表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第1章 萌芽:春来たるが如く
22/222

21話 突風

「フゲン、お前どっちと戦いたい?」


「どっちも」


「わがまま言うんじゃありません」


「じゃ、隊長の方」


「わかった」


 ライルとフゲンは肩を並べて立ち、


 最初に動いたのはフゲン。

 思い切り地面を蹴り、リンネに向かって走り出した。


 次いで残りの3人も、己の相手を打ち倒すべく前進する。


「地上国軍式剣術」


 リンネはフゲンの前まで来るや否や剣を水平にし、右足を引く。


 刹那、フゲンの危機察知能力が警鐘を鳴らした。

 彼は咄嗟に拳を引っ込め、素早く後退する。


「《(りん)》」


 涼やかな声と共に繰り出されたのは、目にも止まらぬ刺突。

 ひりつくほどの殺気を纏った刃は一瞬のうちに、フゲンの目前まで迫る。


 これでは避けきれない、と直感的に悟った彼がもう1歩下がったところで、剣は静止。

 剣先の位置は文字通り目と鼻の先、あと僅かでも距離が近ければその刃がフゲンの脳天を貫いていただろう。


「へへ、さっすが軍人の隊長。そう来なくっちゃな」


「黙りなさい犯罪者。あなたに褒められることなどありません」


 心の底から無邪気に笑うフゲンに、リンネは相変わらずの微笑と殺意で応えた。


 戦いに対する姿勢も相手に対する感情も全く嚙み合っていない2人だが、両者ともそこを気にすることはない。

 ただ己の求めるところのまま、剣を拳を振るい続ける。


「我流体術、《蹴り飛ばす》!」


 幾度も繰り出される刺突の、隙とも言えないような好機を狙って、フゲンは再び剣を折ろうとする。

 しかしやはり、すらりとした剣心には傷ひとつ付かない。


「これでも折れねェか」


 俄然、面白くなってきた。

 フゲンはなおも、否、よりいっそう楽しそうに笑う。

 真っ向からやり合えるこんな素晴らしい強敵に、心躍らずにいられようか。


 さて2人が白熱した戦いを繰り広げる一方で、ライルとミョウもまた激しくぶつかり合っていた。


「お前も大変だな。『箱庭』を探して、冒険者を取り締まって、おまけに上司の暴走を宥めなくちゃならない」


「まあな。だが気付いてるか? 後ろ2つは、お前たちみたいなのがいるせいだぞ」


「はは、一理ある」


 会話内容はともすれば穏やかだが、その動きはちっとも穏やかでない。


 ミョウは大剣を、大剣らしからぬ速度で操り次々と斬撃を繰り出す。

 ライルはその一撃一撃を躱し、受け流し、あるいは槍で受け止め、防戦一方に見えて少しも遅れを取っていない。


「地上国軍式大剣術」


 戦いを長引かせても得は無い。

 体力が尽きぬうちにこのまま押し切ってしまえと、ミョウはひときわ大きく剣を振りかぶる。


「《(だん)》!」


 渾身の力を込めた攻撃。

 まとも食らえば肉も骨も武器すらも、まとめて叩き切られてしまうであろうことが容易く想像できる。


 常人ならばまず「逃げ」にを選択するに違いない、見るからに強烈な斬撃だ。

 けれどもライルは避けることをせず、自前の槍で迎え撃つ。


 振り下ろされる刃をあろうことか柄で受け止め、力いっぱい大剣を弾いた。

 無茶な力技に、ライルの手の平が擦りむける。


 急に力を増した抵抗にミョウは対応しきれず、そこに僅かな隙ができた。


 ライルはすかさず、槍の切っ先を彼の頭部めがけて突き出す。


 貫かれたのは頭、ではなく左耳にぶら下がっていた耳飾り。

 ミョウは間一髪のところで直撃をまぬがれたが、さらに体勢を崩してしまう。


「天命槍術、《晩鐘》!」


 手の平の痛みを無視して追撃を加えるライル。

 槍はミョウを捉え、大剣で防御をする間も与えず胸部に衝撃を加えた。


「ぐっ……!」


 全身に振動が響き、動きが止まるミョウ。

 しかし体に鞭打ち大剣を握り直すと、横一直線に振るった。


「おっと!」


 今度はライルが慌てて防御に回り、バランスを取りかねてふらつく。


 まさか《晩鐘》を耐えるとは思いもよらなかった彼は、想定外のことに驚きつつもニヤリと笑った。


「やるな」


「そっちこそ」


 ライルは別に、フゲンみたいに戦いが好きというわけではない。

 それでも自分と互角に渡り合える人間と刃を交えていると、得も言われぬ感情が湧いてくる。


 こういうのを「張り合いがある」と言うのだろう。

 ふつふつと胸に熱いものを感じながら、ライルは戦闘を続行するべく、また1歩を踏み出した。


 と、その時。

 後の方からごうっと突風が吹いた。


 今まで経験した中で最も強いと言って差し支えないほどの、とてつもない風。

 ライルは思わず目を瞑る。


「……え?」


 風はすぐに止み、彼は目を開け前を見た。

 すると――つい数秒前まで大剣を振るっていたミョウが、ぱったりと倒れていた。


「あ、あれ? おいどうした?」


 ライルはおそるおそる彼に声をかけるも、反応は無い。


 先ほどまでの戦いで負った生傷以外に外傷は無く、表情は安らかだ。

 眠っている、のだろうか。


「はァ~~~~~!?」


 フゲンの声に右の方を向くと、リンネもミョウと同じく倒れているのが見えた。

 それどろか頭上に陣取っていた青い竜すらも消えており、おそらく本人だと思われる青年が、これまた地面に伏している。


「なんだよ、今いいとこだったのに! おい起きろ角隊長! 起ーきーろーよー!」


 フゲンが耳元で叫べど、がくがくと肩を揺さぶれど、リンネは目を覚まさない。

 静かに寝息をたてるその姿は驚くほどに穏やかで、こうしているとまるで普通の、そこらにいる女性のようだ。


 だがそんなことなど眼中に無いフゲンは、どうにか楽しみを取り戻そうと奮闘する。


「フゲン」


 これはいよいよ異常事態だと、ライルは神妙な面持ちで歩み寄る。


「そっちもか」


 彼の表情と背後に見えるミョウの様子から同じことがあったと察したフゲンは、さらに顔をしかめた。


「クソ、いったい何だってんだ? せっかく人が気持ちよく暴れてたのに、水差すような真似しやがって」


 忌々しげに吐き捨て不審者がいないか辺りを見回すが、誰もいない。

 既に去ったか、あるいは人ではない何かだったのか。


「お2人とも、大丈夫ですか?」


 離れた場所に避難していたモンシュも、ぱたぱたと駆け寄って来る。

 その目には同様に困惑の色が浮かんでおり、ライルは彼の仕業でもないのだろうと見当付けた。


「俺たちは何ともないよ。なあモンシュ、お前は何か見えなかったか?」


「えっと……はっきりとはわからなかったんですけど。ちょうど人間くらいの大きさの物体が、凄い勢いで通り抜けて行くのが見えました」


「色とかはわかったか?」


「白……と黒? だった気がします」


「なるほど、じゃあ……」


 「おそらく白と黒の、人間大の生き物」。

 ライルは記憶を漁り、該当する動物を探してみる。


 鳥だとすると大型の鷲か鷹。

 四足の動物なら狼あたりが有り得る。

 何らかの原因で地底国から凶暴な動物が地上に出て来た、という可能性も無くはない。


 が、引っ掛かるのはリンネとミョウを眠らせた点。

 そんな器用なことができる動物など、少なくともライルの知識内には存在しない。


 であれば通り過ぎて行ったものとは別に、人間が離れた場所から魔法なり薬物なりを使用したのだろうか。

 もしそうだった場合、その人間はライルたちの味方なのか、リンネたちの敵なのか……。


 一瞬、「人が起きない」という点から執行団のファストを思い出すが、彼がこのようなことをする利益はひとつも無いため、仮説を立てるまでもなく却下する。


「うーん、わからん」


「オレも」


 ライルとフゲンは、揃ってギブアップした。


 モンシュの証言で少なくとも何者かの仕業であることは判明したが、その正体と「何をしたか」については判断材料が無い。

 全くのお手上げだ。


「ムカつくし釈然としねーけど、わからねえもんはわからねえし、起きねえもんは起きねえし。諦めるしかないかあ」


 至極残念そうに溜め息を吐き、フゲンはリンネから離れる。


 彼の言う通り、納得がいかなくともこの状況では先に進むしかないだろう。


 こうしている間にも、他の国やどこかの組織が『箱庭』に近付いているかもしれない。

 時間が無いというほどでもないが、あまり悠長にもしていられないのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ