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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第8章 崩落:嘆くなかれ愛し子よ
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208話 入り乱れる奪還作戦

 夕暮れの陽が微かに差し込む洞窟の中、6人と、1人と、4人の影がもぞもぞと動いていた。


「お前ら、着替え終わったか?」


 ややあって、そう声をかけたのはフゲン。

 彼の声に応え、何人かが「ええ」とか「はい」とか、異口異音に返事をした。


「似た体格が揃ってて良かったわね」


 岩に腰かけ、ゼンゴが笑う。

 その装いはいつもの黒衣――ではなく、淡い紺色の服、すなわちクオウのそれと同じものだった。


 対してクオウは、逆にゼンゴの黒衣を纏っている。

 そう、彼女らは互いの衣装を交換したのだ。


 この2人だけでなく、シュリとヨクヨ、ティガルとシンフ、モンシュとグスクも、同様に服を取り換えている。


 背格好の似た者同士によるこの衣装交換こそ、フアクの提案した「ベタな手段」。

 つまりは、ライルとファストを奪還する作戦の一環であった。


「モンシュ」


 と、不意にシンフが声をかける。

 何かあっただろうかとモンシュが続く言葉を待てば、彼は無言でモンシュの胸元のリボンを結び直した。


「あっ……ありがとうございます」


 直されて初めて、モンシュは上手く結べていなかったことに気付き、恥ずかしそうに頬を染める。


 天上国の一件があったからか、シンフからモンシュへの視線は、それとなく柔らかいものがあった。


「よし、じゃあ行くか!」


 全員が衣装換えを終えたことを確認し、フゲンは気合いの入った声で言う。


 日は沈み始め、島には夜が近付きつつある。


 暮れ、それはものの表情が曖昧になる時間帯。

 何かに紛れるには持ってこいだ。


 フゲンたち計11人は、洞窟の入り口に立つ。


 地上には執行団員たちがわらわら居て、未だ裏切り者と不届き者を警戒しているに違いないだろう。


「ここからは半分、時間との勝負だ。各自、頼んだぞ」


 フアクはそう言って、光と共に竜態に変じる。

 かと思えば、尻尾を使ってひょいひょいと、ゼンゴ、シンフ、グスク、カシャを自らの背に乗せた。


「健闘を祈るぜ、お前ら!」


 4人を乗せ、彼は空へと舞い上がる。


 天竜の羽ばたきによって強い風が起こり、そして止んだ後。

 残ったフゲンたちは頷き合い、少し間を置いて地上へと上がった。


「あそこだ!」


「飛んで逃げる気か!?」


 建物に身を隠しつつ、するりと町の中に入っていけば、そこはもう騒がしくなっていた。


 そちこちから現れる執行団員たちが指差すのは、島の上空を飛ぶフアクと、その背に乗る4人。


 ひとまずは作戦通りであることに安心しつつ、フゲンたちは次の段階へと移ることにした。


「どうしたの?」


 ゼンゴの服を着たクオウが、近くに居た執行団員に、ごく自然に尋ねる。

 執行団員は夕闇迫る視界の中、非常事態も相まって彼女の顔をよく見ないまま、服装だけで仲間と断定して答えた。


「裏切り者たちが現れた! 早く武器を持って、加勢に向かえ!」


「わかったわ」


 クオウは素直に首肯し、そっとフゲンたちの元に戻る。


 これがもし、ゼンゴや二番隊の誰か本人であればさすがにバレていただろう。

 が、「ではない」ことだけで執行団員の思考は満足し、またじっくり顔を見るまで注意を割かない。


 ……という、フアクの見立ては正しかったようだ。


「何人かは教会の方にも向かってるわね」


「防衛のためか、連絡のためか……どちらにしても、これは便乗できそうです」


「オレらの出番ってワケだな」


 クオウとモンシュの状況整理に応えるように、フゲンが肩をぐるぐると回す。

 「役割」を果たす気合いは十分だ。


「…………」


 一方、彼と共に半歩前に出つつ、無感情の素振りを貫くのはヨクヨ。


 彼は表情を変えず、しかし瞳の奥には煮えたぎる何かを宿して、前を見据える。


「……くれぐれも、例の煙には気を付けるように」


「おう!」


 トーンの合わない言葉を交わし、フゲンとヨクヨは大きな跳躍で以て、執行団員たちのひしめく最中へと飛び込んだ。


「また不届き者が現れたぞ! 別動隊だ!」


 派手に姿を現した2人を執行団員が見逃すはずもなく、すぐさま鋭い声が響く。


 それを聞くや、モンシュ、クオウ、シュリ、ティガルはすかさず彼らに近付いた。


「奴らは自分たちが追う。皆はあちらの方に集中してくれ」


 シュリがフアクたちの方を指して言えば、声をかけられた執行団員たちは疑いなく「了解した!」と頷く。

 そしてその大半は、素直に場を離れていった。


 だがしかし、残るいくらかはこちらの対処に当たろうと判断したのか、まだフゲンとヨクヨに狙いを定めて動いている。


「さすがに、全員どっか行ってはくれねえか」


 ティガルが溜め息交じりに、小さく零す。

 しかしこれも、彼らの作戦の想定内ではあった。


「十分だ」


 シュリは盾を手に取ると、ティガルたち3人に、視線で行動の続行を促した。


 ――作戦はこうだ。


 まず、フアクたちが「最も目立つ的」として、陽動を行う。

 次に、フゲンとヨクヨが地上で姿を見せ、「追うべき的」となる。

 最後に、執行団の動きに「フゲンたちを追う」という体を重ね、モンシュたちが教会内へと侵入する。


 この手順により、ライルとファストをできるだけ敵の少ない状況で、助けに行こうという寸法なのである。


「我流体術、《ぶん殴る》!」


「有角体術……《活路》」


 建物の屋根から屋根へと飛び移りながら、フゲンとヨクヨは迫りくる執行団員たちを片っ端から返り討ちにしていく。


 その足は順調に教会へと向かっており、また同時にその後ろには順調にモンシュたちが「追跡」してきていた。


「おのれ、裏切りも――ぎゃッ」


 憎々しげに声を発しながら突進してきた執行団員が、ヨクヨの蹴りで屋根から落とされる。


 あまりにも淀みのないその戦いぶりに、フゲンは軽く肩をすくめた。


「一応? 元? 仲間相手だけど、容赦ねえのな」


「仲間ではない。我が執行団員であったのは、ファストがそこに居たからに過ぎない」


 淡々とした調子でヨクヨは答える。

 まるで、当然の摂理を口にするかのように。


 ややあって、また1人執行団員を伸してから、フゲンは問うた。


「なあ、なんでお前そんなにファストのことが好きなんだ?」


 怒声と暴力の音が響く中、2人の間に沈黙が流れる。


「……パンを」


 そのまま終わるかと思われた会話だったが、長い間の末、ヨクヨはぽつりと言った。


「飢えた我に、パンをひとつ、恵んでくれた」


「恵んだって……ファストがか?」


 ヨクヨはフゲンの質問を、今度は黙って受け流す。

 代わりに静かな声色で、誰にともなく、語りはじめた。


「我は家を持たない孤児だった。とある劇場の裏手の路地……少しだけ軒があり、雨がしのげるそこが住処だった」


 深い青色の髪がなびく。

 湿った空気のような悲しみは、無かった。


「多くのものを盗み、多くのものを売って生きていた。それでもすべてが不足していた。そうして今度こそはもう死ぬだろうと、そう感じるような冬の日に……1人の少年が路地を通りすがった」


「それがファストだったのか?」


 懲りずに質問を挟むフゲンを、ヨクヨは一瞥する。


「……そうだ。彼は抱えていた袋から、まだ温かなパンをひとつ取り出し、我に与えてくれた。その瞬間に、我は真なる意味で世に生まれたと言えよう」


「ふーん……」


 話を聞き終え、フゲンは首を傾げた。

 昔のこととはいえ、どうにも彼の知る「ファスト」らしからぬ話だ。


 いったい昔と今の間に、ファストはどんな変化を経験したのか。

 そんなことは知る由も無いフゲンだったが、やがて詮無いことだと思考を打ち切った。


「ま、あいつにも良いとこあったんだな」


 ヨクヨは特段、反応を示さない。

 ただ少し、フゲンから目を背けた。

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