205話 狂信者の歎願
「なんでお前らがここに居んだよ!!」
洞窟の中にわんわんと反響するくらいの大声で、フゲンは言った。
それも致し方ないことだろう。
執行団の追撃を逃れてやってきた先に、執行団員が居るとはどういう冗談か。
ゼンゴたちの顔を知っている面々はもちろん、直接会ったことは無いシュリとティガルも、彼女らの衣服に付く印を見て表情を険しくする。
「ん? 知り合いか?」
唯一、呑気なのはフアクだった。
彼はフゲンたちとゼンゴたちを交互に見、首を傾げる。
「知り合いっつーか敵っつーか……」
「フアク、双子はともかくそっちの2人はやめておきなさい。特に黒髪の方。ロクでもないわ」
カシャはフアクに忠告する。
天上国の1件から、雷霆冒険団の中では「双子はそんなに悪い人間じゃないかも」という認識が生まれつつあった。
だが他の者――ファスト、ゼンゴ、ヨクヨについては以前からの評価のまま据え置きだ。
要するに、警戒対象である。
「あら、ひどい言われよう。悲しいわ」
カシャの強い口調に、ゼンゴはくすくすと笑う。
言葉の割に全く傷付いていない、それどころか性懲りもなく闘争心のギラつく目をしていた。
一触即発の空気が満ちる。
フアクは両者の間に立ち、この空気を払拭せんとするように両手を振った。
「まあ待て、落ち着け。ふむ、どうやらこいつらが執行団だってことは、もう知ってるみたいだな」
「知ってるも何も、直接やり合ったことあるぜ」
言いながら、フゲンはヨクヨの方を見る。
ヨクヨはごつごつとした岩肌に背を預け、沈黙していた。
「まさか上手いこと騙されてんじゃねえだろうな、お前」
ティガルはフアクに、疑いを含んだ視線をじとりと向ける。
彼自身は悪人でないとは信じられるが、悪人に騙されないとは信じられないようだった。
「失礼な! こいつらは正真正銘、殺されかけだった。仲間であるはずの執行団員たちにな」
ぷりぷりと怒りながら、フアクは言う。
ゼンゴたちはその言葉を肯定も否定もせず、各々黙していた。
「あの……事情を、聞かせてくれますか……?」
おずおずとモンシュが口を開く。
彼と視線を交わらせ、応えたのは双子だった。
「俺たちが天上国から戻った後、ファストに召集がかかった。ここ、ピレイア島に来いってな」
「わたしたちもいっしょにくるようにって、そういうめいれいだったわ」
素直に話し始めた彼らの隣で、ゼンゴは目を細め微笑んだ。
まるで、意外な出来事を楽しく鑑賞するかのように。
「命じたのは執行団で一番偉い奴。だから俺たちは素直に従った。でも」
「ぜんぶばれていたの。かみさまをしんじていないのも、てんじょうこくで、さくせんをじゃましたのも」
「この島への召集は、それを糾弾するためのものだったんだ」
「なんだ、内輪もめかよ」
ティガルが肩をすくめる。
身も蓋も無い言い方だが、間違ってはいなかった。
双子は反論せず、役目を終えたとばかりにまた口を閉ざす。
彼らに代わるように、今度はゼンゴが返事をした。
「そういうこと。ファストは捕まって、ワタシたち4人も追い立てられる羽目になったわ。本当なら、そのまま死ぬまで戦っても良かったのだけれど……」
そこまで言って、彼女は言葉を止める。
まるで、続きを話すのを厭うように。
更にゼンゴは珍しくも、不愉快そうに眉をひそめていた。
常に楽しげで、あるいは人をからかうような笑みを浮かべている彼女が、今はとても気に食わなさそうな表情をしている。
これは中々の異状だ。
どうしたことかと、フゲンたちは顔を見合わせる。
心配するわけではないが、不可解ではあった。
すると痺れを切らしたのか、ゼンゴに発言の役を譲り渡したと思われたシンフが再び口を開いた。
「ファストが俺たちを逃がしたんだ。自分を後回しにして」
「はあ!?」
彼の口から飛び出した証言に、フゲンはまた大きな声を上げた。
自分より他人を先に助ける。
カラバン公国の遺跡の時からファストを、その人間性を目の当たりにしてきたフゲンには、にわかには信じ難いことだ。
わんわんと反響が残る中、ゼンゴは苛立ちの滲む笑顔で「屈辱的」と零した。
「意味不明よ。他人はゴミ、自分が第一って考えるような奴なのに。彼、明らかにワタシたちを優先して逃がしたわ。何のつもりなのかしらね」
腕を組み、とん、とん、と指先で二の腕を叩きながら、やや語気を強めて彼女は言う。
どうやら、先ほど言及を忌避したのはこの辺りが原因らしかった。
「自分が逃げるついでってんならわかるけどなあ……」
「彼の意図が何にせよ、こんなに腹の立つことは無いわ。ワタシを『逃がす』なんて、舐め腐りもいいところ。このまま逃げおおせられるわけないでしょう」
ゼンゴは強者との殺し合いを好む。
死に急いでいるわけでも、生死に強くこだわっているわけでもないが、そこに連なる彼女なりのプライドがあるのだろう。
「あなたたちも同じ?」
ゼンゴの言い分を理解し兼ねたのか、若干困ったような表情をしつつ、クオウは双子に話を振る。
「……いや」
「わたしたちは……」
しばしの沈黙を挟み、彼らはそっと手を握り合った。
「わからない」
2人の声が揃う。
同じ水色の瞳が、迷うように揺れていた。
「べつにみすててもかまわない、はずだけれど」
「何か、なぜか……ピンドーラのことを思い出して」
ピンドーラ。
天上国の女王にして、彼らの従姉妹。
王族暗殺の濡れ衣を着せられた彼らを信じ、案じ、生存を泣いて喜んだ優しい少女。
彼女との再会を経て、双子の心に、少しばかりの変化が訪れているらしかった。
「ファストのことは普通に嫌いだけど」
「みすてるのも、ちょっと、いやかもって」
はっきりとした答えが出ないまま、双子は言葉を途切れさせる。
「……どうする?」
フゲンたちは互いに目配せをした。
この状況が仮にフアクか雷霆冒険団を狙った罠だとして、ここまで回りくどい真似をする意味は無い。
ゼンゴたちが他の執行団員から追われているというのは、ほとんど確定で良いだろう。
また、思考の過程は何であれ、3人ともファストを助ける気があるのも確認できた。
すべては最初にフアクが言った通りで、彼らは「執行団に仲間を捕らえられた者」として、雷霆冒険団と目的を共にし得る。
それらを踏まえた上で、さて本当に手を組むかどうかだ。
現状として、彼らは窮している。
しかし一方で、彼らは数多の悪事をはたらいてきた人間だ。
いくら表面上の目的が似通っていても、倫理の部分で障壁がある。
特に、執行団の凶行で姉を喪っているカシャは、ひどく険しい顔をしていた。
狭い洞窟に、張り詰めた静寂が訪れる。
と、その時。
「頼む」
ずっと黙っていたヨクヨが、声を発した。
場の面々の視線が彼に集まる。
一拍置いて、彼は、フゲンたちに向かって深々と頭を下げた。
「協力してくれ」
フゲンたちは、その思いもよらない行動に目を丸くする。
ヨクヨの静かで浅い呼吸が、空気を打った。
「我のみの力では彼を助け得ない。1人でも多くの力が欲しい。汝らの協力を得たい。代償は何でも、いくらでも払おう。事が為された暁には、我を殺しても構わない。臓腑を売っても良い。汝らに生涯隷属することも厭わない」
「お、おい……?」
淡々と、しかしとめどなく言葉を連ねるヨクヨを、フゲンはいったん制止しようとする。
が、ヨクヨは構わず続けた。
あたかも、死に瀕した人間が救いを乞うように。
「彼は我の全てだ。彼の幸福が我の無二の望み。彼の生こそ我が人生。彼なくして我は無い。我の存在意義は無い。だから――頼む」