表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第8章 崩落:嘆くなかれ愛し子よ
217/222

209話 敵に夢を送る

「つーかお前、話戻るけどよ。別に執行団から抜けてもいいってことか?」


「ファストが望むなら」


 ヨクヨは端的に、即答する。

 彼の全ての判断基準は、ファストであるようだった。


「ならこの機に2人揃ってスッパリ辞めろよ。ぜってーその方が平和に生きられるぜ」


 剣を手に斬りかかって来た執行団員を掴んで投げ飛ばし、フゲンは言う。

 皮肉でも何でもない、彼なりの気遣いの言葉だった。


 果たしてフゲンの善意を読み取れたらしく、ヨクヨは怒るでも反論するでもなく頷いた。


「そう思う。だが、少なくとも今のファストはそれを望んでいない」


 またしても、「ファスト云々」だ。

 まるで世の理と照らし合わせるように、彼は惜しげも無く語る。


 あまりにも一途な姿勢。

 だがそれは傍から見れば妄信的で、ある意味、他の執行団員たちの態度にも似ている。


 フゲンは口をへの字に曲げ、片眉を上げた。


「結局なんだよ、あいつの目的って」


「汝に教える義理は無い」


「ちぇ、そーかよ」


 暖簾に腕を押すかのように、どうにも今一つ手応えが無い。

 本人にその気が有る無しに関わらず、肝心な部分を微妙に見せてくれない。


 人として自然な関心、すなわち「相手のことを知りたい」という気持ちはまだフゲンの中にあったが、しかし当の相手がこの調子では何ともやりづらかった。


 気になることは気になるし、さりとて無理に聞き出すのはさすがに悪いし、もうこの辺りで引き下がっておこうか……と、フゲンはしばし考え込む。


「うおっと」


 と、思考を遮るかのように、魔法で作られた火球が彼の目の前をかすめた。


 改めて振り返って後方を見れば、十数人が食らいつくように追跡してきている。

 一見すると良くない状況だ。


 が、追手の中にモンシュやシュリの姿があるのを見つけ、フゲンは上機嫌に笑んだ。


「モンシュたち、上手いこと紛れてるな……。おいヨクヨ! このまま教会の中に突っ込むぜ!」


「わかった」


 既に教会は、彼らの目と鼻の先。

 大切な者の待つ場所へと、フゲンとヨクヨは更に力強く、足場を蹴った。



***



 重たい置物が床に落ちるように、ライルはハッと目を覚ました。


 視界に映るのは床と壁、そして鉄格子。

 自分が檻の中に居ることを認識し、彼はゆっくりと体を起こした。


「今のは……」


 つい先ほどまで見ていた光景、出来事、すなわち夢を、ライルは思い返す。


 とある少年の夢。

 かつては「イッセン」と呼ばれ、やがて「ファスト」となった人間の夢。


 その源が彼自身の過去の記憶であると、ほどなくライルは確信した。


 後出しのように遅れて、多くの感情がライルの胸に溢れる。

 感情は涙となり、今にも彼の目から零れ落ちそうになった。


 だがライルはきつく瞼を閉じ、それを堪える。

 泣くよりも先に、すべきことがあると判断したからだ。


「……よし」


 どうにか涙を抑え込み、ライルは目を開く。

 それから錠で拘束された自分の手に視線を落とした。


 時間経過で毒が分解されていったのだろう、体の痺れは既に無くなっていた。

 つまり、今ならいつも通りの力を出せる。


 ライルは手を床に付けた。

 ひやりとした温度が手のひらに伝わる。


 間を置くこと、ひと呼吸分。


 そうしてから彼は、手の上に足を乗せ、力いっぱい踏みつけた。


「ッく……!」


 バキ、ゴキ、という音と共に、手の骨が砕かれる。

 同時に皮膚もいくらか裂け、床に血がしたたり落ちた。


 かくして強引に変形された手から、引っかかる場所を失った錠がすり抜ける。


 途端に、ライルの体に魔力を操作する感覚が戻ってきた。


「…………」


 ライルは無言で、今しがた自分で壊した手に治癒魔法をかける。

 魔法は問題なく発動し、無惨な有様だった手は元通りに、何事も無かったかのように修復された。


 続いて彼が発熱性の魔法で以て檻に触れれば、鉄格子はぐにゃりと曲がってその機能を失う。


 魔法を封じた上で閉じ込めることを前提とした牢屋は、魔法を使えばいとも容易く破れるようだった。


 悠々と檻から脱出したライルは、すぐさま同様の方法で鉄格子を除け、正面の檻へと侵入する。

 檻の中ではいまだ、ファストが目を閉じて横たわっていた。


「ファスト」


 ライルは彼の傍らに膝をつき、声をかける。

 そっと穏やかに、呼びかけるがごとく。


 ややあって、ファストの瞼がぴくりと動く。

 かと思えばパチリと目が開き、彼は勢いよく起き上がった。


「っ……!?」


 まるで夢から覚めたばかりのように、ファストは困惑した表情で、視線をあちらこちらにやる。


 ひどく狼狽した様子だったが、しかしその顔色には生気が戻っていた。


「良かった。上手くいったみたいだな」


 ホッと安堵の息を吐き、ライルは言う。


 と、ファストは彼が居ることを明確に認識したらしく、ようやく焦点の定まった目で彼をきつく見据えた。


「お前さん……俺に何をした」


 自分が瀕死であったことと、そこへ何らかの介入があったことは理解しているのだろう。

 彼は未知の存在を威嚇する獣よろしく、ライルに疑心をぶつける。


 対するライルは、少しばかり申し訳なさそうに眉を下げながら、至極落ち着いたふうに答えた。


「命を分けた。正確には、命を維持するための力を」


 黄金色の瞳と、暗闇色の瞳が交わる。


 ファストはライルの発言を疑う素振りは見せなかった。

 だが一方で、より一層、語気に警戒の色を強めた。


「手錠は」


「いったん手を潰して抜けた。っと、そうだ。お前のも外すよ」


 ライルは手を伸ばし、ファストの手錠に触れる。

 そして魔法を使い、焼き菓子でも割るかのように易々と、彼の手を解放した。


 その間、ファストは眉間に皺を寄せながらも黙って、されるがまま大人しくしていた。


 自由になった手首を、不健康に細く白い指先が撫でる。

 己が体を検分するがごとく、黒い瞳がゆっくりと動いて、視覚情報を取り込む。


 それからファストはじとりと、再びライルの方に視線を向けた。


「妙な夢を見た。……『あれ』は、お前さんか」


「……ああ」


 ライルは素直に頷いた。

 諦めたような、ぎこちない笑みを浮かべて。


「はは! 傑作だな。そうかそうか、()()()()()が、お前さんの正体ってわけか」


 まだ少し掠れた声で、ファストは笑う。


 ライルが少年の(過去)を見たのと同じく、ファストも(過去)を見ていたのだ。

 未だ誰も知り得ないライルの秘密、その根幹を。


「滑稽そのものだ。ああ、茶番劇とも言うな。やるじゃないか、お前さん。詐欺師の才能があるぜ」


「みんなには黙っておいてくれ」


 心底愉快そうに肩を揺らすファストに、ライルは言う。

 しかしその声に動揺や焦りは無い。

 こうなることは、命を分け与えると決めた時から、予測していたからだ。


「脅すならもっと上手くやれよ」


 ファストは意地悪く目を細める。

 が、ライルはきっぱりと首を横に振った。


「いいや、脅しじゃない。頼みだ」


 ぴく、とファストの笑みが引きつる。

 人道的で真摯な言葉は、彼の心臓を刺し得るもののようだった。


「……良いだろう。今のところは、な。秘密をバラされる『いつか』の時に、せいぜい怯えながら日々を過ごすといい」


「ありがとう」


 ライルはまたもや、素直に言う。

 不自然なくらいに凪いだ声色は、彼らしからぬ、底の見えない雰囲気を纏っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ