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破天の雷霆  作者: F.ニコラス
第8章 崩落:嘆くなかれ愛し子よ
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204話 浄化

「そういえば、ライルはどうした? 別行動か?」


 ふとフゲンたちを見回し、フアクは言う。

 地底国でも分かれて行動していたことがあったのを思い出してか、悪い予想は特にしていないようだった。


 が、現実は「悪い」方と言わざるを得ない。

 フゲンはきゅっと唇を引き結び、それからゆっくりと答えた。


「いや……あいつは、オレたちを逃がすために囮になった。今頃……たぶん、捕まっちまってると思う」


「! そうか……」


 フアクは眉を下げる。

 しかしすぐにパッと笑みを浮かべると、自分の胸をトンと叩いた。


「ま、安心しろ。俺様が居るからには救出くらいすぐだ」


「協力してくれるのか?」


 言って、目を丸くしたのはティガルだった。


 まさかここまで人が好いとは、と言わんばかりに彼はフアクを凝視する。

 対するフアクが返したのは得意げな表情だった。


「勿論。こういう悪事は大好きだ」


 「ここから少し下るぞ」と足元の注意を促す言葉を挟み、フアクは続ける。


「実はな、少し前に味方を見つけたんだ。お前たちと同じような状況だから、あいつらも協力してくれるに違いないぞ」


「本当か!?」


 徐々に陽の光が遠くなる景色の中、場の空気がいくらか明るくなる。


「敵の数が数ですから、1人でも仲間が増えるのは心強いですね」


「ええ。上手く助け合えたらいいわね」


 モンシュとカシャは頷き合う。

 圧倒的な多勢に無勢の状況下、戦力があるに越したことはない。


 吉報に胸を沸かせながら、やがて一行は緩い坂を下り切る。

 と、突き当たりの角の先から零れ出る、仄かな灯りが見えた。


 どうやらそこに「味方」が居るらしい。


「戻った、俺様だ」


 フアクは声をかけながら、角を曲がる。

 続いてフゲンたち6人も、その空間へと足を踏み入れた。


 ――その瞬間。


「なっ……!?」


 目に飛び込んできた光景に、彼らは絶句した。


 フアクが案内したその場所には、確かに人が居た。

 数は4人で、各々適当な岩などに腰かけている。


 だが問題は、それが「誰」であるかだった。


 驚愕するフゲンたちの様子に気付かず、フアクは4人を手で示す。

 そうして、ほとんど決定的な事実を、さらに裏付ける言葉を口にした。


「紹介する。こいつらがさっき言ってた『味方』の、ゼンゴ、シンフ、グスク、ヨクヨだ」



***



 真新しい白色の壁に、厳粛な光を灯す照明。

 そんな通路を、ライルは執行団員に連れられて歩いていた。


 否、歩いていた、というのは半ば正しくない。

 彼は例の灰色の煙による痺れが全身に残っており、思うように体が動かなかった。


 そのため、無理やり引きずられるように前進させられていた……というのが、より適切な表現だろう。


「なあ、これってどこに向かってるんだ?」


 ライルは己の右側を行く男に問う。

 前述の通り体が痺れたままではあるが、意識ははっきりしていたし、口も動かすことができた。


 しかしかと言って、執行団の者たちが回答をくれるわけではない。

 ライルに問いかけられた男は、ギロリと彼を睨んだ。


「黙れ、不届き者め。貴様の言葉はすべてが毒だ」


 答えが得られないどころか、口ぶりからしてそもそも話すら通じ無さそうである。

 小さく息を吐き、ライルは自分の手に視線を落とした。


 今、彼の両手首には錠がはめられている。

 それも、単なる拘束具ではない。

 この錠があるせいで魔法が使えないことを、ライルは既に実感していた。


 魔道具の一種。

 ただ、「魔法を封じる」という効力のおまけとして、僅かながら人体に有害な影響がある。


 感じ取れることと、頭の中の知識を合わせて、ライルは錠の性質を分析する。

 とにかく良くないものであることは、確実だ。


「殺さないのか?」


 次いでライルは、気になっていたことをもうひとつ尋ねる。


 明確な答えが返って来ずとも、反応からその一端――ひいては彼らの目的を垣間見ることができないか、と期待を抱いて。


 ところが男は、今度は素直に口を開いた。


「貴様にも浄化を施すようにとの命が下っている。ジユズ様の寛大な心に感謝するが良い」


「『にも』……?」


「立ち止まるな、歩け」


 なぜ回答が得られたのか、『浄化』とは何を指すのか、『にも』とはどういうことか。


 ぽこぽこと疑問が浮かぶライルを、男は容赦なく小突く。

 その仕草からして、追加の情報はもう与えてくれそうになかった。


 ライルは仕方なく、執行団員たちに引かれるまま、よたよたと進む。

 通路は曲がりくねっており、また長く、迷路のようにどこまでも続いていた。


 そんな具合で行くことしばらく。

 とある角を曲がったところで、景色がガラリと変わった。


 それまでは照明があるだけの簡素な通路であったところ、ライルの目の前に現れたのは、左右に牢の並ぶ明らかな監禁設備。


 さほど広くも狭くもない牢は、通路の突き当たりまで、左右合わせておよそ10ほど連なっていた。


 なるほどここに収容されるのか、とライルは納得しながら、執行団員たちに急かされ進んでいく。


 不確定要素はあるものの、今すぐ殺されないのであればどうにでもなる。

 まあ、首を刎ねられても死なないライルを殺す方法は、ごく限られているのだが。


 ライルは緊張半分、余裕半分だった。


 しかし。


「っ!?」


 通りすがり、視界に入ってきたものに、彼はにわかに動揺した。


 それは、牢のひとつの中に横たわる人間。

 赤い髪を持った、長身痩躯の男。


 あまりにも見覚えのある彼の姿に、ライルは思わず声を上げた。


「お前っ、ファスト!?」


 そう、牢の中に転がされていたのは、執行団は二番隊の隊長にして、何度か雷霆冒険団と対峙した魔人族の男、ファストだった。


「待てお前ら、なんでファストを閉じ込めてるんだ!? 執行団の仲間だろ? 何が――うわっ」


 困惑に任せてまくしたてるライルを、執行団員たちは無慈悲に突き飛ばす。


 その先は、ファストが居るところの、ちょうど向かい側の牢だった。


 ライルは受け身を取ることができずに、硬い床に体を強打する。

 鈍い痛みが痺れに交じり、彼は少々顔を歪めた。


「貴様が言うか、ファスト様を穢した罪人め!」


 そんな彼に、執行団員の1人が声を荒げる。


 はて、『穢した』『罪人』とは、何のことか。

 意味不明な言い分に、ライルは答えに窮する。


 その表情をどう捉えたのか、執行団員は一段と声を張った。


「わからないか? ファスト様は貴様ら冒険者の穢れに毒され、その美しき魂を失ってしまったのだ!」


「故にこうして、我々は浄化を試みている。ファスト様が美しい魂を取り戻せるようにな……」


 黙っていた方の執行団員が、後ろに視線をやる。

 すると示し合わせたかのように、ライルが来たのとは逆の方向から、数人の執行団員がやってきた。


 彼らは皆、先の方に装飾を施した長い杖を持っており、それをカツカツと規則的に鳴らしながら、ファストの居る牢へと入っていく。


「浄化、って……お前らいったい何を……!」


 いやに丈夫そうで重たそうな杖に、ライルは嫌なものを感じ取る。

 執行団の思想と行動の過激さからして、有り得なくはないことが、彼の脳裏に思い浮かべられた。


「貴様の浄化は後だ。まずはファスト様をお救いしなければ。同志たちよ、後は頼んだぞ」


 そう言って、ライルを連れてきた執行団員たちは場を去る。


「おい! 待て!」


 ライルが叫べど、彼らが聞く耳を持つはずもない。

 残った執行団員たちは、そっとファストに声をかけた。


「ファスト様、お目覚めください。本日も浄化の儀に参りました」


「う……」


 呻き声と共に、ファストはうっすらと目を開く。

 掠れた声からも、覇気のない目つきからも、彼が弱っていることは明らかだった。


「ここが堪えどころです。我々一同、力を尽くしてあなたをお救いいたしますから……どうかファスト様も」


 心から相手を思いやるような声色で、執行団員は語りかける。

 そして全員で輪になり、倒れたままのファストを囲って、杖を掲げた。


「聖なる杖よ、この者の穢れを取り払いたまえ」


「聖なる杖よ、この者の穢れを取り払いたまえ」


 彼らの声が、異様なほどにぴたりと揃う。


 次の瞬間、灯りに照らされた杖が、一斉に振り下ろされた。


「がッ……!」


 ぼご、という鈍い音が響く。


 ファストはびくりと体を震わせるが、抵抗などはしなかった。

 その手首には、ライルにはめられているのと同じ手錠が、ずしりと絡みついていた。


「っ何してるんだ! やめろ!」


 ライルは血相を変えて叫ぶ。


 が、執行団員たちは手を止めない。

 何度も何度も、動きを揃えて、ファストに杖を振り下ろす。

 まるでそれが、崇高な義務であるかのように。


「ぐ……うッ……ア、あ゛っ」


 もはや悲鳴ですらない、ただ殴打の衝撃で空気が押し出されるだけの声が、ファストの口から零れる。

 杖が当たるたびに体が撥ねるのも、反射的な動きでしかなかった。


「そいつは衰弱してる! 見たらわかるだろ!? なあ!手を止めろ、死んじまうぞ!」


 痺れる体を引きずり、ライルは檻に体を叩きつける。

 涙を流し、喉が裂けそうなくらいに叫び、訴える。


 魔法が使えなければ、体に力も上手く入らない今、そんなことをしても無駄だとわかっていても。

 眼前の光景を黙って見ているなど、彼には到底できなかった。


 だがそれでも、凄惨な暴行は止まらない。

 善意と使命感の『浄化』は、黙々と続けられた。


「っ……おえ゛ッ……」


 やがて暴力の雨に体が耐え兼ね、ファストは嘔吐する。

 吐瀉物に食物の残骸はひとかけらも交ざっておらず、恐らくは胃液が吐き出されただけだった。


 それを見、執行団員の1人が片手を上げる。


「止め」


 途端に、全員がぴたりと動きを止める。

 杖は下ろされ、暴行など何も無かったかのごとく、しゃんと姿勢が正された。


「良い調子です、ファスト様。また明日も参りますね」


 執行団員は浅い呼吸を繰り返すファストに微笑みかけ、他の面々を連れて牢を出る。

 そしてしっかりと施錠をすると、その足でライルの居る牢へと移動した。


「さあ、次は貴様だ」


「お前ら、なんてことを……!」


 ライルは力の入らない拳を握りしめる。


 なぜ、などということは頭に無い。

 ただ斯様な残虐極まる行為に、それを仲間に平然とはたらく者たちに、焼け付くような悲しみが込み上げていた。


「聖なる杖よ、この者の穢れを取り払いたまえ」


 執行団員たちの冷え冷えとした声が響く。

 牢の中の壁は、ひどく白かった。

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