ゆらゆらと揺れる翼のチャームを眺め、どうしたものかと思案する。
「とりあえず、しまっとくか」
ライルは妥協案として「付けはしないが持っておく」を選択し、ネックレスをズボンのポケットに入れた。
これならば落とすことも無いだろう。
「あの、お二方」
そうしてしばらく飛んでいると、何やら浮かない顔でモンシュが切り出した。
「どうした?」
話を聞きやすいよう、フゲンが少し前の方に移動する。
モンシュは頭をやや後ろの方に向けて、しどろもどろに言った。
「えっと……僕、あの方に名前を教えていませんし、聞かれてもいない気が……」
「あ」
ライルとフゲンの声が揃う。
「それに僕が冒険団の仲間になったのだって……あの方は知らないはずなのに、想像じゃなく確実に知っているみたいな口ぶりでした」
人を疑うことへの罪悪感を滲ませながらも、モンシュは思ったことを口にしていく。
確かに青年は、モンシュの名も彼が雷霆冒険団に入ったことも見聞きしていないはずである。
それどころかライルとフゲンだって、よくよく考えれば一度も青年の前で名前を言っていない。
なのに青年は別れ際に、3人の名前をあたかも元から知っていたかのように呼んだ。
黒髪の、三つ編みの青年。
無邪気で人当たりが良く、しかし怪しい部分があり、けれど不思議と嫌な感じはしない。
「……何者なんだ、あいつ」
ぽつりとライルが呟いた言葉は、風に吹かれて遥かな空へと溶けていった。